♰Chapter 34:準備と謎メール

オレが財産として所持している自宅に帰ってきた。

四月にも戻ってきているので懐かしさのようなものはない。

アルバイトをしていないオレではあるが暗殺者としての報酬やかつての組織から強奪した資産が残っているので、維持管理には困らない。


ポストを確認し、一杯一杯になった様々な書類をまとめて玄関に置く。

無造作とも呼べるが大抵は下らない勧誘やセールチラシだから見る必要もないのだ。


書斎に行き、地下室までの工程を辿り、狭い地下室に入る。

コンピュータを起動すると自作の簡易アプリケーションをクリック。

多重パスコードを入力すると画面にはアルファベットと数字入力画面が表示される。


「確か……短銃の座標は――」


DMS形式の座標を打ち込んでいく。

すると壁際の特殊コンクリート製の引き出しの一つ――その常灯ランプが赤から青に変わる。


手を伸ばし中を明かすと小さなケースが収納されていた。

キーを開けると目的の短銃が鎮座している。


軽く手のひらで弄び、銃の状態や弾薬の過不足を確認する。


「……弾が不足か。情報屋から仕入れないとな」


オレが本来の自宅を訪れた理由は一つ。

”屍者”の件では接近戦よりも遠隔戦の方が安全を確保できると判断したためだ。

短刀ももちろん用いるが遠距離にも対応できる武器も欲しい。

そう考えた結果、短銃が候補として挙がったというわけだ。


組織子飼いの暗殺者だった時代の遺物。

苦々しい記憶が過りかけるが意識的に振り払う。


オレは情報屋に早期に弾薬の購入したい旨を携帯端末のメッセージで送る。

するとすぐに既読が付く。

返信内容としては今すぐでも構わないということだ。


「いいタイミングだ」


短銃を所持するとコンピュータの電源を落とす。

だがそうしようとした瞬間に一通のメールを受信していたことに気付いた。


基本的に暗殺依頼を受けず、自分の意思でのみ活動するオレにとって、メールボックスはただの箱にすぎない。

ポスト同様、ただの余分の集積場である。


とはいえ日付は今から二週間ほど前だ。

なんとなしに気になったオレはそれを開いてみる。


「……なんだこれは?」


主題も何もなく一枚の画像が添付されたものだ。

そこに映されるのは頭部より下の人の胴体部分の画像だ。

全体的に薄暗く、随所にノイズが走っている。

画質は最悪だ。


だが辛うじてそれが人体だと理解することができた。

そして彼――あるいは彼女は両手足を拘束されている。


それにただ一言だけ添えられていた。


「――四十七番目の鶯は玉露の響きを奪われるだろう」


言葉にしても理解できない。

四十七番目とは、鶯とは、奪われるとは。

スパムメールを疑うが妙に画像の拘束された何者かが気にかかる。


これをオレに送る意味は。

このタイミングで送る意味は。

考えても思考は行き止まりに辿り着く。


メールの送り主のアドレスはあからさまに捨てアドのため、真意を問うこともできない。

全身を謎の気持ち悪さが駆け巡った。


「……この時期に余計な重荷は背負いたくないが気には留めておくべきかもな」


そんなことを考えつつ、自宅を後にした。

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