♰Chapter 23:選ぶということ
その日の夜。
夕食後にオレ、水瀬、琴坂、姫咲は会議室に集合した。
その場を仕切るのは水瀬だ。
「まず、楓が必要としている人の血についてね」
その言葉に姫咲の瞳は揺れている。
問題が解決することへの期待と一抹の不安が見え隠れしている。
「盟主――ええと楓にとって分かりやすく伝えるなら私たちの組織の纏め役の人ね。その知り合いの病院から輸血用の血液を分けてもらえることになったわ」
「ほんとに⁉」
思わず身を乗り出す姫咲に水瀬は微笑んで頷く。
「ええ、本当のことよ。頻度は通常一週間に一回――でもこれから一度も異能を使わないなんてことはないでしょう。まだ”屍者”の件は片付いていないから。だから予備も含めて一週間に二回分の輸血用血液が配給されるそうよ」
「よかったな、姫咲」
「うん……!」
姫咲が嫌悪しているのは人から強制的に血液を奪うこと。
血を飲むこと自体もそれなりに忌避している節はあるのだろうが、精神的なハードルはだいぶ下がることだろう。
定期的に必要量を摂取していれば暴走することもない。
「……優香、この処置はいつまで?」
その言葉に姫咲が凍り付く。
冷や水を背中にかけられたような気分になっているのだろう。
だが避けては通れない議論だ。
「その質問に答える前に今の状況を明確にしておくわね」
水瀬は会議室のホログラムを起動するとまっさらな画面が現れる。
それはホワイトボードのような役割を果たすようだ。
「まず楓の状況について。彼女は人と吸血鬼のハーフ。その特異性ゆえか”屍者”に狙われている。詳しい原因は楓自身にも分かっていない。そういう認識でいいかしら?」
「うん、その通りよ」
水瀬の手によって簡単な関係図が描かれていく。
元々大まかなプロットはあるようで、簡単な操作で次々と埋められていく。
「次に私たちについて。私たちは〔幻影〕という名の魔法使いの組織。主に魔法・魔術等の犯罪から民間人を守護する役割を負っている。今は”屍者”の事件を解決すべく敵の本拠地を割り出す作業中。ちなみに〔ISO〕も独自に調査をしていて〔幻影〕とは協力関係にある」
「”屍者”側の目的で確定しているものといえば、姫咲の確保だな。実際にオレがゼラ、水瀬がヴィンセントからそういう趣旨の言葉を聞いている」
「そうね。ただ私の主観で言えば他にも目的があるように思えてならない。仮に楓を確保したあと、彼女をどうするのか、増やし続けた”屍食鬼”をどうするのか。そのままどこかに消えていく……なんてことはないでしょう。盟主ともこれについての意見は一致しているわ」
『??』という文字がホログラム上に追加される。
「……だからこそ、姫咲さんを保護した」
「律の言うとおりね。つまり因果をまとめるとすれば『”屍者”が楓を狙っている』から『私たちが保護』した。裏を返せば『”屍者”の件が解決』すれば『私たちが保護』する必要もなくなるの。そしてこの件が決着した場合、楓には二つの選択肢がある」
「二つ……?」
姫咲は提示される選択肢に不安を覚えている。
どこでどんな生活をしていたのかは不明だが、恐らく碌な生活はしていなかっただろう。
それは彼女自身からオレたちが聞いたことであり、実際に連絡橋の件や久留米兄の件で判明している。
「一つは綺麗さっぱり忘れて前の生活に戻ること」
「……っ」
思い切り弾かれたように反応する姫咲だがその勢いはすぐに萎えた。
唇を辛そうに噛みしめている。
履き違えてはならない。
〔幻影〕は姫咲専属の組織ではない。
”屍者”の件が片付いてまでずっと保護しておくことなど持ってのほかだ。
そして何より組織からの救済は好意である。
――恩着せがましい。
――お願いされれば生活すら保障してやる。
――――それが、幻影の存在意義だ。
何と言われようとも変えられないものはある。
それが組織、それが集団というものだ。
たとえオレや水瀬や琴坂が盟主に『永遠に姫咲の面倒を見てほしい』なんてことを言ったとしても、彼は無慈悲にノーを叩きつけるだろう。
一般人をいつまでも魔法使いの陣地に置いておくわけにはいかない。
それがたとえ半人半鬼であったとしてもだ。
それを理解しているからこそ姫咲も何も言えなかった。
元の生活に戻りたくなくてもどんな言い訳を並べ立てようとも意味がない。
「二つ目を……聞かせてもらってもいい?」
「二つ目は、私たちと共に歩むこと。〔幻影〕の仲間として一般人を守護し、そのために行動すること」
「それはおねーさんやおにーさんがわたしにしてくれたようなことをするということ……?」
「ええ、そうよ」
「ならわたしは――」
「でも」
その言葉を水瀬が遮る。
「でも二つ目の選択肢は苦難の連続でもあるわ。その先で命を落としてしまうことだって珍しくない。逆に命を看取ることも珍しくない。私も八神くんも律も〔幻影〕に所属する人間なら誰しもが、敵味方関係なくそういったことを繰り返してここにいる。少なくとも一つ目の選択肢より茨の道だと断言できる」
その言葉に込められた実感と重圧が痛いほど叩きつけられる。
水瀬の優しさが逆に姫咲の心を刺している。
〔幻影〕は確かに異能犯罪者に対抗するための組織だ。
人を守り、人のために為すべきことを成す。
だが勘違いしてはならないのは絶対的な正義ではないということ。
必要ならば命を刈り取ることさえ厭わない。
当然ながらそれには他者の人生を断つという意味で責任が伴う。
積み重ねれば積み重ねた分だけ背負うものは大きくなり、重圧に押しつぶされそうになることだろう。
選ぶということ――それは責任を負うということなのだ。
「盟主から――いいえ私から楓に伝えられることは今はこれで全部よ。結論は急がないから。じっくり考えてほしい」
「……うん。自分の部屋で少し考えてみる。今は頭がいっぱいいっぱいだから」
そう言って姫咲は先に戻っていった。
後に残されたオレたちで先に口を割ったのは水瀬だ。
「もう少し柔らかく伝えた方が良かったかしら?」
「……優香は正しいことを正しく伝えたよ。〔幻影〕は決して遊びや自己満足のために存在しているわけじゃない。だから……あれくらいがちょうどいい」
「振り分け、というやつか。正直なところ、どうなんだ? 盟主は姫咲についてどう考えている?」
「私にも詳しいことは何も。今は何より優先して”屍者”のことで一杯みたいね。彼女のケアについては全て私たちに一任するとのことよ」
「状況が忙しいとはいえ放任主義もいいところだな」
そこで琴坂が小さな口元を手で覆った。
小動物の欠伸のようだ。
時刻を見れば午後十時頃。
高校生なら夜更かしなど何のそのではある。
だが琴坂は生粋の健康優良児らしい。
「……ごめん。少し疲れたから今日は寝るね」
「ふふ、おやすみ」
そう言うと琴坂も自室に帰っていった。
「八神くんはどうする?」
オレも普段なら自室に向かうだろう。
だが少し気になることがあった。
上手く取り繕おうとしているが、水瀬が疲れているということだ。
それも並の疲れ方ではない。
早めに休ませることも大事ではあるがまずはその原因に探りを入れねばなるまい。
「最近は二人きりでゆっくり話す時間が取れていないだろう? 少し話さないか?」
その提案が意外だったのか水瀬は目を丸くする。
それでもホログラムの電源を落とすと頷いた。
「八神くんの言うことには一理ある。それならリビングにしましょう。ちょうど香りのいいお茶の葉もあるからそれも淹れて」
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