♰Chapter 44:宝探しと地底

オレは意図的に水瀬と琴坂を隣に来るように位置取り、神宮寺には屍者のことを打ち明けたことをその過程と共に情報共有する。

二人とも言いたいことはありそうだったが長話をしていると姫咲に勘付かれてしまう。

そうならないためにも無理に会話を続けようとはしなかった。


一通り地下の美しい景色を楽しんだのち、オレ達はさらに奥へと進む。

段々と天井が高くなっていき、鉱石が埋め込まれた洞窟というイメージから地下帝国とでもいうべき広大な空間に足を踏み入れていた。


地上から地下へ降りる道はいくつかあるそうだが、その全てはあのような洞窟を抜け、この地下帝国に収束するようだ。


それなりの数のゲストが物珍しそうに地下に威光を知らしめる巨城を見上げている。


「さて、ここからはミストレス・フォートレスの醍醐味です! この巨大な地下城に隠された秘宝を探してください。ヒントや地図などなど、探索を便利にするアイテムもお城の中に隠されていますので、ぜひ挑戦してみてください」

「秘宝……神宮寺おねーさん、それを見つけたら何か貰えるの?」

「いい質問ですね。秘宝は一つではなく、いくつも眠っています。そのランクに応じて豪華景品が当たります。内容についてはアトラクションを終えてからのお楽しみです!」

「なるほど……。楽しそうだね!」


わくわくと胸躍らす姫咲は本当に見掛け相応の少女のようだ。

その実際は数百年も生きている吸血鬼なのだが。


地下城は雰囲気を醸すためか、長大な年月を感じさせるほどに古めかしい見た目だ。

外壁は鬱蒼とした苔に覆われ、所々ひび割れてしまっている。

とても一年前に建造されたアトラクションだとは思えない風貌だ。


ちょっとした中庭――と言ってもその形跡があるだけで無骨な石の残骸が置かれているだけ。

当然ながら地下なのでほとんどまともな植物は生えない。


「随分とリアル志向なつくりだな」

「……え、ええ、そうですね。そこにはこだわっていますから!」

「何か気になることでもあったか?」

「なんでもありません」


若干ぼうっとしていた神宮寺に催促すると首を横に振られる。


城の内部も荒廃しており、細部の調度品に至るまでなかなか凝っていた。

身も蓋もない言葉を言ってもいいのなら、ブライトランドの予算の多くはこの廃城に使われたのではないだろうか、などと推測する。


錆びついた無骨な甲冑が転がっているところなど、生々しい。

手に持ってみると質感や重量と言ったものも本物を用いていそうだ。


入口から探索範囲を広げていくたびに他のゲストたちとの遭遇も少なくなっていく。

やがて耳を澄ませても自分たち以外の話し声は聞こえなくなってしまった。


「この辺の部屋から調べてみるか」

「あ、じゃあおにーさんと一緒にこの部屋を調べたいかな」

「それなら二、三で別れましょう。私と律、神宮寺さんで隣りの部屋をどうかしら?」

「構いませんよ」


琴坂も小さく頷く。

彼女たちを見送ったあと、オレは姫咲を見る。

その瞳はやや紅に移ろっていた。


「……早いな。今朝血液を摂取したばかりだったよな?」

「うん……でも少し変なんだ。さっきのジェットコースターに並んでいた時がそうだった。時々わたしの血が何かに惹きつけられるみたいに沸き立ってすぐに退いていくの」


城の一室に入るとそこは応接間のような造りだった。

埃や蜘蛛の巣で荒れた中にもソファはあったので、手持ちの手巾を敷いて姫咲を座らせる。

そして荷物から特製水筒を取り出し、彼女に持たせる。


蓋を回し中身を一目散に胃に流し込む。

こくこく、と細い喉が嚥下し、中のものが平らげられる。

言わずもがな、人間の血だ。


やがて紅がかった瞳が桃色に戻る。


「渇望はないか?」

「大丈夫。おにーさんたちが手配してくれたおかげですごく安定してるよ。ええっと確かこうだったかな」


小指を立ててこちらに突き出してくる。

オレは一瞬何の動作か悩んだが、すぐに気が付いた。


「それは約束を交わすときに使うジェスチャーだな。多分お前がやりたいのはサムズアップ――相手を安心させるときとか、褒めたりするときに使う奴だ」


オレは右手でサムズアップをして見せる。

それを見て姫咲はやや照れくさそうに笑った。


「覚えたてのものは使うべきじゃないね」

「そうか? 意外と可愛い間違いだったぞ」

「……くくっ」

「何故笑う?」

「だって吸血鬼に可愛いっていうから。やっぱりおにーさんはわたしを一人の人として見てくれてるんだね。ううん、おにーさんだけじゃない。水瀬おねーさんや琴坂おねーさんもわたしの正体を知っても変わらずに接してくれている。それが――ううん、これは言葉にしないほうがいいね。安っぽい一言で表すのはもったいないもん」


さて、と言った感じで満足げに立ち上がると部屋の暖炉辺りを調べ始める。


「せっかく今日というプレゼントを貰ったんだから楽しまないと損だよね! おにーさんも秘宝を探して!」

「ああ」


子どものお遊びのような宝探しではあるが付き合うべきだろう。

今日のこの時間は夕方以降に起きるであろう惨劇の謝罪も兼ねているのだから。


オレは蜘蛛の巣が張っていた本棚から適当に本を取り出す。

外部装丁だけの調度本かと思えば、中身は英語で書かれた古い書物のようだ。

流石にレプリカだろうがよくできている。


「Witch's temptation ……『魔女の誘惑』に、こっちはThe true ancestor of vampires ……『吸血鬼の真祖』か」


まるで片っ端から西洋関連――それも伝説や神話系統の書物を詰め込んだようだ。

暗殺者として活動するうえで叩きこまれた教養知識として英語も修得している。

内容が気になるので翻訳したい気はあるものの、今は宝探しが優先だろう。


仕方なく本を戻そうとして、背後から姫咲の素っ頓狂な声が聞こえた。


「わっ!」

「どうした?」


振り返れば彼女は暖炉の前でしりもちをついていた。

手を貸して立ち上がらせるとその手に持った古めかしい球体を見せてくる。

それは埃や塵に塗れてはいるが磨けば輝きそうな、美しい球形をしていた。

少なくとも単なるオブジェクトとは違うと断言できる。


「これは……判断に難しいが秘宝、か?」

「わたしもそう思う」


オレは先程敷いていた手巾できゅきゅっと汚れを拭き取り、手巾をしまう。

やはり宝探しに相応しい透き通った紅の球体だ。


「どことなく姫咲の吸血鬼の側面が現れたときの瞳に似ているな」

「それは綺麗って意味?」

「ああ、綺麗な真紅だ」


姫咲は嬉しそうに表情を緩めるが、それもすぐに消える。


「何だ⁉」

「きゃあっ⁉」


石臼を力強く挽くような、鈍い音と揺れ。


「足場がっ!!」


部屋一帯の床が大崩落を起こしたのだ。

咄嗟の判断で姫咲を庇い、受け身を整える。


ここは地下にある城の一階なので落ちるとすれば地下城の地下一階。

悪くすればさらに下まで落ちるかもしれない。


――これもアトラクションなら笑えないがトラブルだろうな。


大口を開けた暗闇に瓦礫と共に飲まれていくのだった。

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