♰Chapter 11:工場地帯の調査

湾には幾つもの規則的な形の島がある。

人為的に作られた埋立地――いわゆる人工島である。

差はあれどそれぞれにそれなりの規模感を誇っている。


そこには様々な工場が建造されており、大型車両が頻繁に出入りする。

工場夜景を見に来る観光客を除けばほとんど一般人は立ち寄らない場所である。


そんな場所に学生のオレと水瀬が電車を乗り継ぎ、タクシーを利用して到着した。

運転手には家出、挙句の果てに愛の逃避行駆け落ちなどという疑惑を投げられたが、頭が痛くなるので割愛する。


「久留米くんがおにーさんから聞き出した情報によればこの辺りの工場地帯なのよね」

「そうだな。ただ詳しい場所までは聞き出せなかったのは痛いな。歩いて探すには広すぎる」

”あ、あ~――聞こえてるか? 俺だ。コードネーム『Mr. Love Sisミスター・ラブシス』だ”


水瀬の左胸ポケットに入っている端末から声がする。

それもとびきりふざけている男の声だ。

とりあえずオレと水瀬は視線を交わす。


「地道に歩いて回るか」

「それがいいかもしれないわね」

”無視はひどくないか⁉ ……こちら周防だ。聞こえていたら返事をしてくれ。頼む”


観念したように普通の態度を見せる周防。

最初からそうしていれば無視することなどなかったのだが。


「周防くん、聞こえているわ。カメラの調子はどう?」

”ああ、大丈夫そうだ。ちゃんと見えてるぜ”


オレたちが現地調査をする間、周防にはネットの監視をしてもらおうと考えていた。

だがそれだと暇すぎて寝ると豪語する彼に、水瀬が代案を持ち掛けたのだ。

それがネットの監視をしつつ、水瀬の端末越しに工場地帯を案内してもらうこと。

疑似的に周防が現場にいるような、そんな提案だった。


「なら早速久留米くんのお兄さんが襲われたという場所に向かいたいのだけれど……噂は見つけられそう?」

”……ええとちょっと待ってくれな。お、割とポピュラーな噂なんだな。ネット上でも一種の話題になってるぜ。目印は大きな煙突だそうだ”


オレも水瀬も周囲を見回す。

現在位置から一か所ほど煙突を見つけたがここは工場地帯。

直径にして二キロは下らない人工島ならば他にもあってしかるべきだ。


「この辺りなことは間違いないんだ。とりあえずは煙突を目印に散策してみるか」

「周防くんが新たな情報を見つけるまではそれがよさそうね」


オレと水瀬は歩き出すのだった。



――……



”煙突、島の東側、海が見える……。小一時間もかけてこれだけの情報しかないのか。しかもスレッドで質問してもはぐらかされるばっかだし。なんで怪談話が好きな奴らは詳細な場所を語りたがらないんだ?”


痺れを切らしたような声音が端末から漏れる。


「どうしてかしら? 八神くんは分かる?」


昔、やたらと情報を勿体つける暗殺者がいたのは覚えている。

性格も悪く、口も悪く、ただひたすらに素行が悪い人間だった。

すぐに死んでしまったがそいつの心理と同じようなものだろう。


「……自分たちだけが知っているというマウントを取りたいからかもな」

”なんだそれ。俺にはまったく理解できないな。好きなもののことを聞かれたら即布教一択だろ……”

「それはそれで自重してほしいがな」


オレと水瀬は人工島の東部にある石ベンチに腰掛けている。

少ない手掛かりで歩き回るのは精神的にも肉体的にも疲労する。


情報屋に調べさせればこの程度は朝飯前だろう。

だが情報屋は情報屋であって間違っても便利屋ではない。

それに今回の件は”屍者”に絡むもの。

自力での捜索がベストだ。


”お、おお⁉”

「どうしたの⁉」

”新情報だぜ! そこから歩いて数分のところが件の場所だそうだ!”

「八神くん」

「ああ。周防、道案内を頼む」

”任せておけ!”


現地にいるオレたち以上に気合十分な周防。

ネット民は情報を出し渋っていたはずだがどのように情報を引き出したのだろう。


「ところでその情報はどうやって引き出したんだ?」

「熱意だよ! 人ってのは自分の話に情熱的に興味を持ってくれる他人に優しくなれるもんなんだ。たとえ最初は良い顔しなくてもな。ちな、これは長年妹布教を続けてる俺の経験則よ」


なるほど、と一定の納得をした。

オレには情熱を燃やせるようなものはない。

こう言っては失礼極まるかもしれないが水瀬もだろう。


積極性と物怖じしない姿勢、それと他者への自身のアピール。

ひょっとすると周防という男は能力が高いのかもしれない。


蒸し暑い夜を迎え、調査は継続される。



――……



重苦しい鉄門を乗り越える。


時刻は午後八時頃。

この時間帯になれば一部を除き工場地帯で勤務する人間は帰宅しているため、入口は閉ざされている。


「まるでエージェントだな」

「ふふ、確かに。そう思えばこの調査も少しは楽しいかもね」

”その道を真っすぐ行くと左手に煙突が見えるだろ? その向かいの倉庫が怪談の聖地らしいぜ”


オレと水瀬は言われたとおりの道順で歩いていく。


「ここがその倉庫か」

「ええ、だいぶ古びているのね」

”年季入ってんなあ……。これはひょっとするとひょっとするかもだな”


水瀬が端末を取り出し、話し掛ける。


「周防くん、貴方はそろそろ帰りなさい」

”ええ⁉ そりゃないだろう⁉ ここまで来てお預けなんてひどくないか⁉”

「でももう八時を回っているでしょう? いつまでも学校に居残っていると先生に怒られるわよ?」

”う……確かにそれはそうだ。……まあ分かったよ。今日は大人しく帰る。明日にでも結果を聞かせてくれ。約束だぞ?”

「ええ、また明日。今日はありがとう、周防くん」


端末に指が触れ、通話が終了する。


「次からは止めた方がいいかも。それか専用の端末が必要ね」


連続使用していた端末には熱がこもっているようで、水瀬が一瞬眉を寄せていた。

それにはオレも同意だ。


凪ヶ丘高校は何かと面白い制度やイベントがあるので、部活動の備品として申請すれば検討してくれるかもしれない。


「賢明な判断だったな」

「周防くんに魔法使いとは言ったものの、あまり力を見せるべきじゃないから」

「踏み込ませすぎるのも悪影響か」


オレと水瀬はそれぞれ一つずつ基礎光魔法による明かりを灯す。


まずは半開きの錆びた鉄扉を調べる。

どれだけ力を込めてもこれ以上開くことはない。

一方で閉める方向には容易に動いた。


「これだけ錆びついているのに一方向とはいえ動く。最近誰かがここを開いた可能性は高いな」

「八神くん、私も明かりをつけて気付いたわ。足元を見てみて」

「これは――」


足元には雑多に赤いスプレー痕のようなものが点在している。

強引に掻き消そうとしたのか、そのほとんどが掠れている。


――それが十を超えている。


「血痕……なのかしら? 何かのスプレー痕って言われても信じられるくらい朧気だけど」

「久留米兄の証言を元にするならこの場で彼は仲間の血を見たことになる。したがってこれは血痕だろうな」


よく見れば扉にも錆に紛れて血痕のようなものが残っている。


「中も見てみよう」

「気を付けてね」


半開きの扉の奥へ灯りを先行させる。

しばらく音を聞き、内部に察知可能な異常がないことを確認する。


滑り込むように侵入すると短刀を油断なく構える。

水瀬も大鎌を顕現させ、オレの隣りに立つ。


「誰かいるのだとしても倉庫の全体が見渡せないな。工場として機能しているなら使われていない倉庫でも電気は通ってそうだが」


ちろちろと水瀬が明かりを移動させ、入口付近を照らす。


「あった。これじゃないかしら」


かちん、と音がする。

天井からぶら下がる明かりがぱちぱちと何度か点滅を繰り返し点灯する。

お役御免となった光球は魔力の粒子となって消える。


視界が開けた先には、無骨な機械類の山。

硝子や板やワイヤーやフックまで。

無造作かつ殺伐とした光景が広がっていた。


やはり生き物の気配はない。

だが息を殺している可能性も否定できない。


「慎重に進みましょう」

「ああ」


視界は確保されているが物陰には十分注意しながら散策を続ける。

右側から反時計回りに倉庫内を一周。

左側から入口付近に戻ってきたとき、無骨な鉄板と向き合うように置かれた割れた姿見を見つけた。


「この鉄板の上――埃が一部だけ除けられている。誰かいたのは間違いないな」

「それも最近まで、ということね。人間か屍者かは不明だけど」


砕けた姿見の破片を水瀬の指が拾い上げる。

それは汚れていても鏡としての機能は失わず、天井を反射する。


「八神くん、上!」


オレは咄嗟の判断で横に倒れ込む。

カバーするように水瀬が前に立った。


”みつからないみつからないみつからない”

「屍食鬼か……!」


無数の目が六面体を覆っている。

正方形に折り畳まれた手足。

人体の関節を無視してただそこに佇んでいる。

あれでは移動することなどできない。


「気を付けて、八神くん! うわ言とはいえ言葉を話すということは――ッ⁉」


水瀬の大鎌が爆ぜた。

硬質な音を響かせて地面に落ち、魔力に帰す。


――何も、見えなかった。

姫咲と同じように視認しづらい異能?


「水瀬!」

「私のことはいい! 八神くんは自分の身を!!」


水瀬は再度大鎌を具現化し、周囲のオブジェクトを蹴り、箱型の屍食鬼に斬り込む。

だが全ての斬撃は見えない手に弾かれているがごとく、軌道を変えられている。


「……!」


視界の端で何かが光った瞬間、オレの短刀が大きく弾かれる。

だが水瀬の例を見ていたオレは決して武器を手放さない。


光った先にはガラスの破片がある。

再びの光。


屍食鬼本体はただ視線を硝子に向けている。

オレたちのことなど気にしてはいない。


――そうか。


「水瀬、硝子だ! 視線を硝子に反射して何らかの攻撃手段にしているんだ!」

「了解ッ!」


水瀬の大鎌が姿見を刻み、その周辺に散らばっていた硝子は基礎火魔法で焼却する。

オレも見える範囲の破片は完膚なきまでに砕いた。


”めがひつよう。もっと、もっと、もっともっともっとぉぉぉおおお!”


倉庫内にあった硝子、鉄、アルミ、銅——。

反射率の高い素材や機器類が大小の破片に割り砕かれ、屍食鬼を囲うように球を描く。


屍食鬼が初めて瞳を三日月に歪めた。


引き伸ばされた時間間隔。

全て目玉の視線が、全ての硝子でオレたちを捉えている。


「ここは、この屍食鬼の領域だ――!」

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