♰Chapter 36:寮監と融通

「――で、お前たち男子は女子寮に何の用だ」


寮監の女性が立ち塞がっていた。

けやきという、凪ヶ丘高校の女子寮専属の管理者だ。

風の噂程度に規律に厳しい寮監がいるというのは聞いたことがある。

恐らく彼女のことだろう。


「オレは一年の八神です。神宮寺と話したいことがあるんですが」

「ふむ。八神に一つ小話をしよう。私が着任して以降、幾度となく女子寮への侵入を図る不届き者がいた。が、その全てを私はひっ捕らえ生徒指導室送りにしている。ただの一人もこの手を逃れた者はいない。以降は必要なことなら明日直接本人に伝えるか、私が直接伝言しておくというルールが敷かれているんだ」


ぎろっと周防を見る寮監。

その油断ならないものを見る視線で完璧に理解した。


「もしかしてその不届き者の一人が周防ですか?」

「正解だ。人には人の性癖があるだろう。だからシスコンは責めないが、厄介な布教活動をしに侵入しようとするのは問題行動だ」

「いやでも俺の話を聞きたいっていう子がいたんですよ? 一人でも妹を愛する同士ができるなら火の中だろうと山奥だろうとたとえ異世界であったとしても駆け付けるつもりです!」


情熱的に語る周防だがそれはこの場にいる人間には微塵も響かないだろう。


「……聞いての通り、彼は頭のねじが緩み切っている。八神と言ったか、くれぐれも公序良俗の道から一緒に足を踏み外すことのないように」

「分かっていますよ。ただ、今こうして訪ねてきたのはオレから直接本人に今日中に伝えたいことがあってのことなんです」


視線の矛先がオレに向く。


「ルールはルールだ。それを破るというなら君も周防と同様に私のブラックリストに載ることになる」

「待ってください。今日の俺、周防凛は寮監に渡したいものがあってきたんですよ」


周防はそれから寮監の手に自分の持っていた紙袋を持たせる。


「これはなんだ?」

「寮監は美少女系恋愛シミュレーションゲームが好きだと聞いたので。最新作の数本を包んでおいたんですよ」


耳元で囁く姿は悪魔を見ているようだ。

彼にそそのかされた寮監は、す……と音もなく後ろを向いた。

その直前には両目に怪しげな光を宿していた気がする。


「私は今なにも見ていない。誰が通っても分かるはずもない。だが門限には監視の目は復活するだろうな。それとくれぐれも問題は起こさないように」

「あざっす! ほら行こうぜ、八神」


オレは唐突に理解した。

寮監の趣味に、ではない。

幾度となく侵入を試みたこの男が編み出した手練手管に、だ。


なるほど。

女子寮に侵入できた者はいないという寮監の言葉。

裏を返せば寮監さえ味方にすれば容易いということだ。


「……お前の手口は寮監の趣味を手玉に取った汚いやり方だな」

「褒めてくれるな。これも全て麗しきリトシス同盟会員の八神のためだ!」


いつの間にか怪しさ満点の宗教組織にまで加入させられているらしい。

謹んで辞退したいところだが否定したところで三歩歩けばまた加入させられるだろう。

よって無意味なループにはそもそも入らない。

彼の心の中でだけオレは妹同盟とやらにいるのだ。


「でもいいのか。あれはお前がやりたくて持ってきたものなんじゃ?」

「ああ、気にすんなよ。俺は当然あのゲームはコンプしてる。最新作の発売初日、それも志を同じくするネットの奴らと綿密な打ち合わせの末、トップバッターに買って丸一日徹夜して全ルートクリアしたからな。ちなみにそれを貰った同志たちも俺と同様、全クリア勢&布教用、観賞用、プレイ用の最低三点セット――三種の神器を持ってる。寮監にやったのは布教用だ」

「寮監もあれでいいのか……」

「あれで俺のことを信用してくれてんだよ、寮監殿は。貢物のために形式的に止めているだけだ」

「それはそれで職務怠慢だろう」


オレのつぶやきは空気に呑まれたらしい。


「ほらな。俺を連れて行って正解だったろ?」

「やり方はともかく……かもしれないな」


エレベーターホールを抜け、階段を上り二階に上がる。


一年生は低層階しか使えない決まり。

学年が上がるごとに高層階に住むことが可能になるシステムだ。

年長の功というものだろう。


であるから大抵の一年生は階段を使うのだ。

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