第2話 銃を手に取るエルフ

 サラサは次々と生じる疑問を解決するために現状を把握しようとした。

 まずはこの場所の確認だ。

 精霊とは木々や草花、風や太陽の光、自然の中に無数に存在する目に見えない存在だ。それらに語り掛けることで力を借りることが出きるエルフ特有の力である。

 精霊は知能があるわけじゃない。難しいことは頼めない。だが、この場所がどんな場所なのかをイメージで教えてくれる。

 風の精霊逹が近隣の風景などを運んでくれた。それはとても凄惨な光景が多くあった。だが、どれもサラサの知る戦場ではなかった。サラサの世界で戦争と言えば、剣と魔法である。人は剣や槍、弓を用い、悪魔は魔法を操る。だが、ここの戦場では甲冑を着た人は居ない。剣も槍も無い。代わりに見たことも無い武器が転がっている。そして、先ほど、見た鉄の塊が燃え上がっている様子もある。そして、見たことも無い武器を構えて、射っている様子。知識の無いサラサにはそれが何をしているところなのかもあまり理解が出来なかった。

 ただ、ここが激しい戦場の真っ只中であり、自分の知る世界では無いことを理解した。この世界にはエルフも悪魔も亜人も居ない。近隣の精霊が送ってくれた景色からして、人しか存在しない世界だ。

 喋る言葉も書かれた文字も解らない。

 サラサは絶望した。

 悪魔によって、自分はまったく違う世界へと飛ばされたのだ。

 一瞬、自殺が過る。

 だが、自然と共に生きるエルフは簡単に自殺することを掟で許されていない。

 まずは生き延びる事。

 それを考えるしか無かった。

 

 食料確保の為にサラサは獣を狩る為に動き出す。周辺の地形に関しては精霊に教えて貰っている。因みに獣を狩るなどのために精霊に位置を教えて貰う事は禁忌であった。精霊は自然に生きる動植物の殺生を嫌う。そのために力を使われたと知ると、力を貸してくれなくなるからだ。

 だが、エルフは人に近い容姿を持つ生き物。生きるためには肉も野菜も果実も食べないと生きてはいけないのだ。

 弓はあるが、矢は無い。簡単な矢を枝から作るのは簡単だが、命中率は低い。まともな矢さえあれば、中型の獣程度なら仕留める自信があった。

 あるのは短剣のみ。出来れば、捌く時だけに使いたい。獣と近接で戦うのは危険な行為だ。仕留めたとしても、こちらも手傷を負う可能性がある。こんな誰の助けも得られないどころか、薬草だって解らない状況では軽い手傷でも致命傷になる可能性がある。

 「罠を仕掛けるか。しかし、ここもいつ戦場になるか解らない。獣も怯えて、あまり動かないだろうし」

 遠くで爆発音が聴こえる。この世界での戦争はサラサの知る戦争では無い。サラサの理解を越えた戦争だ。

 そして、自分はこの世界では異質な存在。見付かれば、殺されるしかない。

 なるべく、目立たないように森の中へと入る。手には短剣。

 冷静に森の中を見渡す。木々は彼女が知る世界の木々とあまり変わりはしない。ただ、どんな動物が居るかは解らない。出来れば、彼女逹がよく狩るピケと呼ばれる小型の獣みたいな動物が居れば良いのだがと考えていた。

 だが、不運とは続くのだと思った。

 彼女の目の前に現れたのは一人の若者だった。彼は驚いたようにサラサを凝視している。

 殺すべきか?

 相手は悪魔では無い。人だ。エルフは人と友好的な関係にある。妄りに殺して良い相手では無い。だが、それはサラサの居た世界の話である。ここは戦場で、相手はサラサの事を知らない。殺される可能性が高いのだ。

 サラサが一瞬、躊躇すると、若者は手にした銃を下げる。そして、何かをサラサに話し掛けた。当然ながら、それをサラサが理解が出きるはずがなかった。それでもサラサに対して、敵意が無いことは解ったので、サラサも短剣を腰の鞘に戻した。

 

 サラサが遭遇したのはロシア兵のマカロフ二等兵である。因みに彼は現在、部隊が混乱状態になった事を契機に逃走して、迷子になっていた。

 目の前に現れた美少女に彼は驚いた。甲冑姿にあまりに美しい顔立ち。そして、尖った耳。彼は日本のアニメが好きで、ファンタジー好きであった。つまり、彼女の存在が明らかにエルフだと理解した。無論、コスプレの可能性もあると思ったが、こんな危険な場所でコスプレする愚か者は居ないだろうと思った。そして、これは夢なんじゃないかとも思った。

 幾度か話し掛けたが、彼女はロシア語を理解している様子が無い。こういう場合、言葉じゃなく、ボディランゲージが有効だ。大学で文化人類学を専攻していたマカロフは武器を捨てる。相手に攻撃の意思を見せないことが大事だ。装備を次々に下ろして、何も持ってないことを相手に示す。これでようやく相手の信頼を得られる。

 

 サラサは相手が次々と装備を外していく様子を見ていた。それが敵意を示さない事だと理解した。なので、自分も弓を地面に下ろし、短剣を鞘ごと外した。

 互いに武器を手放し、ようやく対等となれた。そこで再び、会話を試みる。

 サラサが主に使うのはエルフ語である。だが、相手が使う言語とはまったく違うようだ。相手が使う言語はどちらかと言えば、人と会話する時に使う言語のひとつに近い感じがする。まったく知らない言語を理解するのに適した妖精術が実はあった。それはこの土地の精霊にこの地に住む人々の言葉を教えて貰うのだ。精霊とは意識で会話をするので、言葉は存在しない。だが、精霊はこの地で人々と共に長く過ごすので、人々の言葉を知っている。故に精霊に会話を介して貰えば、話すことは出来なくても、何を言っているかを理解することは可能なのであった。

 精霊逹は若者の言葉を教えてくれた。

 若者は自分がロシア人であること、誰かを殺したいと思っていないこと。自分が所属している軍隊から逃げ出したことを言っている。

 サラサはそれを理解したことを示すように頷き、こちらも敵意が無いことを何とかボディランゲージで示した。

 とりあえず、互いに敵意が無いことが伝わり、装備を着け直した。だが、それで問題が解決したわけじゃない。まずは食料だ。

 サラサは腹が減った事をマカロフに伝える。この時点で相手の名前がマカロフである事は完全に把握して、声に出す事は出来た。互いに名前を知るにはさして、時間は掛からなかった。

 マカロフは缶詰などの食料を持っていた。それは二人で分ければ、一食で終わる量であったが、サラサは初めて見る缶詰とその味に驚いた。

 その日は二人は夜営をした。サラサは森の住人だけあり、木々や草を用いて、雨風を凌げるだけの簡単な待避所を作るのは得意であった。そのなかで、マカロフはサラサにロシア語を彼女に教えた。

 妖精による翻訳もあり、サラサは一晩で簡単なロシア語を喋れるまでになっていた。

 「これが銃ですか?」

 サラサはマカロフが持っていた自動小銃を手にした。それはかなり使い古されたAK74M自動小銃であった。

 「まともに訓練も受けずに戦場に出されたからね。撃ち方は教えて貰ったけど、訓練では50メートル先の的にも当たらなかったよ」

 マカロフは笑った。サラサは興味津々で自動小銃を構える。撃ち方はマカロフに教わった。弾を装填して、安全装置を外す。狙いは照星と照門で行う。弓とは違うが、考え方は弓と同じだった。

 森の切れ間から見える草原に狙いを定める。すると、草の合間に何かが動く影が見えた。その距離は400メートルを越える。普通の人間ではまともに見えるはずの無い距離。だが、サラサは違う。彼女逹の視力は1キロ先の文字すら読み取れる。

 彼女はその瞬間を見逃さず、引き金を引いた。突然の発砲にマカロフが驚く。銃声と強い反動にサラサも驚き、背中から倒れそうになる。

 「ど、どうしたんだよ?」

 マカロフは驚いて、サラサに尋ねる。

 「動物を狩ったわ。何か小さい動物よ。跳ねて逃げようとしたから、射った。たぶん、当たっているはず」

 「あの距離で?見えるの?」

 「あれぐらいなら余裕よ。弓なら難しい距離だけど、これなら出来るかと思って」

 二人は獲物が居た場所に向かった。

 サラサが言うようにそこにはウサギの死骸があった。

 「ウサギだ」

 マカロフは少し吐き気を堪えながら、死骸を見る。

 「食べられるの?」

 サラサは慣れた様子でウサギの耳を掴み、持ち上げる。

 「あぁ、確か、内蔵を取って、皮をはいで、肉を食べるんだ」

 「それは簡単ね。捌くわ」

 サラサは手慣れた様子で短剣でウサギを捌いた。その間にマカロフはライターで火を起こす。

 「まるで炎の精霊が宿っているようね」

 サラサはライターを見て驚く。

 「精霊は本当に居るの?」

 「もちろんよ。目には見えなくてもこの自然の多くに居る。風の精霊、火の精霊、木にも土にも。心で会話をすれば、通じ合える」

 「心ねぇ・・・僕には無理だ」

 「人には難しいわね。かなりの修練をしてようやく習得が出来ると聞いたわ」

 「ははは。それは無理だ」

 そうこうしている間にウサギの串焼きが出来た。こうして、数日が過ぎる。

 サラサはロシア語を完全に習得した。精霊の力を借りなくても喋ることが出来る。

 「エルフはやっぱり千年とか生きるの?」

 マカロフの疑問にサラサは不思議そうな顔をする。

 「そんなに生きれるはずが無いでしょ?木では無いのだから」

 「そうなの。ファンタジーの世界ではエルフは長寿命で百年も千年も同じ容姿で生きるって聞いていたから」

 「私たちはせいぜい、60歳ぐらいよ。まぁ、成人になると容姿は死ぬまで変わらないけど・・・」

 「そうなんだ。老けるってことが無いんだね」

 「人は老いるわね。私たちも老いるけど、あんな風にはっきりとは老いないわね」

 この頃にはサラサは銃も分解清掃が出来る程に理解をしていた。狩りをする上でもサラサが銃を持っている方が役に立つので、マカロフは荷物持ちに徹した。

 二人はなるべく目立たないようにウクライナ軍の支配地域へと向かった。

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