♰Chapter 37:陽光の毒

神宮寺の表札を見つけると傍のインターホンを押す。

事前に連絡しておいたため待機していたのだろう。

すぐに返事がある。


”はい”

「八神零だ。あとおまけの周防」

「おい、おまけってなんだおまけって」


がちゃ、と音がして扉が開く。

神宮寺はまだ制服姿であり、帰宅してからそう時間は経っていないようだ。


「寮監さんの目を盗むのもプロになりましたね、周防くん」

「まあな」


妙に仲のよさそうな二人。

思えばオレが初めて神宮寺と対面した時も二人は知っていた風だった。


「そういえば同クラスだったか? 二人は」

「そうだぜ。ちなみに寮監の好みが知りたいってイチかバチか聞いて教えてくれたのもこいつ」

「私は周防くんが寮監さんを思ってのことだと思っていたんですが、賄賂のためだと知っていたなら教えなかったんですけどね」


神宮寺は周防を怒ったように見るが、その視線には本気度はない。

ふわふわとした雰囲気が隠しきれていない。


そのとき、周防の端末が着信音を発する。

それを見て一瞬で顔を真っ青にする。


「いけねっ! 帰りに特売セールの卵買ってくるように言われてんだった! 悪いが帰らせてもらうぜ!」


そういうと走って道を引き返していく周防。

勝手についてきて勝手に帰っていくそそっかしい人間だ。


「にぎやかでいいですね。ああいう人が近くにいてくれると」

「そうでもない。予想もしない行動を取ってくるからな」

「ふふ。部屋、入りますか?」

「悪いがそうしてくれると助かる。基本男子禁制の場所にオレがいるのを見られるのはまずい」


玄関を抜け、リビングに入るとそこはもう神宮寺の色が濃く反映されていた。

ホワイト系の家具に統一されたモダンな部屋。


「何気に部屋まで上げるのは男の子では八神くんが初めてなんですよ?」

「それは悪いことをしたな」


彼女の冗談を軽く流しつつ、勧められた椅子に座る。

お茶を入れてくれようとするが、それはオレが止める。


「あまり長居するつもりじゃないからお構いなく」

「そうですか。ではその用事とは?」

「ブライトランド。知っているか?」


神宮寺は唐突に出てきた名称に驚いたようだった。

頷いて話し始めた。


「ブライトランド――神宮寺家が古い海辺の遊園地を事業ごと買い上げて再建した総合娯楽施設ですね。昨年からオープンしています。ええと、それがどうかしましたか?」


神宮寺には嘘と真実を同時に信じてもらうことにはなる。

だがそれもブライトランドに巣食う”屍者”を一網打尽にするためには必要なこと。

ここで詳細に話したら彼女は間違いなく土曜日の開園を取り止めてしまうだろう。

そんなことになれば吸血鬼の王は違和感に気付き、ともすると行方をくらます可能性もある。

ゆえに決して特別な何かがあると伝えてはいけない。

その上でチケットを入手しなくてはならない。


「実はオレの友人たちがそこに遊びに行きたいそうなんだ」

「ふふ、なるほど。私に優待チケットを貰おうということですね」


流石に話が早い。


「不躾なうえにいわゆるズルをしているのは分かっているが、譲ってもらえないか? 相応の謝礼も用意する」

「謝礼……ですか」


黙々と考える神宮寺だったが結論に至ったようだった。


「朝凪祭の舞踏演目。二度お断りされましたが三度目の正直です。もし今回ペアの件を認めていただけるならお譲りする……こんな条件を出したらどうします?」

「構わない」


オレは躊躇なく返事をする。

それでチケットが手に入るなら神宮寺と組むメリットが生まれる。

一度組んでしまっている水瀬には悪いが事を上手く運ぶための安い犠牲と諦めてもらうほかにない。


神宮寺は瞳を伏せ、少し悲しそうな表情をする。


「間髪入れず……そうですか。でもそれは冗談なので気にしないでください。それにチケットに対価もいりません。ただ」

「ただ?」

「わたしも一緒についていってもいいですか?」


オレは悩む。


水瀬も琴坂も姫咲ですら、第三者を入れたくはないはず。

魔法使いに吸血鬼。

そこにただの人間まで加わるとなると間違いなく不味い展開になる。

矛盾、齟齬、すれ違いのオンパレードだ。


「前にも聞いたがなぜオレにこだわる?」

「それは……あなたが暗殺者であることに私たち神宮寺家は深く関わっているからです」


オレは無言で続きを促す。


「神宮寺が裏社会の権力を嫌っていることはご存じの通りです。でも裏社会の手綱を握るにはこれもまた同じく表の力ではなく裏の力でないと太刀打ちできません。手段を選ばない人・組織には言論で訴えても金銭で訴えても真には響かない。穏便に済むことが一番ですが時には強引に進まなければならない時というのもあります」

「正論だな。お前個人の依頼で吸血鬼の件も引き受けたが、ある意味ではこれも裏社会の力を借りなければ何もできないことを証明しているようなものだもんな」

「ええ、情けない話ですがここに矛盾はあります。そしてこの矛盾こそが八神くんのような暗殺者を生んでしまっている……裏社会と言っても彼らの資金だけでは限られています。報酬を流す表社会の人間がいなければ回らない。そう考えたとき、この悪循環を支援しているのは私たち神宮寺のようなものでもあります」

「なるほどな」


その考え方は理解できる。

暗殺者なんて職業は報酬が無ければ回らない。

たまには殺しが好きでやる人間もいるだろうが、そんな奴でも金が無ければいずれ消えていく。

現代のいたるところに監視カメラがある監視社会になっても細々と暗殺者界隈が生きながらえているのは、それを支援する表社会があるからだ。


「家すら継いでいない私の手は限りなく小さい。救えるものもきっとほんの一握り――いえ、一つまみ。それでも近くに私たちの被害者がいるというのなら、楽しく笑い合える、そんな世界に引き戻したいんです」


つまりは神宮寺が言いたいことはこうだ。

身近に暗殺者をしている裏社会の人間のオレがいる。

だから気に掛けて血塗られていない元の世界に戻してやりたい、と。


「……随分と勝手だな。必要なときは手を借りておいて、必要がなくなればすべてを捨てて綺麗な世界に戻って来いと言うのか」

「身勝手なこと。それは理解しています。血濡れの心と身体に陽の光は毒でしょう。今更八神くんが引き返すことのできないことも知っています。だからこそ、それ以上壊れてしまう前に引き留めておきたいんです」


なぜ彼女がオレに絡んでくるのかは納得した。

彼女の考えも理解はできる。

だがそれは綺麗ごとで塗り固められてしまっている。

矛盾は綺麗ごとの煌びやかさですら、錆のように赤黒く染め上げる。


「本気で、そんなことを考えているのか?」

「わたしはいつだって本気ですよ。恩を着せる善意ではなく、私たちがあなたたちに押し付けてきた負債を少しでも返せるような善意を。もっとも、今の八神くんは暗殺者の枷を外したところで何か別の枷に囚われていそうですが」


洞察力、か。


「なんとなくだが理解した。少し、同行者に連絡を取らせてくれ」

「分かりました」


この部屋は寮なだけあって通話するには狭い。

外も誰かに見られるのは避けたいところ。


となるとオレは端末にメッセージを飛ばす。

それは水瀬宛なのだが、十秒ほど経ってから既読が付いた。


”ブライトランドの件。チケットは確保できそうだが神宮寺も付いていきたいそうだ。意見を請いたい”


”断るべきよ。一般人の彼女が来て巻き込まれたら責任は取れない”


”オレも拒否したが、事情を明かさずに譲歩を引き出すのは難しい”


”どうしても?”


”神宮寺の娘だけあって頑固だからな。諦めた方が諦めさせるより早い”


”……分かった。当日作戦時間までは一緒に行動するわ。作戦時間には何か理由を付けて安全を確保する。少し強引だけどこれが次善策じゃないかしら?”


”了解(敬礼する鴉のスタンプ)”


”ふふ、絶妙に似合っているスタンプね(可愛らしく微笑む猫のスタンプ)”


オレはやり取りを終えると端末をしまった。


「問題ないそうだ」

「そうですか! 楽しみにしていますね、八神くん!」


屍者の件といい、姫咲の件といい。

最近はろくに休む暇もない。

朝凪祭も控えた今、これは大忙しになると直感するオレだった。

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