♰Chapter 14:痕跡探し
駅前までは三人とも一緒に向かった。
到着したのは始発電車をちょうど見送れる時間帯。
ぽつぽつと人とすれ違うものの、数えられるほど少ない。
傘を片手に手分けして一人一人に姫咲の写真を見せ、目撃情報を募る。
自分たちも駅を中心に路地を回るがそれらしき人影はない。
結城から監視カメラの記録を受け取ってはいるが足取りは掴めていない。
しらみつぶしに捜索範囲を拡大すること半日あまり。
「……これだけ人がいても見つからず、目撃情報の一切もない、か」
「私の方も空振りよ」
「こっちも」
移動するなら駅を使うと予想して捜索網を敷いたがハズレを引いたかもしれない。
街中の無数の監視カメラにも映っていないので意図的に避けていると見るべきか。
「……もしかしたらこの近くにはもういないのかも」
「だとしたら厄介ね。姫咲さんが行きそうなところに心当たりは――」
水瀬がはっとした表情で一つの可能性を提示する。
「私と八神くん、そして姫咲さんと行ったアウトレットパーク。彼女はあそこを気に入っていたわ」
「少なくともこの場で捜索するよりは可能性があるかもな」
こくりと頷く琴坂。
それからさらに移動を開始するのだった。
――……
「知らないわ」
「知らないね」
「あのねー、かたつむりさんが歩いてるのー」
ショップの店員、雨天でもショッピングを楽しむ客、果ては子どもに至るまで。
尋ね回っても実り一つない。
水瀬と琴坂はもう少し回ってみるとのことで今は単独行動中。
オレは小休憩を兼ね小さな屋根のある場所で壁に寄りかかり、空を見上げる。
わずかな風に煽られて細かい雨粒が降りかかる。
「おや、君は」
声を掛けられたので視線を向けると男が立っていた。
確か彼は――。
「覚えていないかな。アイスクリーム屋の店員だよ」
「ああ、あの時の」
オレでさえ記憶の端に引っ掛かっていた程度の人物だ。
毎日多くの客を相手にする彼がオレを覚えていることが不可解だった。
「どうしてオレを? それになぜここに?」
「ああ、数日前に一人でアイスを三つも買っていくものだから印象に残っていてね。もう一つの質問はほら」
失念していた。
すぐ傍は御手洗いだった。
警戒心を少しだけ緩和する。
「こんなところでぼうっと空を見ていると風邪を引いてしまうよ。何かあったのかい?」
そう言えば彼にはまだ姫咲のことを聞いていなかったな。
ダメもとで尋ねてみることにする。
「……彼女を探しているんです」
写真をまじまじと見入るアイス屋の店員。
いい返事は期待していなかったが予想外の反応が返ってくる。
「ああ、この子なら見たよ」
「いつどこで見ましたか?」
「ええと僕が開店準備をしている時だったかな。多分八時くらい。ちょうどさっきの君みたいにぼうっと空を見上げていてね。ガラス越しに雨に打たれるこの子を見たんだ。声を掛けようとしたら逃げるようにいなくなっちゃったけど」
「八時――」
現時刻は午後一時。
彼女がいた時刻からは五時間余りが経過してしまっている。
だが足跡は見つけた。
「分かりました。ありがとうございます」
「ああ、気を付けてね!」
オレはお礼の言葉を言うとすぐに水瀬と琴坂にメッセージを送る。
――……
水瀬と琴坂に連絡を送り、集合した昼食の席にて。
オレを含む三人ともが醤油ラーメンを前にしていた。
いわゆるフードコートである。
思えば朝から何も口にしていない。
一日二日と食事を抜いたところで痛くも痒くもない。
空腹による身体能力の低下や気力の減衰などは起こらない。
が、それは暗殺者としての訓練を受けたオレだけの話だ。
水瀬も琴坂も魔法使いではあるがそれ以外は何ら一般人と変わらない。
それを鑑みて昼食兼情報共有の場としたのだ。
「美味しい。フードコートを実際に使うのは初めてだけどありね」
「……わたしも美味しいっていうことには同意。でも優香とは違ってフードコートは使ったことあるけど」
「琴坂がごく一般的だな。水瀬は意外と物知らずだったりするのか?」
水瀬は時折箱入りを連想させる。
例えば同級生の男子であるオレを自宅に住まわせたり。
例えば人との距離感を間違えたり。
例えば今回のようなこと。
オレが言えた義理ではないのだが、世間一般の常識とはややズレているようなことが稀にある。
水瀬は少し動揺したようで弱々しい抵抗を見せる。
「そ、それは失礼というものよ。確かにこのことについては初めてではあるけれど物知らずというのは言い過ぎよ」
「それならそうしておく。悪かったな」
水瀬はやや消化不良な表情のまま、麺を啜る。
そうすると余分な感情は消えたようだった。
そんな様子を見ていた琴坂。
「……優香は変わったね」
ぽつりと言う。
「変わった……? 私が?」
「うん。八神くんと出会うまではずっと後ろめたい色しか見せなかった。……こんなに色々な表情を、色を見せなかった」
心なしか琴坂の口元が緩んでいる。
水瀬も少し考えてから頷いた。
「ええ、確かに。私自身も八神くんが来てから変わったのかもしれない。意識して振り返ってやっと気づけるほど少しだけどね」
「そう、かな。わたしは大きく変わったと思うよ」
じっと水瀬を見ていた視線がオレに向けられる。
「……八神くんは優香を――」
そこまで言ってから首を横に振った。
「ううん、これはフェアじゃない、か」
「ちなみに何をしようとしたんだ?」
「とある質問をしてその色を見ようとした……って言ったら?」
「……ぞっとしないな」
琴坂に際どい質問をされ、言葉を発しようものなら。
万が一にも色が見えてしまったら。
彼女にだけは隠し事ができない。
〔絶唱〕とはいうものの、唄だけでなく言葉を自在に使う彼女は厄介だ。
「私も質問については気になるところだけれど、そろそろ本題に入りましょう」
箸を進めつつも本筋に戻っていく。
「八神くんがアイス屋さんの店員に聞いたところによれば、姫咲さんは八時ごろにはここにいた」
「……ほとんどのお店の、開店時間より早くここに来てた。だからここでの目撃情報はなかった」
「そうなる。雨に打たれていたそうだからあまり正気とは思えないな」
普通はそんな狂気的な行動をしない。
正常な判断ができなくなっていると見るべきか。
「新しい情報はあったけれどここからの足取りは掴めないわね。他に姫咲さんと訪れた場所はないし……」
「……そもそも、姫咲さんが失踪した理由に心当たりがない。わざわざ危険に晒されると分かっていて……どうして出て行ったのか」
そこで三人同時にEAが起動する気配を感じる。
”もしもし、三人とも聞こえてる?”
「その声は朱音ね。捜索に進捗があったの?」
”ええ、そうよ。あんたたちにグッドニュースとバッドニュースよ。どっちから聞きたい?”
水瀬はオレと琴坂を見る。
オレも琴坂も任せると頷く。
「……グッドニュースから」
”あたしの私兵部隊が姫咲の足跡を掴んだわ。場所は第十二区近辺。そこからは海に沿うように移動している可能性が高い”
「それは本当なの⁉」
”間違いないわ。最新の目撃情報はつい二十分ほど前のことよ。詳細な場所までは分からないけどね。急げばまだ近くにいるかもしれない”
流石東雲の私兵部隊と言うべきか。
わずかな時間でだだっ広い範囲からよく見つけたものだ。
”次はバッドニュース。あたしたちの他にも姫咲の足跡を追っている奴がいる”
「まさか……!」
”そのまさかよ。姫咲楓は恐らく”屍者”に捕捉された。そのせいで真昼間から屍食鬼が出現したわ。ご丁寧にあたしたちの前でちょろちょろと動き回ってる。人を襲うことよりも足止めが目的っぽい。あいつらを放っておくわけにはいかないし、あたしはこのまま屍食鬼を駆逐しつつ姫咲のもとに向かうわ。マップ情報はすでにEAで転送しておいたから。じゃあね”
ぶつっと切れると水瀬は席を立つ。
「私たちは朱音の情報を元に姫咲さんのところへ先回りしましょう」
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