♰Chapter 18:緋色の紋章を抱く吸血姫

洋館にはかつて見たことのない人数が集まっていた。

オレ、水瀬、琴坂、東雲、そして姫咲の五人だ。

ただし水瀬だけは自室にいるとだけ言い残し、この場にはいない。


盟主もこの場には来れないらしい。

彼は彼で”屍者”の件についての調査やその他の異能犯罪の監視等で多忙を極める。

後ほど事の顛末について報告書を提出するように厳命が下っている。


このような場で本来なら水瀬が口火を切るのだが、残念ながらそれもない。

代わって真っ先に口を開いたのは東雲だった。


「まずは自己紹介だけさせて。あたしは東雲朱音。ここにいる全員と同じで魔法使いよ」


窓辺に寄りかかり、立ったままの彼女は片目で姫咲を見る。

ともすると威圧的な態度で睨みつけていると言っていいかもしれない。


「わたしは姫咲楓」

「知ってる。回りくどいのは好かないから単刀直入に聞くわ。なんで無断でいなくなったの?」


容赦なく斬り込んでいけるのは彼女の美点でもあるが、それを受ける側にとっては精神的に来るものがある。


オレは事情を知っていた人間として、姫咲の擁護もしなくてはならないだろう。

だがそれだけでは不完全だ。

彼女は恐らく”無断で逃げ出したこと”について非難されていると感じていて、それについて申し訳なさを抱いているはずだ。


――問題の本質はそこじゃない。

東雲は元来仲間想いの性格であることは御法川との一件で証明されている。

それが同じ組織としての仲間か、同族と括った仲間かは色々あるだろうが。


つまり東雲は姫咲が逃げ出したことのそのさらに奥――仲間を死地に追い込んだことについて憤慨しているのだ。

微妙なニュアンスとしてもう一歩言葉を重ねてやらないと姫咲に東雲の本質が伝わらない。


だからオレが琴坂の言葉を引き出すべきだろう。


「何もそこまできつく問い詰めなくてもいいんじゃないか」


諫めるオレの言葉に東雲は睨む。

明確に不機嫌だった。


「なによ、あんたはこいつの味方をするっていうわけ?」

「八方美人で悪いがオレはどちらともの味方だ。ただし彼女は今一人で孤立している。非があるとしても一人くらい中立でも構わないだろう」

「……おにーさん」


姫咲は助けを乞うでもなく、ただ苦しそうにオレを見る。

媚びているようなあざとさは微塵もなく、オレの立場を慮っているのかもしれない。


東雲はその様子を一瞥すると鼻を鳴らした。


「ふんっ。あたしはあんたのそういうところが嫌いよ。この人たらし」


彼女は言葉を投げ捨てると溜息を吐いた。


「なんて言われようと問い詰めるわよ。あたしはあたしを曲げてまでそいつを庇おうとは思わないし。だからよく聞きなさい」


そうは言うものの、東雲は丁寧に思っていることを話し始める。

ツンデレというのは彼女のための言葉だ。


「あたしたちは”屍者”に狙われているあんたを保護したわ。それはあたしたちの目的――魔法犯罪の撲滅や民間人の守護のため。それは確かにある。でもさ裏返せばあんたからは何も対価を受けていない。つまりは無償の奉仕なのよ。その好意を踏みにじってここにいるあたしたち……と水瀬を危険に晒した。だからあたしはこうやってあんたに詰めるの。これはあたし以外にはできない。ならあたしがやるしかないことでしょ?」


東雲が姫咲と直接話すのはこれが初めてだ。

顔合わせもしていないし、交流もしたことがない。

だからこそ元の性格と相まって遠慮なく切り込むことができるのだろう。


何よりこれは東雲からオレたちへの気遣いであり、姫咲を思いやってのことである。

事の重大さを彼女に理解してもらい、軽率な行動の一つで死人が出るという。


東雲は不器用なだけでその行動には優しさが隠れていることをオレは知っている。

しっかりと言葉を重ねさせたことで彼女がどこに怒っているのかを姫咲も正しく理解したはずだ。


「ごめんなさい。わたしのせいでおにーさんを、おねーさんたちを巻き込んだ。その重さをついさっき理解した。今も痛いほどに感じてる」


涙は零さない。

ただ懺悔と後悔に身を震わせ、精一杯の真摯さで頭を下げている。

その態度に溢れる素直さが痛いほどに感じられる。


「……あんたの謝罪は分かったわよ。でもそれならなんでいなくなったの?」


東雲が問い、ここからが本番とばかりに琴坂の視線が姫咲だけに注がれる。

琴坂は静かに見守っているだけにある意味で考えが読みづらい。


姫咲は一度目を瞑ると気負うでもなく、フラットな表情で真っすぐに言葉を紡ぐ。


「わたしは人間と吸血鬼のハーフだから」


その言葉に東雲は目をぱちくりとさせる。


琴坂でさえもわずかに目を見開いている。

彼女だけは可能性の一つとして気付いていた節はあるが限りなく低いとみていたのかもしれない。


「……ほんと? あたしたちを揶揄う冗談じゃない?」

「少なくとも今の言葉に嘘はない、と思うよ」

「あんたがそう言うなら……嘘ってわけでもなさそうね。ってことは――」


じっとオレの首筋のガーゼを見る。

東雲の私兵団の救護兵から貰い、自分で手当てしたものだ。

現場では水瀬、東雲、姫咲の三人しか知らない傷。


琴坂は知らないため、簡単に補足しておく。


「姫咲に血を与えた」

「――ああ、どうりで。水瀬がおかしくなった理由もなんとなく察したわ」


一方の琴坂はオレの正面まで歩を進めると静かに言う。


「傷、見せて」

「……これでいいか?」


ガーゼを取るとほんの数秒凝視される。


「……呪いはなさそう。血も止まってるから自然に治癒すると思う」

「時間差で屍食鬼になるなんてこともないのよね?」


琴坂はじっと姫咲を見る。


「うん。おにーさんは屍食鬼にもならないし、吸血鬼にもならないよ」

「そう、よかった……」


本人より胸を撫で下ろしているのは変な話だ。


「心配してくれていたのか?」

「な、ばっかじゃないの!? あんたが屍食鬼になったらここにいるあたしが危ないでしょっ!? あたしはあたしの心配をしただけであんたは自意識過剰なのよ!!」

「……半分嘘、半分本当」

「~~~~っっ!! 律、あんた覚えておきなさいよ!」


琴坂に盛大に看破され、針の筵とはこのことだろう。

顔を真っ赤にしてとても恥ずかしそうだ。


姫咲はどうしていいのか分からず、こちらは困惑顔だ。

話しかけるつもりで呟いてみる。


「ツンデレだな」

「つん、でれ?」

「お前は知らないか。普段はぶっきらぼうだが時々好意的になることを言うんだ。覚えておくといい」

「そこは何をこそこそしてるのよ! ……はあ、もういいわ。脱線しまくってるけど人と吸血鬼のハーフ? それは事実としてどういうものなの? 人が噛まれて屍食鬼になって、その屍食鬼が吸血鬼の王に血を分けてもらうと吸血鬼になるのよね? それとどう違うわけ?」


確かにゼラやヴィンセントのような吸血鬼も根源を辿れば人間ということになるだろう。

それはある意味で人間と吸血鬼のハーフと言っても遜色はない。


「それは見てもらった方が早い」

「ちょ、ちょっと!? いきなりどうしたのよッ……ていうか八神もいるんだけど!?」

「おにーさんには一度見せてるから」


東雲の視線が痛かったが無視を決め込む。


姫咲は上半身を露わにする。

特に注目すべきは背中だ。


「緋色の、紋章……」


琴坂がぽつりと呟きを漏らす。


「律は知ってる?」

「……少しだけ。東京の各所にある霊脈を管理する”要”が少し前から不安定になっていた。その一つ、九狐里神社の御神木に呪詛のようなものが溜まり始めていたの。浄化はしたものの、そのときにこれに似た模様を見たことがある」


オレとファミレスで食事をしていた時に話していた浄化の任務というのに、九狐里神社の御神木の浄化も入っていたのか。

意外なところでピースがハマるものだ。


「その紋様に心当たりは?」

「わたしには、何も。盟主も詳しいことは掴んでいない」


ぱさっと服を着直す姫咲。


「おねーさんが見たことがあるって言うのが驚きよ。この紋様はね、吸血鬼の王――ううん、その王の血統のさらに上位的存在――〔真祖〕の吸血鬼の血を強く引いていることの証だから」

「つまりあんたのお父さんかお母さんが真祖の血を引く、吸血鬼の王ということ?」

「ううん、わたしのおとーさんは確かに純粋種の吸血鬼だったけどただの吸血鬼。おかーさんは人間だったから。わたしがどの吸血鬼とも違うのは、吸血鬼と人間が愛し合って生まれたのがわたしであること。そしてその特別な子に真祖の血を引く、吸血鬼の王の血が与えられてしまったこと。二つの奇跡が重なってしまったことで、吸血鬼の正統の血を引く混血種の”わたし”という存在が現れてしまった」

「……あたしの頭が悪いのかもしれないけど、ちょっとこんがらがってきた……」


オレはそれまで黙っていたが、理解できた範囲でまとめてみることにする。


「姫咲は吸血鬼の父親と人間の母親から生まれたハーフ。そして彼女には真祖の子孫である王の吸血鬼の血が与えられた。この二つが彼女の言う奇跡ということだろう。その結果として姫咲楓という、吸血鬼、人、真祖の三つを継承した類まれな存在が生まれた。そういうことだろう?」

「うん、おにーさんにまとめてもらった方が分かりやすいね」


オレも彼女が吸血鬼だということ以外にはほとんど知らなかった。

自分で纏めつつも内容を頭にたたき込んでいく。


そしてオレは結論を導き出す。


「全体像は掴めてきたかもな。吸血鬼の王は姫咲楓という特別な吸血鬼――いわば吸血姫ヴァンピレス・レジーナを追っている。だからこそゼラやヴィンセント、アングストハーゼが屍食鬼を増やすことと並行して、彼女を手に入れることを命令されていたということは想像できる」

「……じゃあその真祖の血を引く吸血姫を捕まえると何が起こるの?」


琴坂の問いに姫咲は歯切れ悪く答える。


「わたしにも分からない。真祖の血が流れているって言ってもそれを自覚したことはないし……。ただ普通の屍者にはできないような、血を吸った人間をどうするかを自分の意思で決めることはできるみたい。もしかすると特別なことが他にも……そうだ、あともう一つ事実を伝えてもいい?」

「全部吐いてくれていいわよ。そこに重要なことが隠れているかもしれないし」

「そっか」


小さな間が空く

そしてただ一言だけ。

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