♰Chapter 26:ペア成立
それから十分ほどが経過しただろうか。
人が歩いてくる音に気付き、視線を移す。
向かってきたのは予想に違わぬ水瀬だ
「お待たせ」
「お疲れ。打ち合わせの方は順調だったか?」
オレは歩調を合わせ、彼女と一緒に帰路に着く。
「ええ、今日で一応の打ち合わせは全て終わったわ。まだ会場造りとか諸々はあるけれど……文化祭――ええと夕凪祭よりはやることも多くないわ」
「朝凪祭でのまとめ役が評価されて夕凪祭も実行委員を任されたりしてな」
「ん……それは遠慮したいわね」
水瀬が苦笑するのを横目になんだかんだでリーダーをやれているのだと感じた。
最初は集団の先頭など似合わないのではなどと思ったが余計な考えだったようだ。
「貴方の方はどうなの? 今日は珍しく放課後練習に参加したんでしょう? 確かスケジュール表通りならペアダンスだったはずだけれど?」
「なんやかんやあったんだが結局神宮寺に相手してもらったな」
「ええ⁉ 神宮寺さん⁉」
余程驚いたのか、柄にもなく声が大きくなっている。
それに気付いたのか恥じ入るように声の大きさを元に戻した。
「本当なの?」
「オレは誰の得にもならない嘘は吐かないぞ」
「それなら誰かのためになるなら嘘を吐くとも取れるわね」
「細かいことはいいだろう。少なくとも今の言葉に嘘はない」
「私が想像している以上に八神くんと神宮寺さんの距離は近いのね」
「普通の友人くらい、かもな」
主に裏社会の力として使われているだけだが、という言葉呑み込んだ。
ここで不満を吐いてもどうにもならない。
「そろそろオレがお前と一緒に帰ろうと思った本題に入ってもいいか?」
「ええ。ああでもその前に一つだけ聞かせて欲しいの」
「聞きたいこと?」
「神宮寺さんが相手をしてくれたってことは彼女も相手が決まっていなくて貴方のことを誘っているんじゃないかしら。急かすのも悪いけど本番まで一週間を切っているわ。八神くんはペアダンスの相手をいつ決めるの?」
痛いところを突かれる。
オレは余程の運動音痴じゃない限り、当日リードすることはできると考えている。
だから全く焦っていなかったわけだが実際誰と組むかまだ決めていない状況だ。
それなりに瀬戸際まで来ているということだ。
「水瀬は?」
「貴方と同じ。私もまだ組んでないわ。でも練習はしっかりとしているわよ?」
それからじっと彼女の視線がオレの横顔に刺さる。
控えめではあるが意思は伝わってくるものだ。
三度目……とまではいかず、二度目の正直だが水瀬と組むのが一番無難だ。
「水瀬。この前の誘いは保留したがまだオレと組んでくれる気はあるか?」
「……! ええ、もちろんよ」
嬉しそうに目を細める水瀬に疑問を覚える。
「そんなに嬉しいか? オレと組めるのが」
「……そんなことはないわよ? でも決して嬉しくないわけでもないというか――」
「冗談だ。オレの軽口を真に受けるな」
「~~! ……はあ、貴方はそういう人よね」
溜息を吐かれるほど呆れられるのは心外だ。
とはいえ、ペア組を後回しにしていたオレが彼女と組めたのは奇跡だ。
水瀬は頭も切れ、運動もできる。
学年でも十指に入ることだろう。
そんな彼女に”お誘い”が来ていないわけはないが、オレの誘いを承諾したということは空いていた――いや空けていたということだ。
単純明快な言葉で表すなら、好意。
それが恋愛感情とは限らないが少なくとも彼女にとってオレの存在は嫌いではないということだ。
オレの視線に気づいたのか、水瀬は小首をかしげる。
「どうしたの?」
「ああいや、どんな表情でも綺麗だなと思ってな」
「褒められて悪い気はしないけど今は素直に受け取れないわ。八神くん、また揶揄おうとしてたでしょう?」
「正解だ」
本心ではあるのだが。
とはいえ揶揄いの意図が無かったとは言えないので頷いておく。
「冗談はさておき、貴方から話したいことがあるんでしょう? 今から聞かせてもらえる?」
「もちろんだ」
ちょうど信号が明滅し赤になった。
落ち着いて話すにはちょうどいい。
「実は今夜、槍の魔法使いに呼び出しを受けている」
「槍の魔法使い……それって報告書にあった無所属の魔法使いのことよね?」
「そうだ。〔紅焔〕の守護者とは知り合いらしいな。水瀬はその守護者と槍使いの関係性を知っているか?」
それに対し、水瀬は首を横に振る。
「いいえ、詳しくは。でも噂程度になら耳にしたことがあるわ。単独で行動している魔法使い――彼は〔幻影〕が制圧しようとしていたテロ組織を未然に壊滅させたこともある。限りなく善性寄りの中立を徹底して守っているみたい。〔幻影〕の資料には良い意味も悪い意味も含めて”要注意人物”として記されているけど」
「何を目的に行動しているのかも分からない。それならリスト入りするのは当然だな」
聞いたところ、〔幻影〕でも大して突き止められていないということか。
いやむしろ、大した調査をしていないというべきか。
真偽は不明だが少なくとも槍使いは一般人に害成すことはしていない。
もししていたのなら〔幻影〕がとっくに動いているはずだ。
「でも夜藤港での報告書を読ませてもらったわ。八神くんと律は槍使いと争ったんでしょう? その呼び出しの意図は分かっているの?」
「さあな。だがオレを殺すことが目的ならこんな回りくどい真似はしない。それに槍使いの伝言は紅焔の守護者から琴坂に、琴坂からオレに渡ったものだ。〔幻影〕の守護者を通しておいてその組織に所属するオレをどうこうしようとするつもりもないだろう」
「論理的に考えればその通りよ。でも絶対の保証はどこにもないわ。私が付いて行った方がいい? 堂々とが不安なら隠密系のアーティファクトを携帯することもできるわよ?」
それは琴坂にも懸念されたことであり、彼女と同じように慮ってくれている。
伺うような視線にオレは少し考えて首を振る。
信号が青になってもオレたちは歩み始めない。
「気遣ってくれるのはありがたいが止めておく。一人で、なんて指示はなかったが水瀬の手を煩わせるつもりはない」
水瀬がさらに口を開きかけたのを制するように二の言葉を継ぐ。
「”ならなぜこんな話をするのか?”そう思っているかもしれない。オレがお前にこのことを話した理由は単純だ」
「単純?」
「東雲の件のとき、わりと勝手に動き回って心配をかけた。その罪滅ぼしというわけでもないが、オレの行動を打ち明けておこうかと思ってな。どちらにしろ心配をかけることには違いないだろうが」
槍使いと再会すれば死にはしないだろうが怪我くらいはする可能性がある。
そのとき話していたのと話していなかったのでは雲泥の差が出ることだろう。
「分かったわ。私は何も手を貸さない。でも死なないだけじゃない。怪我もしないで無事に帰ってきて」
「だいぶ無茶を言ってくれるな……。善処はする」
オレたちはようやく歩みを再開するのだった。
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