♰Chapter 42:信頼とは
「ん~っ! 楽しかったなー! ジェットコースター……初めて乗ったけど何回も乗りたいって思ったよ!」
「ふふ、気に入ってもらえたなら何よりです。今日一日では回り切れないかもしれませんが、まだまだ楽しんでもらえると思いますよ」
「へえ、いいね!」
姫咲と神宮寺はそれなりに打ち解けたようで、普通に会話を楽しんでいる。
そんな二人のわずかに後ろを三人が歩く。
「姫咲さんも楽しそうね」
「も、というからには水瀬も楽しんでるんだろう?」
「少し恥ずかしいけどその通りよ。私だって遊園地は数えるほどしか行ったことがないもの」
「仲間と一緒に行ったのか?」
視線を琴坂にも向ける。
「……わたしは今日を除いて優香とは行ったことないよ」
「なら家族とか?」
「ええ、正解よ。ぼんやりとしか覚えていないけど、私の両親と小さい頃に何度か」
確か彼女の両親はすでに他界してしまっている。
話題の方向性を修正しようかとも思ったが、踏みとどまる。
琴坂が何かを口にしようとしていたからだ。
「優香のご両親はどんな人だったの?」
随分と踏み込んだ質問に水瀬は嫌な顔一つしなかった。
「そうね……一言でいえば子煩悩かしら。何をするにも私を気にかけてくれていたと思う。あの日、あの時、あの場所で殺されかけても変わらなかった優しさが悔しい」
「ちょっと待て! お前の両親は事故死だと言ってなかったか? 殺されたとはどういうことだ?」
過去の言動との相違に思わず語気が前のめりになる。
以前彼女自身が家族は事故で亡くしたと語っている。
今の言葉とは看過できない矛盾がここにある。
「え……? ああ、なぜ殺されたなんて言ったんだろう……ええ、八神くんが正しいわ。私の両親は事故で亡くなったわ。ごめんなさい。疲れているのかも」
「なら少し休憩にでもするか」
先行する神宮寺と姫咲に声をかけ、手近なベンチに座る。
オレと琴坂以外は飲み物を購入しに行ったり、手洗い休憩に席を外していたりする。
「琴坂」
「……なに?」
「お前はさっきの水瀬に嘘の色を見たか?」
「あいにく、今は色が見えなかったよ。……それと隠していたわけじゃないけど本人でさえもそれを真実だと思っていればたとえ虚偽だったとしても、嘘の色は見えないよ」
つまり水瀬が嘘を吐いたかは不明だ。
だから琴坂に聞いてみたわけだがいつも見えるわけではない。
気掛かりな点ではあるがそこからの読み取りは諦めるほかないだろう。
「優香のご両親、事故死だったの?」
「……少なくとも以前に彼女はそう言っていた。だが今日、どういうわけか他殺だったかのような言い回しをした。訂正はされたけどな。本当に疲れていて間違えたのならそれはそれで危険だし、嘘を吐いているのなら気になる。最低限の信頼関係にも関わる」
七月なので地面からの輻射熱が凄い。
ただでさえ暑いのに上からも下からも焼き焦がそうと太陽が頑張っている。
どこかで蝉が鳴いている。
アトラクションの喧騒もここまでは大して届かない。
琴坂は静かに目を瞑った。
「八神くんにとって、信頼って何?」
「随分と唐突だな」
「考える必要はないよ。そのまま思ったことを教えてほしい」
「しいて言うならオレが思う信頼は、二種類に分けられると思う。一つは無償で互いに協力し合える関係性だ。これがいわゆる誰もが真っ先に思い浮かべる信頼の理想像じゃないか?」
「もう一つは?」
「利害関係で結ばれる信頼だ。相手のことを大して知らなくとも相互に相手の欲しいものを与え合って得られる関係性だ」
琴坂は瞼を開け、オレの顔を覗き込む。
エメラルドの瞳がただオレを見ている。
「優香と八神くんはどっち?」
彼女には嘘が見える。
必ずとは限らないがバレる可能性があるなら白状した方が幾分マシだろう。
「……利害関係で結ばれる信頼関係だ」
「……そっか」
視線が外され、彼女は遠くで回る観覧車を見ている。
「何も言わないんだな」
「何か言ってほしかった?」
「そう言うわけじゃないが軽蔑されてもおかしくない発言をしたとは理解しているつもりだ。それなりの言葉が飛んできても聞くつもりでいた」
「……人間って色々な人がいるんだ。一般市民、ISO、幻影、約定……他にもわたしは色々な人を見てきた。そこで分かったことがあるの。人は嘘を吐く。味方でも敵でもそれは同じ。人は弱いから嘘で壁を作らないと自分を守れない。だからね、八神くん――貴方はそのままでいいと思う。利害関係で割り切った信頼関係なら人の嘘で傷付けられることもない……こほっ」
珍しく饒舌に話したせいか、語尾で軽く咳き込んでしまう。
本当に歌以外では話すことが苦手なのだ。
「大丈夫か?」
「うん」
「オレからも一つ聞いておきたい。琴坂はどうして幻影に入ったんだ?」
それにはくすっと笑って見せる。
「唐突だね。でも、お互い様だから答えると私は傷付きたくないし、傷付けたくないから。だから幻影に入ったの」
「だが――」
そこでオレは今までに見てきた彼女を振り返る。
確かに彼女はただの一度も人間と本気の殺し合いをしてはいない。
いずれも呪怨関連の吸血鬼や屍食鬼、その他の怪異の浄化を役割としている。
槍使いとは手合わせしたものの、彼女自身は守りに徹していただけで相手を積極的に傷つけようとはしていなかったように思う。
「……分かってもらえたみたいだね」
「ああ。人を傷付けることも、傷付けられるのも辛いこと。だからこそ、その全てを叶えつつ、人を救える呪怨払い――〔絶唱〕の守護者になったわけだ」
「うん、正解。結局わたしがあなたに伝えたかったことは一つだけ。利害関係で結ばれた歪な形でも、私は咎めない。私だって敵であっても人を傷付けることは絶対にできないっていう、身勝手な爆弾を抱えてるから。でも。でもね、いつかは八神くんのその利害関係が心からの信頼関係になったらいいね」
純粋な瞳にはただその願いだけが宿っていた。
「ああ、オレもそう願っているよ」
――琴坂律。
彼女の過去も知っておきたい。
今のところ、東雲のことしか深くを知らない。
そう、彼女は人と関わりたくて、だが人と関わるのを恐れていた。
だからこそ〔迅雷〕の固有魔法を得た。
ならば琴坂は何が原因で〔絶唱〕の固有魔法を得たのか。
そこには魔法使いの根幹があるはずだ。
人間を心からは決して信用できないオレにとって、相手の来歴を知ることは自分を安心させるうえでとても重要なことなのだ。
彼女の本心がどこにあるのであれ、いつかは知りたいと思う。
「おにーさーん!」
遠くから駆け寄ってきているのは姫咲と神宮寺、そして水瀬だった。
その手にはペットボトルの清涼飲料水が抱えられている。
「行くよ!」
ぽいっと弧を描いて放ってきたので、オレは手で受ける。
水瀬と言い、オレに物を投げ渡すのが流行ってるのだろうか。
「投げると危ないぞ」
「大丈夫よ! おにーさんならこのくらいキャッチできないわけないもん!」
「随分と信頼されているようだ」
「当然! わたしはおにーさんと一緒に戦ったことがあるからね」
まったくこの場に一般人がいたなら理解できない発言だろう。
幸いにして人は全くいないが。
強いて言うなら神宮寺だが、彼女は概ねオレのことを知っている。
今更戦いなどと発言したところでさもありなんという感じだろう。
「水瀬、体調はもう平気か?」
「何も問題ないわ。水分補給も出来たし、万全よ」
強がりではなく、事実としてそうなのだろう。
彼女は普段と変わらず、淑やかに微笑む。
ぱんっと神宮寺が手を叩く。
「さて、休憩も終わったところで午前中の最後のアトラクション――ミストレス・フォートレスに案内します!」
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