♰Chapter 10:秘密明かし

放課後、”猫の手部”の面々は部室に集まっていた。

朝凪祭の放課後練習は一応任意参加であるので何も問題はない。

ないのだが水瀬ばかりは実行委員なので立場上不味いかもしれない。


「水瀬、実行委員の方は?」

「今日は久留米くんに一任しているわ。彼のお兄さんのこととも無関係とは言えないし、快く承諾してくれた」

「なるほど」


それなら大丈夫だろう。

久留米は久留米で兄から情報を引き出し、オレたちに送ってくれている。

また”猫の手部”が動けるように裏方に回ってくれてもいる。

身内を思えばこその献身だった。


ちなみに昨夜の件についてはお互いに突っ込まない暗黙の了解が出来上がっている。

そのためオレと水瀬の雰囲気もいつもと変わっていない。


この場にいるもう一人の部員に話は移る。


「さて、周防くん。貴方にはこれから私と八神くんのとある秘密を知ってもらいたいの」

「放課後練習を休んでまで集まったんだ。何を聞かされても驚かないぞ? 何なら当ててやろうじゃないか!」


腕組みをして得意げな表情の周防。

端末の待ち受けには妹が例に漏れず使われている。

画面消灯機能をオフにしてまで見ていたいという意思が伝わってくる。


「ちなみにどんなものを予想しているんだ?」

「ずばり水瀬さんとお前が付き合っていた……もしくはこれから付き合うのだと予想! まあ確かに部活動中ずっと俺がいる前で隠し通すことは無理ゲーだもんな。とすれば素直に明かすのが一番いいと考えたんだろ?」


――な、な? 正解か?


そんな言葉が聞こえてきそうだが毛ほども掠っていない。

豪快な空振りストライクだ。


「残念ながら外れよ。これからの私たちに関わる重要なことなの」


真剣な言葉にようやく深刻さが伝わったらしい。

生唾を飲む音が聞こえてきそうなほど喉が上下する。


「じゃあ……何なんだ?」

「私と八神くんは魔法使いなの」


オレは窓の外を見ていた。

――あちらでは大縄跳びをしている。

――こちらでは玉入れか。

――リレーのバトン渡しを訓練しているクラスもある。


応援団の掛け声が勇ましく。

教師陣ギャラリーが微笑ましく見守っている。


そろそろかと判断し、オレは室内に視線を戻す。


「……ちょっと待ってくれ。俺は真剣な話だと思ったんだが壮大な冗談だったのか……? 水瀬さんと八神がまほ――いたっ⁉」


オレが投擲した本が周防の頭部を直撃する。

本には悪いが他に黙らせる手段がなかった。


「大声で叫ぶな。誰かに聞かれたくない。それにオレと水瀬は本気だ」

「ほ、本当の本当に、マジの話なのか……?」


首肯するオレ達にまだ信じられないと戸惑う周防。

現実逃避したくなる気持ちは分からなくはない。

オレも実際に見るまでは事実だと認めるのを拒否しようとしたからな。


「水瀬」

「ええ」


水瀬の目の前に、火・水・風・土・空の五大元素の魔法陣が展開される。

いずれも手のひらサイズではあるがそれぞれの属性の塊を形成している。


「嘘、だろ……? 手品? それとも俺は夢を見ているのか? ほああぁっつ!!?」


指先でそっと火に触れた周防が涙目になる。


「本物だ……!」

「貸して」


水瀬はポケットからタオルを取り出すと基礎氷魔法で氷を生成。

それをくるんで周防の指に当てる。


「どう? 信用してもらえたかしら……?」

「ああ、もうこれは信用しないわけにいかないだろ……。にしてもまだ現実感が湧かないな。何か手の込んだ手品だって言われた方がまだ素直に受け入れられるぜ」


難しい顔で溜息を吐く周防。

陽気な彼ではあるが魔法という超常の力には思うところでもあるのだろう。


「なあ水瀬さん、八神」

「な、何かしら?」

「なんだ?」


恐るべき圧。

周防の首筋には一筋の汗。

瞳は鋭利な光を帯びている。

熟練の暗殺者のような雰囲気だ。


「――こ」

「「……?」」


「――この魔法を使ったら妹だけのスーパーヒーローになれるんじゃないだろうか――いった――!?!?」


机に積み本として置いてあったもう一冊の本を投擲。

それが周防の火傷を負った指に直撃する。

オレが暗殺者として磨いた投擲術はこの程度の距離なら必中を極める。


「何も怪我した箇所に投げなくたっていいだろ!!」

「オレも水瀬も一応はお前のことを気遣っていたんだ。それを無下にするようなお前の言葉にはその程度の罰じゃ足りないくらいだ」


言葉と同時に周防との距離を縮める。

彼我の距離は三メートルを切っている。


「珍しいわ。八神くんが饒舌に怒っている……気がする」

「いやそこ! じんわり感動してないで俺の心配をするところだろ⁉ それと八神は怒ってるなら怒ってるなりの表情をしろ!! そのまま接近するなんて怖すぎるわ! ひぃっ⁉」


オレに殴られるとでも思ったのか、周防は震えながら身構える。

たびたび嗜虐心をそそられるが実行には移さないオレである。


周防の足元に落ちている二冊の本を拾い上げる。

多少埃はついたが目立った傷はない。


「……なんだ、本を拾い上げただけか……」

「すまない」

「え、ああ。そんな素直に謝られると困るというか――」

「……? オレは投げてしまった本に謝っているだけだが」

「畜生め!」


思わずくすりと漏れる水瀬の笑い声。

オレも少し気が抜ける心地だ。


オレも水瀬も真面目に話したつもりだが周防がいるとどうにも面白おかしい展開になってしまう。

それ自体は否定しないし、どちらかと言えば和むので肯定する。

だがそれは本旨が伝わっている場合のみだ。


「全てを理解してほしいとは思わないわ。実際に見てもらっても信じがたいだろうし、素直に受け入れられないことだろうから。むしろ深く考えずに表面上知っておいてほしいっていうくらいのものよ」

「まあ、確かに有り得ないって思うけど……正直たった十数年しか生きてない俺なんか知らないことだらけの未知だらけなわけよ。だからまるっと全部丸呑みしたうえで聞きたいな。真面目な話、なんで俺にそんなことを話した? 今までそんな素振りすら見せなかっただろ」

「久留米くんのお兄さんが見たっていう緋色の目。それは分かりやすく言えば怪物と呼ばれるような存在よ。それを調査するならいつまでも隠し通してはおけない。だから話すことにしたの」

「なるほどなあ……。道理でおかしいと思ったぜ。最初は水瀬さんと八神の仲がいいから二人で現地調査に行くんだと思ってたんだ。だがよくよく考えてみれば三人で行った方が見落としも少ないし効率的だろ? ようやく疑問が解けたってわけだ」


うんうん、と頷く周防。

やはり本人なりの違和感を覚えていたらしい。

早めに対応して正解だったと確信を得た。


「怒ってはいないのか?」

「怒る? なんで?」

「オレ達が隠し事をしていたからだ」

「他の奴がどうだかは知らないがそんな細かいことは気にしないぞ俺は。第一、妹さえいればそれでいいって言うのが俺のスタイルだ。それにお前たちが隠していたってことはそうする意味があったってことだろ? 大方巻き込まないように、とかそんなところか?」

「変なところで察しがいいんだな」

「ふっ! 俺だってただの馬鹿じゃないってことさ! なんと妹大好き馬鹿なんだ!」


「「それは知ってる」」

「ハモってるし」


水瀬と周防が笑う。

秘密を打ち明けると心が楽になるというのは本当なのかもしれない。

オレも不思議と悪くないと思っている。


ただし注意しなければならない。

周防だからこそ今のような落ち着いた状況に落とし込めているのだ。

オレと水瀬が魔法使いとしてかなり危ない橋を渡っていることには変わりない。


「周防くん、この話は」

「ああ、分かってるって。このことは誰にも話さない。俺の大好きな妹にもだ。にしても初めてだよ、妹に隠し事をするのは」

「そのまま墓まで持って行ってくれ」

「重いわ! とにかく了解だ。久留米の兄貴の真相を確かめる役割は変わらずでいいんだよな?」

「ええ、周防くんにはネット監視をお願いするわ。もしもそれらしき目撃情報や書き込みを見つけたらメッセージを送って」


――ピロロン。

軽快な音と共に”猫の手部”のグループチャットの招待通知が届く。


記念すべき最初の一通目は、”猫の手部”部長の水瀬による『猫の手部、グループチャット始動!』の文字。

そして二通目に、『黒猫がクラッカーを鳴らすお祝いスタンプ』である。


「……水瀬さんって意外と心は踊っている人なんだな」

「いつも冷静で深窓の麗人っぽく見えるかもしれないが意外と俗世間的なところもあって――」

「二人とも――私もやるときはやるわよ?」


オレが片付けたはずの本がいつの間にか水瀬の手元に収まっている。

水瀬はオレと違って物を投げたりしないと分かっていても思わず言葉を失う。


「「…………」」


ぽんぽん、とオレと周防からグループチャットにスタンプが送られる。

それは不本意ながらも怯えた烏のスタンプと怯えたアニメ調のスタンプだった。

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