♰Chapter 43:ミストレス・フォートレス

「実を言えば、ミストレス・フォートレスは当初ブライトランドの構想には入っていなかったんです」

「そうなのか?」

「はい。埋立地を作る際の調査でたまたま海底に多量の鉱物資源が眠っていることが分かったんです」

「それならテーマパークを開かずに海底鉱山にするのも一つの考えだったんじゃないかしら?」

「水瀬さんのいう通りです。神宮寺家は相応の検討を重ねましたが結果的には私とその味方についた現当主のお母様の鶴の一声でブライトランドの建造が決定されました。ですがこのまま鉱物資源を眠らせておくことは宝の持ち腐れです。折角天然の美しい景色があるなら多くの人に見てもらいたいと考え作られたのがこの先になります」


人工的に作られた大石門がオレ達に大きな口を開けている。

この先は地下に通じているらしい。


「……八神くん、姫咲さんを」


琴坂の視線は姫咲に向けられている。

確かに少し怯えているようにも見える。


一歩前に出ると姫咲に声をかける。


「怖いならそう言え。オレが隣りを歩く」

「べ、別に怖くない! わたしはきゅ――!!」


口を滑らしそうになった姫咲の口元に手を当てる。


「きゅ……?」


案の定、近くにいた神宮寺は首をかしげている。


「……あまりに怖くて変な鳴き声が出たんだろう。彼女は閉所恐怖症なんだ」

「そうなんですね……。配慮が足りなくてごめんなさい。もしあれならやめておきましょうか?」

「いや、大丈夫だ。近くに人がいてやればな」

「分かりました。では辛くなったらいつでも教えてください。それまでは進みます」


神宮寺がぽっかりと大口を開けた大石門を潜り抜けていく。


「……おにーさん、わたしは閉所恐怖症じゃないよ!」

「お前が口を滑らすから誤魔化すしかなかったんだ。ここではお前を吸血鬼だと知らない彼女もいる。気を付けてくれ」

「うぅ……確かに。ごめん」

「安心しろ。中ではオレが隣にいる」

「……うん」


服の裾が掴まれる。

相変わらずそこが彼女の定位置なのだ。


一歩一歩を踏み出し、どんどんと地下へ下がっていく。

最初は人工的だった通路だが、段々と自然のありのままの通路へ変わっていく。


「あえて人工っぽさと自然っぽさを段階的に変えています。この先は最低限の人の手しか加えていないので道が荒くなりますので気を付けて」


確かに足元は固い土や石、あるいは岩と言ったものが目立ってきている。

コンクリートの舗装など見る影もない。


きゅっと不安そうな面影で服が引っ張られる。

それを見た水瀬がそっと姫咲の肩に手を置く。


「大丈夫よ」


その声音に力が緩くなる。


「あ、おにーさん。これ」


屈んだ姫咲が見つけたのはきらきらと光を反射する鉱石だ。

壁面にいくつか同じようなものを見ることができる。


「そろそろ第一鉱床層こうしょうそうに着きますね。皆さん、ランタンの灯りを消してください」

「ええっ⁉」

「姫咲さん、安心してください。すぐに理由は分かりますから」


一斉にランタンが消えるとすぐにその理由が分かった。

通路に埋まっている鉱石が淡い光を帯びているのだ。


「ミストレス・フォートレス――神秘的な要塞とはよく言ったな」

「ふふ、この通路にあるものは前座にすぎませんよ。こちらの広場まで来てください」


その先は目を疑う光景だった。

足元から高い天井、左右の壁面、どこを見ようとほんのりと青い光を帯びた鉱石が埋まっているのだ。

神秘の要塞はその名に恥じない秘境を人の目に魅せつける。


「ブルー・ホライズンで見た海の景色を捨てがたいけれど、こっちはそのさらに上を行く美しさね……」

「……うん。流石に驚いた」


姫咲はぽかんと口を開けている。


「お前も感動したか?」

「うん……。すごいよ……。わたしの故郷――と言ってももうだいぶ昔のことになるけど似たような景色があったんだ。すごく懐かしいよ」


肌身離さずに持ち歩いている銀の十字架がそっと握られる。


ただ一人寄る辺なく彷徨っていた彼女にとって、それだけが故郷と肉親との繋がりであったのだろう。


各々幻想風景を楽しんでいるところで、神宮寺がオレの隣りに立った。


「八神くんにも気に入っていただけましたか?」

「ああ。嘘偽りなく生きてきた中で一番綺麗な景色だ」

「その言葉がいただけただけでもここに連れてきた甲斐があるというものです」


神宮寺はほんのりと微笑んでいる。

ただその笑顔には含みがあるように思える。


「何か他にも言いたそうだな」

「黙っていてもバレるものですね。あらかじめお伝えしておくと私の指摘が正しくとも誤っていようと指摘しなくて構いません。なので独り言のようなものだと受け取ってください。——貴方は私に、ともするともう一人ほどに隠し事をしていますね。それも今日に関わることで」


オレは表情にこそ出ないが心の内では感心していた。

当て勘とも違う、何か確信めいたものを感じる。


「どうしてそう思う?」


実質隠し事を認めた形の返答に、神宮寺は珍しく呆ける。


「……すみません。答えてくださるとは思わなかったので」

「構わない。それで根拠はあるのか?」

「貴方は私にブライトランドのチケットの調達を依頼しました。その目的はブライトランドに行きたいと言った人がいたからだと言いましたね。でもたったそれだけのことで貴方がわざわざ動くことなど有り得ない」

「オレの人間性を随分と理解しているような口振りだな」

「気分を悪くさせたのなら謝ります。ただ私は兄たちと同様、神宮寺の正統なので必然的に多くの人間に接する機会を得ているんです。そこでは様々な人を見ました。純粋の皮を被って取り入ろうとする人、他者を踏み台にのし上がろうとする人、逆に弱さを見せて物を乞う人もいました。本当に様々です」


それなら妙に人間に対して鋭いことにも納得がいく。

オレと同様、人の感情を感じ取ることに長けている。


「戻りますが、貴方は目的なく動くことはない。ならブライトランドに来たことには何かしらの意味があるのだと考えることは自然なことでしょう」


彼女の視線は幻想風景に見とれている各々に向けられている。


「私たちを除いて、当日の今日は水瀬さん、琴坂さん、姫咲さんの三人が来ましたね。あの中で恐らく水瀬さんと琴坂さんは八神くんの仲間でしょうか。琴坂さんは水瀬さんを下の名前で呼び、ある程度親しいことは明白。八神くんと水瀬さんも普段を見ていれば仲が良いことは自明です。すると姫咲さんだけが何も見えてこない」


考えながら物を話し、その結果としてぼんやりと胸に居座っていた隠し事の原因を特定してしまっていた。

頭が切れるというのも難題である。


「つまりお前は姫咲に関することで、オレや水瀬、琴坂の三人が隠し事をしていると思っているのか」

「はい」


オレは神宮寺の人柄を定めるために一つの質問をする。


「お前は最初に一定の犠牲を払えば最終的な犠牲が減るとすればそれを支払うか?」

「とても……残酷で難しい問いですね……。どちらも救う、というのは無理なのですか?」

「欲張れば最終的な犠牲が最大化されるだろう。人は頭を使って創意工夫をしてもそれには限界がある。全部を救おうとして救えるのは神か、悪魔か。あるいは都合のいい空想上の物語だけに過ぎない。あるいは本物の英雄か。少なくともこの場にいる誰もが英雄ではないだろうが」

「……今更ながらに貴方の思考は冷たく、容赦がないですね。ですがそれなら私も鬼かもしれません。答えは最初に犠牲を払う、です」


オレは頷いた。


「お前が割り切れる人間で良かった。夕陽が沈む頃、ブライトランドは屍者に蹂躙されるだろう」

「それは、事実なのですか……?」


流石の神宮寺も驚きを禁じ得ない。

険しい顔で色々な思考を巡らせているのだろうが防ぎようのない事実だ。


「だが最初に犠牲を払うことで吸血鬼の件もこれで終わりだ。相手は自分たちを討伐する人間が潜伏しているなど予想もしていないはずだ。奴らを全て滅ぼすためにも大規模な避難や臨時休園をされると困る。だから隠し事をしていたんだ」

「……話は理解はできました。でも、くっ……」


神宮寺は机上の論議であれ、『最初の犠牲』を許容した。

本気で考え、本気でそれが良いと判断したはずだ。


だが今になって現実味を帯び、それが人情に外れているのではないかと善心を痛ませる。

言葉は聞かれてしまえば二度と喉に戻ることはない。

無かったことにはできない。


「お前には嗅ぎ回られるよりましだと思って話したが、姫咲には何も言わないでくれ。彼女は本当に今夜のことを知らない」

「水瀬さんと琴坂さんはやはり仲間なのですね。それも恐らく貴方と同じ特別な」


オレは確認には答えず、一歩前に踏み出す。


「オレ達も好き好んで犠牲を出したいわけじゃない。むしろこれ以上の犠牲が生まれないように確実にここで危険因子は摘んでおかなくてはならないんだ」


神宮寺は一度大きく息を吸ってから起伏ある胸を撫でた。


「取り乱してすみません。貴方の言うことは人の気持ちさえ除けば間違っていない。最善はなきにしろ、次善であることは確かです。わたしにできることはありますか?」

「……そうだな。できるだけいつも通り柔らかい物腰で姫咲に向き合ってやってくれ」

「分かりました。今はそれで」

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