♰Chapter 27:槍使いと再び

夜藤港は以前と変わらない静寂に包まれている。

そして隠す気もない堂々とした闘気を放出する男が目を瞑っていた。


あの日以来の港湾に、槍使い。

武器は手に持っておらず、コンテナに寄っかかっている。


「望み通り来たぞ」


そこで初めて目を開け、一歩こちらに踏み出した。


「何だ、お前ひとりか? 大した度胸じゃねえか」


誰も連れていないことを嬉しそうに、快活に笑う。


「人数指定はなかったがわざわざ守護者を通してまで伝言を寄越したんだ。ある意味ではオレに対する値踏みと挑戦状だろう?」

「そこまで分かってんなら話は早い。武器を持て。あの時は邪魔が入ったが今回は水入らずってもんだ」


槍使いの右手に青い槍が顕現する。


「お前はあの日の再戦のためだけにあれだけの手間を掛けたのか?」

「それもあるがそれだけじゃねえ。だがこれより後の話はお前次第ってとこだ」


薄々こうなることも見据えていたから特に驚きはない。

だが今回のオレは〔 〕からの固有魔法の譲渡を経て、魔法戦闘の戦略幅は広がっている。

力量差は当然あるが一方的な勝負とはならないだろう。

この男は理不尽な勝負こそ吹っかけてくるが、卑怯な真似はしない。

思い込みは危険だが、今も彼はオレの手に武器が握られるのを待っている。


「やるしか、ないか」


黒幻刀が闇に紛れて握られる。


「最初に言っておく。俺はお前を殺さないが、お前は本気で俺を殺しに来い。そうしないとお前はまる三日は動けない身体になるぜ?」

「ごめんこうむりたいな、それは」


オレは譲られた先手の利を生かし、相手と間合いを詰める。

何の搦手もなくただまっすぐな突貫。


突き出された短刀は容赦なく槍に弾かれる。

大きな反動を利用して身体を捻転。


袖に隠し持っていた暗器を相手の腿に投擲する。


「おもしれえ……!」


槍使いはありえない反射神経でそれを躱し切る。

空を切った暗器は港の舗装に深く食い込んだ。


「ちっ……!」


回避で終わらないのがこの男。

オレへの意趣返しのように真っすぐに突っ込んでくると五月雨突きを乱発する。

風圧が顔を薙ぎ、勢いを殺す短刀が悲鳴を上げる。


オレは一度大きく短刀を槍に打ち付ける。

その瞬間わずかに硬直する相手の槍を素手で掴んだ。


「槍は封じられてもそれは悪手だぜ?」


槍をいとも簡単に手放した男は片足でオレを蹴り飛ばした。


「くっ……!」


面白いように跳ばされたが想定内。

オレは受け身を取って着地するとすぐ傍のコンテナの陰に隠れる。


衝撃で手放した槍はすでに相手に拾われている。


「おいおい、まさかこの流れまで前をなぞらなくたっていいんだぜ? 俺は焼き増しじゃなくて新しい展開が見てみたいんだ」


周辺のコンテナが宙を舞う。

人にとって歩くことに大した労力が要らないように、彼にとって鉄塊を弾き飛ばすのにさしたる労力は要らないようだ。

面白いように乱雑に散らばっていく。


「まあ分からなくもないけどな。お前は真っ向から勝負するタイプじゃねえ。なのに前も今もそうだ。なぜ最初から不意打ちじゃなく、真正面から戦おうとした?」

「……なるほど、わざと目を瞑っていたわけか。それほど暗殺してほしかったのか?」

「はっ! 冗談だろ。ただちっと気に引っ掛かっただけだ」


オレは陰に潜みながらも移動を繰り返し、近くのコンテナや地面に触れていく。

闇雲にではなく、ポイントごとに必要な個所にだ。


「自分語りなんてするたちでもないが、俺もこう見えてそれなりにできる。相手のタイプは見極められるつもりだ。お前は真正面から戦うことの不利を知りながら、戦士のような戦い方をする」


すぐ近くのコンテナが吹き飛ばされた。


「答える気がなけりゃそれでもいい。だが俺はお前が生き急いでいるように思えてならねえ。小難しい言葉は柄じゃねえが自己破滅願望? ってやつだ」

「それはお前の推理か? 野性的な見た目と性格に不釣り合いだ」

「だろ? 実は他の奴の受け売りだったりしてな……!」


周囲のコンテナは粗方風穴が開き、やや広めの通路を横切らないと身を隠す場所はほぼない。

そしてその時には必ず槍使いに捕捉されるだろう。

だとしても打てる布石は全て仕込んだのだ。

それを信じて最善を尽くす。


オレは槍使いの前に姿を見せる。


「かくれんぼはもう終わりか?」

「ああ、次は鬼ごっこだ。鈍間は一生追いつけないゲームだ」

「いくらでも付き合ってやるよ!」


オレの安い挑発に乗った槍使いは躊躇いなく追跡し始める。

今度のオレは相手の視界の端に常に収まるように距離を取る。


「しゃらくせえ! 一息にぶっ放す!!」


槍使いが立ち止まり、大きく身を引き絞る。

さながら弩弓だ。

つがえられた槍は折れんばかりの力が込められた筋肉に射出され、あらゆる障害物を引き裂きながらオレを照準している。

迫りくる槍はコンテナを貫通しても勢いが衰えることはない。


通常の慣性を遥かに超越し、世界の理を超越している。

何らかの固有魔法と推測できてもそれが何かまでは分からない。


「〔暴食の罪鎖〕」


わずか一本の頼りない鎖を両手に結び付けた状態で顕現する。

まるで囚人にかけられる手錠のような。


視界は良好。

アクションもこちらの方が上手うわて


目一杯に突っ張った鎖の本体部分で、鋭い槍の一撃を受ける。


――ガキィィィィイン!!!


「ぐっ……ぉおおおおおおおおああ!!」


凄まじい衝撃と共に自然と漏れた気迫の声。


オレは十メートル以上も後退させられるも、槍が纏っていた魔力を消し切ることに成功する。

そして別に作っていた仕掛けの種火も問題なく作動したようだ。

同じく暴食の罪鎖が槍使いの両手両足、胴体をそれぞれ五本が拘束していた。

コンテナや地面に仕掛けていたものは、任意に召喚できる暴食の罪鎖だったのだ。


「はっ、やるじゃねえか。前よりも魔法が冴えていやがる」

「少し変化があったからな」


傷こそ負っていないが、両腕の疲労と踏ん張っていた両足の疲労が蓄積している。

暴食の罪鎖は魔力を喰らうが、それでも込められた魔力が大きいほど消し切るのにタイムラグがある。

今回は十秒だったがそれ以上の魔力が込められていたらこうはいかなかったかもしれない。


「とはいえ、だ。言ったよな、殺す気でやれってよ」


一切の緩みなく、むしろ身体が引きちぎれるほどぎりぎりと締めつけている鎖。

オレの許可なく、それが地面に落ちた。

いや、切断されたようにいくつかのぶつ切りになって消えていく。


瞬間的に膨大な量の魔力がオレに還元される。

槍使いは平然としているが、なにか魔法を使われたことは間違いない。

だがその中身までは特定できない。


「まあ、ここからやったなら確実に俺の方が早くお前を捉える。だが俺はお前に固有魔法を使わされた。こりゃまたイーブンの決着つかずだな」


槍使いはぼりぼりと乱雑に頭を掻く。

イーブンなどと言ってはいるが、オレはまだこの男の固有魔法さえ理解できていない。

到底引き分けとは呼べないだろう。

だが一方的にやられるような展開にはならなかった。

全てとは言わないが多少は汚名返上ができたとみていいだろう。


「それで。再戦がしたかっただけでわざわざ呼びつけたわけじゃないだろう?」

「あ? んまあそうなるな」


少しだけバツが悪そうに視線を中空に漂わせている。


「あー……この前、お前を殺し掛けちまっただろ? 悪かったと思ってな」

「……実際に〔絶唱〕の守護者がいなければオレの首は跳んでただろうな」


人の血を嗅ぎつけた嗅覚と言い戦闘勘と言い、槍使いは戦い慣れている。

単なる槍術も抜けているがそれ以上に恐らく魔法も使っている。

そうでなければただの槍でスチール製コンテナに穴を開けられるわけもない。


そんな彼が本気で殺しに来ていたのだから鳥肌ものだ。


「早とちりするのが俺の悪い癖なんだよ。赦してくれとは言わないが謝罪は受け取るだけ受け取っておいてくれ。それにだな、お前も悪いんだぜ? あの濃い人の血の匂いは確実にった人間にしかこびりつかないものだったんだからな。まあ今となっちゃ大方予想はついてるが」

「その予想は?」

「俺とお前は同じことをしようとしてたってことだ。『加宮ビル』って言えば分かるだろ?」


加宮ビル。

情報屋ℐによって直接依頼された暗殺の件だ。

小規模な密輸組織の壊滅を行ったことは記憶に新しい。


槍使いの言葉を鵜呑みにするのなら彼も根絶に乗り出そうとしていたわけだ。


「まったく驚いたぜ。お前と〔絶唱〕と軽くやり合っていざ本命に辿り着いてみれば内部は制圧済み。それもほとんど抵抗した跡なんてなくてよ、首筋を一掻きだ。こんなことができるのは俺の知る限り、暗殺者だけだ」

「それでオレに思い当たったわけか。だがお前の行動の柱はなんだ? オレたちと同じように犯罪者から民間人を守ることか?」


槍使いは闘争の火を瞳に灯して笑った。


「そんな理想で塗り固められた大層でご立派な理念なんて持ち合わせちゃいねえよ。人を探してるんだよ」

「人?」


オレはその意外性に疑問符を浮かべる。

槍使いが人探しをしていようと別に構わないが、どうしてもその印象が合わない。


「いやもう人じゃないかもしれない――って、まあこれまで魔法と一切合切関係のなかったお前には見当もつかない奴のことだ」


それ以降はむっつりと黙り込んでしまう。

これ以上は質問を重ねても答えたくないというところだろう。


――人探し、か。

それが犯罪組織に関わるところなのは恐らく正しい。

だが人ではないかもしれない、となると途端に気になってくる。

人こそ違うが、同じ人を探している立場の人間として同情は覚えるところだ。


槍使いは話を逸らすように露骨に切り返してくる。


「しっかしいい手腕だ。〔幻影〕にも暗殺部隊はいると聞くがお前はその一員なのか?」


オレはじっと男を見る。

幻影の内部情報を探ろうとしているのか。

そんな鋭い視線を無遠慮に突き立てる。


「言いたくなきゃ言わなけりゃいい。さっきのお前に対する考えと言い、ちょっとした興味だからな」

「なら答えないでおく」

「くくっ、口が堅いな。まあいい。今夜は謝罪と答え合わせに来ただけだ。お前が〔幻影〕にいる以上、どこかで鉢合わせることもあるだろ。そん時は敵か味方か分からねえがどっちが死んでも恨むなよ!」


それだけ言うと早々に帰っていった。

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