♰Chapter 46:礼拝堂
オレと姫咲が引き上げられてから、古城エリアは封鎖されることになった。
ブライトランド初お披露目から一年ほど、何の問題もなく運営されてきた。
しかし、当該エリアにて床面の劣化および未発見の地下空間を発見したためである。
オレたちはキャストによる事情聴取と謝罪を受け取ったのち、様々な飲食店が並ぶイートインエリアの一角にある肉料理専門店――グリル・カーニバルに入っていた。
「ごめんなさい。神宮寺がもっと施設の管理を徹底しておけばこんな――」
深々と頭を上げ、立ち消えそうなほどに申し訳なさが伝わってくる。
「わたしのことは気にしなくていいよ。おにーさんが庇ってくれたおかげで傷一つないし……」
姫咲まで暗い顔をしている。
予想外のトラブルではあったが誰も大怪我をしていないのは確かなのだ。
「オレも別に気にしてないぞ。軽い打ち身こそしたが何の支障もない」
あれからランド内に設けられた医療施設で診てもらったが本当に軽い打撲のみだ。
「今回の出来事は不幸な偶然だ。違うか?」
「しかし、それでも――」
「なら聞くがこれは神宮寺朱里個人の責任か?」
「神宮寺家がその名前を使って創設・管理を担っているのですから、当然その血統である私にも責任があります」
「つまりは神宮寺家の責任であって、お前個人の責任ではないということだろう。オレも姫咲も気にしていないんだ。これ以上は場の空気を悪くするだけだぞ」
そこで気付いたように神宮寺は周りを見る。
水瀬も琴坂も責める様子はない。
たとえ怪我人が出ていたとしても理不尽に彼女を責める人間はこの場にいないだろう。
「そうよ、神宮寺さん。二人がこう言っている以上、この件で罪悪感を抱く必要はないと思うわ」
「……優香に同意。それよりも気になるのは二人が落ちた先かな。それと神宮寺さんがその存在を知らなかった『礼拝堂』について」
「お待たせしました~! こちら当ランド限定の『ブライトステーキ・ディアブル』でございます! お熱いのでお気を付けくださいませ!」
そこで元気よく接客してくる店員がブライトランド限定のステーキ料理を運んできた。
すでに装備していたペーパーエプロンで油跳ねを防ぎつつ、食卓に置かれる料理に視線が集まる。
熱々の肉厚ステーキにレモンが添えられ、王道でありながらオリジナルのデミグラスソースが掛けられている。
黒い鉄板の上で肉汁が溢れんばかりに弾けている。
くぅ、と小さな腹の虫が泣くのを隣に座る姫咲から聞き取ったがそれには突っ込まないでおくのが優しさというものだろう。
「まずはお食事にしましょうか。お詫びも兼ねて皆さんには数量限定のメニューをご用意しましたので」
「こんなに立派なお肉……食べてもいいの……?」
遠慮がちな発言をしてはいるものの、姫咲の視線は完全にステーキに釘付けだ。
桃色の瞳が一途に肉を見ている様子は少し剽軽な面白さがある。
「ええ、もちろんですよ。遠慮なく召し上がってください」
「い、いただきます」
カトラリーを器用に使いつつ、姫咲が最初の一口を決める。
すると一瞬固まり、それから悶えた。
「……~~!!」
悶絶、という言葉がこれほど似合う人物もいないだろう。
黙々と集中して平らげていく。
「……あ」
それからオレ達の視線に気付いて恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……可愛い」
「妹がいたらこんな感じなのかしら」
琴坂と水瀬の一言ずつに、なおのこと姫咲の顔が赤くなる。
「あまり揶揄ってやるな。オレ達も姫咲のように……とまでは言わないが食べないと冷めるぞ」
「……おにーさんのバカ」
これは心外かつ辛辣な言葉だ。
くすくすと和やかに食事が進んでいく。
ある程度まで来ると会話が先程の件に戻った。
「話は戻りますが、八神くんと姫咲さんが落ちた古城の地下はどうなっていたのでしょうか?」
「少なくとも人工物ではなかったな。古城エリアに降りるまでに通った洞窟があっただろう。あれと大した違いはないように思えた」
「わたしたちは鎖にぶら下がっていたから進んではいないけど先もあったよね」
「なるほど。そちらの状況は分かりました。こちらも琴坂さんのおかげで古城の隠し部屋らしきものを発見したんです」
「隠し部屋……?」
確かに古城という設定なのだからそういうものがあってもおかしくはない。
「はい、隠し部屋です。先程八神くん達が医療施設に行っている時に確認を取ったのですが、あそこは設計ミスで空いてしまった空間だそうです。壁で埋めることも案として挙がっていたようですがどうせならということで小さな『礼拝堂』が後付けされたそうです。ここで先程お二人が見た地下道に繋がります」
流石に肉料理のあとにデザートまで食べようという猛者はおらず、つつがなく食事が終わっている。
オレは水を飲みつつ、話の着地点を想像する。
「礼拝堂の置かれた祭壇にはさらに地下道へ通じる階段があって、その奥は行き止まりだそうです」
オレは小さく溜息をついた。
目ざとく水瀬がそれを見つけ、こちらも小さく首を傾げてくる。
「未知の発見……とかだったら面白かったんだがな」
告白するなら、わりとオレも地下城の探索を楽しんでいた。
他では見られない物珍しいコンセプト、そしてそれを可能にする財力と構成力。
なるほど、神宮寺家が財閥の一つとして数えられるわけだ。
そんなオレの一言に琴坂を除く、全員が意外そうな顔をしている。
「貴方にも少年の心は残っていたのね」
「……まるでオレには人の心がないかのような言い草だな。流石に傷付くぞ」
「おにーさんは意外と優しくて純粋だもんね。最初はロボットみたいだと思ったけど」
「……褒めるふりしてオレを刺すな」
「そういえば八神くんはこう見えて人たらしですよね。天然か計算かは置いておきますが」
「神宮寺まで悪乗りするな……」
最後におまけとばかりに琴坂が目配せののち、瞳を伏せる。
察するに『お気の毒』とばかりに見捨てられたようだ。
彼女たちと話しているとやけに喉が渇く。
ガラスコップの水が半分を切ってしまっている。
普段は水瀬くらいにしか弄られることはない。
だがこの場においては全員が全員、オレを揶揄ってくるのだ。
「大方の話は終わっただろう。長居しても店に迷惑をかける」
「それもそうですね。午後からはどうしましょうか」
「午前に色々あったから午後の存在を忘れかけていたわ。予定なら各自自由行動だったわよね?」
「そうですね」
そこで神宮寺は姫咲に言葉を向ける。
「姫咲さんはどうしたいですか?」
「え、わたし……?」
不意に振られた話題に戸惑い気味である。
「わたしは別に何でもいいよ? 午前中はトラブルもあったけどすごく楽しかったし。だから午後もみんなの立てた予定で楽しみたいかな」
そうは言うものの、どこか察してほしそうな雰囲気がある。
「言いたいことがあるなら遠慮なく言うことだ。ここでは全員が平等でお前にも意見を主張する権利がある」
姫咲はこちらに来てからはずっと一人だった過去を持つ。
ゆえに団体行動で自分の意思を貫く土台ができていない。
どうしても自分を後回しに考えてしまうのだろう。
「おにーさんと二人で回ってもいいかな?」
「オレは別に構わない」
オレは残りの人間の顔を見る。
「姫咲さんが望むならそれもいいんじゃないかしら?」
「私も同意します」
琴坂も無言でうなずいた。
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