♰Chapter 2:モーニングティー
来客はヘッドフォンで音楽を楽しんでいるようだった。
オレに気付くとそれを外し、首掛けにする。
「……おはよ」
「ああ、一昨夜ぶりだな
〔絶唱〕の守護者、琴坂律。
その二つ名に恥じず、一昨夜は相当な時間を歌唱していた。
広域にわたる結界の構築と大規模魔法陣の生成は彼女だけの特権だろう。
魔法使いの切り札とも呼ぶべき【
ただでさえ固有魔法とは代償が大きいのだ。
例えば東雲。
彼女がはっきりと言ったわけではないが恐らくは帯電してしまうこと。
短期では爆発的な瞬発力を得た上に、雷の火力も加わるありうべからざる魔法だ。
しかし体内に蓄電してしまうため、長期では一時的に筋肉が痙攣してしまうのだ。
場合によっては日常生活にも支障をきたすし、放っておけば後遺症となりうる。
一方でオレの固有魔法は都度代償を支払うものではない、と思う。
断定できないのは声の存在の言葉を信じるならば、という注釈が付くからだ。
いわく、『賭け事の対等性を図るために貸与しているだけ』とのこと。
オレが声の存在に勝てなければ実質的な死が与えられるという。
これがオレの固有魔法の代償にあたるのだろうと推測するばかりだ。
ならば琴坂の固有魔法は何が代償になっているのだろう。
「うん、悪くないよ。わたしにはこれがあるから」
懐から飴玉を取り出し、手のひらに載せて見せてくる。
ただの喉飴というよりは〔幻影〕支給の特別なものだろうと推測する。
「それならいいんだ」
琴坂は飴玉をその小さな口に含む。
それから水瀬はモーニングティーを二人分淹れ、ジャムクッキーを添える。
琴坂は飴玉を舐めているので遠慮した形だ。
三人がそれぞれに一息をつき、モーニングティーを楽しむ。
会話は自然と始まった。
「……八神くんには、もう話した?」
「いいえ、少しは話したけどまだこれからよ。朝も早いしちょうど律が来てくれたからどうせなら三人でモーニングティーをしながら話すのもいいかと思ったの」
水瀬はオレに視線を向ける。
「八神くんに盟主が決定したことを伝えるわね。さっき貴方に伝えたように一つは”屍者”の脅威が去るまで姫咲さんをこの洋館で保護すること。そしてもう一つ――その期間は律が常駐すること」
意外ではなかった。
むしろ不安定なオレと水瀬だけでは頼りないからこそ、妥当といえる。
「常駐か。大体見当は付いてるが一応琴坂が常駐する理由を聞いてもいいか?」
ただ問題は水瀬や琴坂がどこまで姫咲のことを知っているかだ。
一昨夜の段階では姫咲は自身が吸血鬼であることをオレにのみ暴露している。
裏を返せば彼女は他の人間には明かすことを拒絶しようとしていた。
〔ISO〕の
それから一日以上が経過した今、彼女が結城に秘密を打ち明けた可能性はある。
しかし確定ではないなら第三者であるオレが積極的に口を割るわけにはいかない。
オレの質問には琴坂が口を開く。
「……わたしは”屍者”にとっての天敵だから、たぶん保険だと思う。優香は固有魔法の反動が大きすぎるし、八神くんはそもそも固有魔法を任意で使えないから」
どうやら姫咲は秘密を結城に打ち明けていないらしい。
彼に周知されたなら水瀬たちにも必ず情報を下ろすはずだ。
だが二人にはその気配がない。
しいて言えば姫咲の異能から魔法使いだとは予測しているかもしれない。
「耳の痛い話ね。守護者の席次を貰っているだけにそれだけの働きができていない自分がもどかしいわ」
「それについてはオレもオレ自身に思うことがある。固有魔法を持ちながら全く自分の意思で扱えないんだからな」
念のために最終確認を取る。
「話を戻すがつまりは姫咲の護衛のためだけに滞在するということか?」
「……簡単に言えばそうなるね。何か気になることでもあるの……?」
確認すべきことは確認し終えた。
だがこれだけ琴坂の滞在目的を追求すれば不自然さも出るというものだ。
とはいえ彼女がこの質問をしてくることは想定済み。
琴坂は色彩感覚で人を見る場合もあるがそれは絶対ではない。
隠し事があるときには厄介だが絶対でないなら対策のしようもある。
――嘘を吐かずに真実を隠し、事実を言わずに本心を語ればいい。
そうすれば色が見えていたとしてもオレに疑義が向けられることはない。
「いや”屍者”の件が解決するまでとはいえ、実質期限がないのと同じだろう? オレがこの洋館で世話になってからは守護者が長く泊まるのは初めてだと思ったんだ」
「確かに八神くんが来てからは朱音が一泊しただけだものね。ふふ、あの夜は楽しかったかも」
「初耳だな……何かあったのか?」
「ええと……それは秘密、でいいかしら?」
何か重苦しいことがあった気配はない。
それどころかやや照れくさそうな微笑みである。
「ああ、それならそれで構わない」
何を話していたのか気にはなるが追及するほどのことでもないだろう。
ほんのわずかであれ、疎遠になっていた仲間と一夜の時間を過ごしたのだ。
積もる話もあったはずだ。
そこで琴坂を置き去りにしていたことに気付く。
「悪い。置いてけぼりにしたな」
「ううん、別に。八神くんと優香は普段こんな風に会話しているんだなって、見てて楽しいから。二人はいい相棒関係を築けているんだね」
薄く微笑みが浮かぶ。
水瀬の微笑みも乙なものだが、琴坂のそれはさらに控えめだ。
「だそうだぞ、水瀬」
「私たちにとっては最大の賛辞ね」
紅茶を飲み終える頃になると話すべきことも話し終えた。
「……最後に優香、わたしの部屋の鍵はまだある?」
「ええ、もちろんよ――〔宵闇〕の守護者・水瀬優香が命じる。〔絶唱〕の守護者・琴坂律の鍵をここに」
水瀬の言葉に応じるように中空から銅製の鍵が出現する。
「まさかとは思うが洋館自体がアーティファクトなのか……?」
「厳密には違うけど的外れではないわ。洋館自体は少し年代物という点を除けば普通の建物と何も変わらない。でも管理はアーティファクトに任せているから」
「……今さら、だな」
魔法使いや魔法使いの拠点に突っ込む方が馬鹿らしいというものだ。
異常は日常と変わらず、そこにあり続ける。
「あと八神くんに聞かれるとしたら律の部屋がなぜあるのか? ってことかしら」
「思考を読むな」
「ふ」
オレも水瀬も奇怪な音を発したもう一人を見る。
琴坂はいかにも『空になった口が寂しいから』という体を装い、自分の紅茶を淹れ口を付けている。
素知らぬ顔をしているが無理がある。
「……今、くすっと笑わなかったか?」
「……ええ、私も初めて律が声を出して笑ったのを聞いたわ」
かちゃん、と小さくカップを置く音。
それから席を立つと水瀬の手に握られた鍵を摘まみ取る。
「……自分の部屋、少し見てくる。優香たちは気にせず出掛けてきて」
すすすす、と心なしか早歩きにも見える様子で去っていく。
後ろから見るその耳はやや赤らんでいるようだった。
「東雲とはまた別の何かを感じるな」
「前々から思っていたけれど八神くんは人を弄るのが好きよね。サディスト?」
「いや今回は弄りとは言わないだろう。あとオレはサドでもマゾでもない。極めてノーマルだ」
「ふふ、冗談よ」
くすっと笑った水瀬は先程の質問に簡単に答える。
「ええと律の部屋がここにある理由はね、私が魔法を暴走させる前はここに住んでいたからよ。暴走した後は出て行ってしまったけれど」
その表情は悲しみに暮れるというよりは割り切った表情だ。
それはすぐに鳴りを潜め、水瀬は気持ちを切り替えたようだった。
「さあ、これで朝のお茶会はお開き。私たちも朝食を食べてから出かけましょう」
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