♰Chapter 12:多目の屍食鬼
凄まじい音と地響きが倉庫を揺らした。
崩れ落ちる棚、様々なパーツ類。
一部の照明は勢いよく地面に叩きつけられる。
外に出ようにもそこには周到に破片が待ち構えている。
無理に出ようとすれば即座に反射の餌食になるだろう。
オレと水瀬は巻き上げられた粉塵に紛れ倉庫の奥に逃げ込んでいた。
「視線だけで人を殺すつもりか、あの化け物は……!」
「屍食鬼自体は移動できないみたいだけど破片は自由に動かせるみたいね!」
物陰から様子を伺っている水瀬。
彼女の言うとおり、破片がそこかしこを飛び回っている。
幸いにして倉庫は広く、すぐに見つかることはない。
反射で視線を繋ぎ、オレたちを仕留めるつもりだろう。
「噂の根源はあいつが原因だと思うか?」
「……いいえ。あれは人に血を出させるような生半可なことはしないわ。やるならそうね――人としての原型がなくなるくらいの消し炭にするでしょうね」
「まるで悪夢だな」
「認めたくないけど言えてるわ」
攻撃は破片を通して行われ、その配置によっては複雑な軌道も描けるということが一番の問題だ。
だからといって全ての破片を粉微塵にするには数が多すぎる。
「八神くん、いったん状況を整理しましょう。あの屍食鬼は瞳と破片による反射で不可視の攻撃を仕掛けてくる。屍食鬼自体は動けず、破片のみが視線を拡張する媒体となり動き回る」
「唯一の出口には常に破片が待機しているしな」
出口がそこにあっても飛びつけないもどかしさは大きい。
馬の鼻先に人参をぶら下げるようなものだ。
「ここで疑問が浮かぶわ。なぜ屍食鬼は私たちが倉庫の外で調査していた時に攻撃を仕掛けてこなかったんだと思う? なぜ倉庫に入ってもすぐには攻撃してこなかったんだと思う?」
「倉庫の外と倉庫に入った直後……この二つの状況と現状の違い、か」
今回の屍食鬼は動けない。
蜂の巣のようにただ天蓋からぶら下がっているだけの存在だ。
とはいえ破片を自在に操れるのだから座標が固定されていても視野に限界はない。死角は任意に潰せると言っていいだろう。
だからこそ明かりをつけるより先――暗闇のうちに先手必勝の攻撃を仕掛けられたはずだ。
だがそうしなかった。
つまりそうできなかった理由があるということだ。
「無数の瞳と、反射――」
「光、か」
「私もそう思う」
思ったよりも長く話し込んでいたようだ。
一枚の破片に捕捉され、屍食鬼の瞳が映される。
「屍食鬼の攻撃を躱しつつ、天井の光源を破壊しましょう!」
「了解!」
オレと水瀬は一斉にその場を離れる。
捕捉されると周囲から続々と破片が集まり始める。
繰り出される視線による不可視のレーザー攻撃が縦横関係なく飛び交う。
焦げ付いた匂いが鼻を突く。
それでも決して足を止めずに目標を狙う。
水瀬の斬撃とオレの短刀が、それぞれに電灯を破壊する。
”ゆるさないゆるさないゆるさないぃぃぃいいいいい!!”
「推測通りだな」
激高したように攻撃が激しくなる。
破片を見かけるたびに射線上から逃れるが、すぐに別の破片がカバーに入る。
「〔
水瀬の固有魔法を伴った斬撃が無数の破片を砕き、最後の明かりを砕いた。
「ここから、どうなる……?」
破片は動き続けている。
屍食鬼と視線が合う。
その直後――紅の光が身体の各所を捉える。
「明かりが点くまで待っていたこと、明かりを消されるのを嫌がったこと。そういうわけか!」
不可視の光線が可視の光線に。
見えていれば怖さは半減する。
視野条件が整っていればこいつの攻撃への対応は難しくない。
水瀬が壁を蹴り、宙に下がるクレーンフックを利用し、右側の空中から。
オレが地面を踏みしめ、左側から。
無数のレーザー線を浴びながら屍食鬼に接近する。
”くるなくるなくるなああああああああ!!!!”
「はあああああああ!!」
宙高く跳んだ水瀬が今までで最大級に太く、熱量が籠った光線を切り裂く。
気迫の籠った振り下ろしにエネルギー体であるはずの光線が真っ二つに裂ける。
すかさずオレが跳躍し止めを刺そうとするが、多目の屍食鬼は死角となる位置から光線を放つ。
「っ!」
やや強引に狙ったためか、わずかに髪が焼けただけで問題はない。
そのまま短刀を根元深くまで埋め込んだ。
”ぎ、ぎ…………!!?”
天井にぶら下がっていた屍食鬼は鈍い音を立てて地面に落下した。
「これで終わりね」
まだわずかに身じろぎするそれに水瀬は大鎌を突き立てた。
一瞬膨張するとすぐに破裂し、ぱらぱらと破片が一帯に降り注ぐ。
明かりの落ちた屋内で、星屑のように舞う灰の細片は綺麗だった。
「お疲れ様、八神くん」
「ああ、水瀬もな」
大鎌は魔力へ、短刀は鞘に戻して懐へ。
静寂が戻った夜の空間に、崩れた天蓋から赤々と火を噴きだす煙突が見える。
「私たちは真実を明かすために調査に来たのに、結局は疑問ばかりが残る結果になってしまったわね。あの屍食鬼が久留米くんのお兄さんを傷付けた存在ではないのだとしたら、もっと前には別の屍食鬼――あるいは吸血鬼が潜伏していた可能性すらある」
「事実がどうであれ、また持ち越しだな。そろそろ”屍者”については蹴りを付けたいところだな」
「ふふ、それは私もまったく同意見ね。今日はもう帰りましょうか」
「ああ」
吸血鬼の王。
その存在がどれほどのものなのかは計り知れない。
異能を使う屍食鬼や吸血鬼を束ねる者としてそれ以上の力を持っていることは想像できる。
そして相まみえるときがそう遠くないであろうことも。
果たしてその時が来たとき、オレ達に太刀打ちできるのか。
それだけが懸念だった。
――……
その夜、保護対象である姫咲楓が失踪した。
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