♰Chapter 47:着ぐるみの徘徊者たち

ミストレス・フォートレスに引き続き、オレは姫咲と一緒に回ることになる。

水瀬と琴坂、神宮寺は三人で回るらしく、彼女らの後ろ姿を見送る。


残ったオレの裾を姫咲が掴んで引いてくる。

それもやや強引とも取れる強さでだ。


「何を急いでるんだ?」


彼女は前を見ながらもひたすらに背後を見ない。


「……おにーさん、不自然な行動はしないで聞いて。さっきから何人かがこっちを見てる」

「……それは本当か?」


オレも暗殺者だからこそ他者の視線には敏感だ。

だが今は何も感じることができない。


「広場の中央の着ぐるみ。被り物で分かりづらいけど気持ち悪いものを感じるの」


広場の中央にはクマやネコといった動物の被り物をしたキャストが数名ばかり。

それぞれに風船を子供たちにプレゼントしている。


その行為にも被り物の視線も違和感はない。


「勘違い、じゃないんだな?」

「うん、この鳥肌が立つ感覚……鼻につく甘い匂い……やっぱり間違いなんかじゃないかったんだ。ブルー・ホライズンの列に並んでた時も変な気配がするとは思ってはいた。でも確信が持てなかったんだ」


列並びのときに少し変わった様子を見せていたのはそういうわけか。


広場を抜け、人の多い道をあえて選びつつパーク内を歩く。

そこまでしてようやく姫咲の言葉が真実だと判明した。


「着ぐるみも一緒に移動してきてるな。しかも人数が増えている」


流石のオレも緊迫感を抱く。

近づくでも離れるでもなく、一定の距離を保ちながら常にそこにいる。

こちらが進めばその分だけ詰めてくる。


「――屍者」


オレはすぐにEAを起動。

水瀬と琴坂に一方通行のメッセージを送る。


”着ぐるみを被った屍者複数体に尾行されている。また他にもパーク内を徘徊している可能性がある”


「姫咲、あいつらが屍食鬼か分かるか?」

「たぶん、屍食鬼。歩く、配るくらいの単純行動しかできてない。ねえおにーさん、これってわたしが追いかけられているんだよね……?」

「それは――」


強い陽光が照り付ける真昼間から屍食鬼が動くとは思っていなかった。

奴らは日差しが苦手で、だからこそ夜ばかりに行動するのだと。

それは正しい一方で身体を覆えるものがあればその法則はいとも簡単に崩れ去る。


――盲点だ。


彼女には束の間でも楽しんでもらえたらと思っていたのだがそれはもう叶わない。


「なぜ、そう思う」

「だっておねーさんたちと別れてもわたしの方にしか追っ手がないもん」

「……冷静だな。水瀬と琴坂を神宮寺と行かせたのは彼女がただの一般人だからか」


姫咲なりに考えての行動。

神宮寺は確かにそれで守られるかもしれないが、肝心の姫咲の護衛はオレ一人だ。

相手はまだ行動を起こす気はないようでただついてくるだけ。

そして単純行動とはいえ子供を襲うこともなく、ひたすらに風船を配り続けている。

すなわち、吸血鬼が指揮を執っている可能性が高い。


――ゼラか別の吸血鬼か、はたまた吸血鬼の王か。


「オレがお前を守る。次の角を曲がったら全力で走れ」

「おにーさん、御伽噺の騎士様みたいだね」


オレと姫咲は曲がり角を横切ると相手の視界から外れた途端に走り出す。

そしてそのまましばらく走り続け、水族館の中に入り込む。


やや息の荒いオレたちをエントランスにいた他のゲストたちは訝しげに見ていたが気にすることはない。

外からは見えにくい位置取りをするとそこから外の様子を伺う。


被り物たちは先程までとは打って変わってきょろきょろと忙しなく周辺を見渡している。

それに館内までは入ってこなそうだ。


早々に入館チケットを購入するとゲートをくぐって館内を歩く。


十七時に閉館するパーク水族館。

現在は十六時少し前だ。

閉館の一時間前が最終入場時刻であるため、オレたちが最終入場者ということになる。

よって周囲には人影がなかった。


「……ぷはぁ!」


緊張の糸が切れたように姫咲は大きく息を吐いた。


「だいぶ気を張ってたみたいだな」

「それはそうよ。いくらわたしが半人半鬼でも怖いものは怖い。それに――」

「それに?」

「わたしたちがもし下手を打てばあの着ぐるみの中にいる屍食鬼が人を襲ったかもしれない。どんなに平気を装ったって怖いものは怖いよ……」


その手は確かに震えていた。

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