第4話 森林の悪魔
戦争は膠着状態に陥っていた。
ロシア軍は物量で押し切るつもりであった。
反転攻勢に失敗したウクライナ軍は防戦一方である。
ロシア軍の主力戦車が前線を押し上げる。
戦車は榴弾を撃ちながら、ウクライナ軍の陣地を破壊する。
圧倒的に火力不足のウクライナ軍は撤退を余儀なくされる。
そう思った時、敵に混乱が始まる。
下士官の頭が破裂した。次に機関銃手の頭、対戦車ロケット砲手の頭。
混乱した兵士を落ち着かせようとした指揮官の頭が破裂した。
大口径ライフル銃による正確無比な狙撃。
兵士達は叫んだ。「森林の悪魔が居るぞ!」
戦車はその声に呼応して、1キロ先にある森に砲口を向ける。
「ありったけの榴弾を撃ち込め。森を消し飛ばすんだ」
放たれる砲弾。
それらは森へと落ちると思われた。
だが、手前でまるで見えない壁でもあるかのようにあらぬ方向へとねじ曲がり、地面に突き刺さって爆発した。
その光景に戦車兵達は何が起きたか解らない。
混乱した兵士達が逃げ惑う事で、ウクライナ軍の反撃の間が出来た。
戦車に対戦車ロケット弾が命中して、戦車が爆散する。
圧倒的な物量による進撃のはずだったが、ロシア軍は次々に撃破され、後退をしてゆく。
この立役者は森に潜んでいた。
ロシア兵から森林の悪魔と呼ばれるのはサラサであった。
ウクライナ兵として、彼女は戦場に居た。
背中には馴染んだ弓を担ぎ、手にはサコー製の対物ライフル銃を握っている。
狙撃は弓と似ていて、彼女にはピッタリであった。
そして、彼女は精霊術を用いて、敵の砲弾を強風で吹き飛ばしたり、雷で破壊する。
精霊は相手が無機物なら気分を害さない。こうして防御に使えば、ほとんど最強である。
迷彩柄の軍服は元々、エルフは森に潜むため、緑色の衣装を好んで着ていたので、違和感無く着こなせる。ただ、ヘルメットだけは尖った耳に当たるので、スカーフを頭に巻いている。
サラサは基本的に単独行動が許されている。それはその類い希な狙撃の才能と並の人間では追いつけない森の中の移動にある。精霊術で飛ぶように移動する彼女に追いつける人間は皆無。無論、彼女はそれを秘密にしている。
数ヶ月に及ぶ従軍で、彼女の戦績は奇跡と呼べる程であった。それでも戦局は変わるものでは無く、膠着は続く。
サラサはかなりの疲労が蓄積していた。人を殺すことにさほどの精神的ストレスは無いと思っていたが、それでも、それなりにストレスだったのだろう。
休暇を与えられ、後方の街に着いた時にはフラフラであった。
その時であった。一人の日本人が彼女に近付いて来た。
ビジネスマンかと思ったが、彼はさりげなくサラサに声を掛けた。
「失礼。私は日本の大使館員です」
彼は名刺をサラサに刺し出しつつ、胸に掛けた身分証明証も提示した。
彼の名前は大竹恵一。
「日本・・・何か用ですか?」
「あなたが森林の悪魔とロシア兵から呼ばれているのを聞きまして」
「それは・・・悪魔と言うのは不本意ですが」
「それは申し訳ない。ただ、あなたは不思議な力を使われるとか?」
サラサは一瞬、警戒した。
「警戒されましたか。不躾で申し訳ありません。我々はあなたがエルフだと確信して、こちらに参った次第でして」
「私がエルフ・・・どうしてそう思うのですか?エルフなんて・・・想像の産物でしょうに?」
「想像の産物・・・かなりこの世界について勉強されてますね。一般的な見地はそうでしょう。だが、我々、日本はそうではない。我々は異世界が存在することを理解している。そして、あなたのような存在が稀にこうして、異世界の壁を越えてやって来る事も」
「興味深い話ですが・・・私を実験動物にでもするつもりですか?」
「ははは。御冗談を。エルフや天使、悪魔だからと言って、この世界の理から逃れらえるわけじゃありません。確かに魔法や精霊術は多少、厄介ではありますが、それとて解るでしょ?圧倒的ではない」
大竹の言う通りだ。戦車の砲弾などを精霊術で多少、逸らしたりは可能だが、完璧に防げるわけも無いし、相手が精霊術を理解しているならば、攻略されてしまうだろう。魔法だって同じだ。確かにこの世界の理に対して、魔法とて、圧倒的な力を発揮するとは言い難い。
「それで・・・私に何を求めている?」
「簡単です。我々の国に来て頂いて・・・仕事をして欲しい」
「仕事?残念ながら、私が出来るのはせいぜい、狙撃ぐらいよ」
「それですよ。我々が求めているのは」
「狙撃・・・日本は確か、平和な国だと聞いているけど」
「平和ですか・・・確かに表向きはですね」
「裏では違うと?」
「平和を守るって事は簡単では無い。特に暗躍するって事は組織力も当然ながら、個人の能力の差も大きく出る。あなたのような逸材はぜひ、必要でね」
「なるほど・・・ただ、気になるのはあなた方はエルフの存在を当たり前のように扱ってますけど、私みたいな存在は他にも居るのですか?」
「ふふふ。極秘事項になりますが、我々にも居ます。そして・・・敵にも」
「敵にも・・・なるほど。魔法も精霊術も無い人では手に余るわけですね」
「そうです。限られた人員と装備で対応するとなれば、個人の能力差はいかんともし難い。だから、あなたのような方は是が非でも欲しい」
サラサは僅かに考えた。今後の生活の為に言葉や算術は覚えた。だが、身分は不安定、学歴も無い。資格などを得るにも障害がある。生きていくだけを考えるならば、この話は美味しいかもしれない。それにマカロフが憧れた日本に行ける。アニメなど、興味がある。
「で・・・待遇は?」
サラサは当然のように条件を尋ねた。
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