第3話 別れ
激しい爆音が昼夜を問わず、響き渡る。
サラサ逹が最前線を通過していることが解る。こうなると森の中にもロシア兵が隠れている可能性は高かった。
マカロフはロシア兵を見付けたら、射殺するように頼んだ。マカロフは敵前逃亡で死刑になる可能性はあるし、そもそも、サラサの身が危ないからだ。
サラサもそれを理解して、慎重に進む。戦士として、生きてきた彼女は現代の軍隊の教育を受けてなくても、徴兵されたマカロフよりも上手に戦場を歩けた。
だが、激しい最前線を無事に突破が出来る程、簡単ではなかった。
「止まれ!」
彼女逹の前に現れたのはロシア軍の兵士逹であった。6人程度の兵士逹は銃を構えて、彼女逹の前に立ちはだかる。
「そこの女は何者だ?」
軍曹がマカロフに尋ねる。
「悪いが・・・彼女は軍人じゃない。民間人だ。無事にあちらに送り届けないといけない」
マカロフの言葉に兵士逹は嫌な笑みを浮かべた。
「ロシア人じゃないのか?確かに美しい金髪にスゴい美人だ」
軍曹は銃を構えながら近付いてくる。
「銃を下ろせ。俺らが安全な場所に連れて行く。早く下ろ」
軍曹は下衆な笑みを浮かべたまま、サラサにそう命じた。
次の瞬間、軍曹の額を銃弾が突き抜けた。
サラサは事前にマカロフに言われた通りに射ったのだ。それが始まりだった。サラサは冷静に次々と目の前に立つ兵士逹を撃ち殺していく。だが、相手の数が多すぎた。まだ、殺されていない兵士が応戦をしたのだ。
数分程度の撃ち合いだっただろう。サラサは全員を殺したことを確認してから、振り向いてマカロフの無事を確認しようとした。
だが、マカロフは地面に倒れ込んでいた。
「マカロフ!大丈夫か?」
慌ててサラサはマカロフを抱え上げる。
マカロフの胸には血が滲んでいた。背中からは多量の血が流れ出している。
「サ、サラサ。どうやらダメみたいだ。はぁはぁ・・・息が出来ない。君だけはここから逃げて、ウクライナへ行き、助けを求めるんだ」
マカロフは意識を失い掛けながら、サラサに告げる。
「しっかりして、私が担いで、連れて行く。この世界の治療なら治せるでしょ?」
「無理だ。周囲は敵だらけ。君一人なら逃げられるだろう。僕を捨てて、行ってくれ」
「だって・・・日本に行きたいんでしょ?」
「あぁ、日本のアニメーション・・・聖地巡礼とかしたかったよ」
「だったら、頑張って」
サラサはマカロフを背負う。だが、鍛え抜かれたサラサの肉体でも意識を失い掛けている男性を背負って歩くのは簡単では無かった。それでも懸命に彼女は歩く。
どれだけ歩いたか。サラサの意識も薄れつつある時、何者かが目の前に現れた。
彼らはロシア語じゃない言葉を喋っていた。だが、それは精霊の力で聞き取ることは出来る。
「おい!ロシア兵を背負っているぞ?」
「敵か?傷だらけだぞ?」
そう言っている彼らに向けて、サラサは銃を投げ捨て、言った。
「私たちはウクライナに亡命をしたい。戦い意思は無い」
それはロシア語であるが、ウクライナ兵はそれを聞き入れ、すぐに駆け寄ってくれた。
「ロシア兵に射たれたのか?すぐに救護所に連れて行ってやる」
兵士逹はサラサにそう声を掛けた。
「だが、申し訳ないが、こちらの男性は無理だ。もう死んでいる」
サラサの肩から滑り落ちたマカロフ。サラサはマカロフに声を掛ける。
「マカロフ。マカロフ。ねぇ・・・」
サラサの声に答えることはなかった。
マカロフは死に、サラサはウクライナに亡命する事が出来た。
サラサがエルフであることをウクライナでは知られることは無かった。尖った耳もバンダナを頭に巻いて、隠したし、戦場となった街でロシア兵に襲われた時にマカロフに助けられた民間人って事にした。
マカロフも亡命したロシア兵として、サラサの希望で丁重に埋葬された。
埋葬するという行為はエルフの文化にもある。神を崇めることは無い種族だが、死体を埋葬することは大地に還すことだと理解している。
サラサは亡命ロシア人という身分を獲得した。だが、それだけでは今後の生活は出来ないと感じた。この世界の風習も文字も算術だって出来ない。マカロフからある程度は聞いていたが、それらが出来なければ、職を得ることが出来ない。
無論、森で狩りをして、原始的な生活を送ることは出来るかもしれない。だが、それはここでは無理だ。エルフが生活する森は凍てつくような冬のある森では無い。そんな場所ではサラサでも生活する術を知らなかった。
まずは金が必要となる。サラサは生きるために今の自分が出来ることを考え、軍に志願することにした。
戦うことに抵抗感はまったくない。それで現金が得られて、衣食住が最低限、得られるなら問題は無いし、その間に読み書きと算術など、今後の生活に必要なことも覚えられるだろう。
独り立ちするためにサラサは銃を手にすることにした。
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