♰Chapter 6:仲介依頼

――ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。


そんな規則的な音にすぐに目が覚める。

サイドテーブルに載せてあった端末がバイブレーション機能で少しずつ動いていた。


時刻は朝の六時。

用事さえなければまだ眠っててよい時間帯だ。

無視するという選択肢も脳裏をよぎるが、それは早計かもしれない。

可及的速やかな対応が求められる用件であることも捨てきれないからだ。


やや気後れしつつ端末を手に取ると番号は周防のものだ。

普段よりもさらに朝を考慮した静かな声音を心掛ける。


「……オレだ」

”八神起きてるかー!”


オレは躊躇わずに通話を切った。

かつてないほどの反射神経を使ったと思う。


男子高校生の快活な声がいつまでも脳内を揺さぶっている。

朝という時間に極めて相応しくないコールだった。


すると三秒と経たずに折り返しのバイブレーションが鳴る。

切ることもやぶさかではないが、用件が気になるのも確かだ。

結果、最後のチャンスとばかりに電話口に立つ。


「もしもし」

”なんで急に切った……⁉”

「モーニングコールにしては破滅的にうるさいからだ。朝に優しい人間になれ」

”う、それは悪かった……”

「分かればいい。それで何の用だ?」

”ちょっと待ってくれ”


端末越しに周防以外のささやかな声が聞こえる。

だがはっきりとは聞き取れない。


”待たせたな”

「誰かと一緒にいるみたいだな」

”そうなんだよ。俺のクラスは朝凪祭の朝練があって早く来てたんだが……そこで呼び出された。お前のクラスの久留米って奴に”


フルネームは久留米優馬くるめゆうま

彼は水瀬と朝凪祭の実行委員を担っている男子生徒だ。

クール系というべきか、あまり自己主張をしないがやることはやる印象だ。


その彼が周防を使ってオレと接触を持とうとしている。

思いつくことといえば依頼だろうか。


「もし依頼ならお前も猫の手部のメンバーだろう? ルールに抵触しないなら受ければいいんじゃないか?」


公序良俗に反する依頼や絶対に不可能な依頼以外は基本的に弾かずに受けている。中には試験のカンニングペーパー用意依頼やら、すでに付き合っている男女の仲を引き裂いてほしいといった無茶苦茶な依頼があるのも事実だからそれらは除く。


幅広い学生・教師から集めたいという水瀬の方針から、匿名希望でも依頼を出せることの弊害でもある。


周防は端末越しに戸惑いを滲ませる。


”まあそうなんだが……俺じゃ判断できないんだよ。とりあえず直接話してもらった方が早いだろ”


通話相手が代わった気配。

こちらは落ち着いた声で通話を引き継いでくる。


周防がマイナス過ぎたおかげで、彼の対応はプラス加点したくなる。


”八神か? 俺はクラスメイトの久留米だ。こうして面と向かって話すのは初めてだな。よろしく”

「ああ、こちらこそ」


淡々と儀礼的な挨拶を終えるとすぐに本題に入るようだ。

嫌いではないタイプの人間だ。


”お前や水瀬が来るのを待ってもよかったんだけどな。できるだけ早く依頼をしたくてそこにいた周防に依頼した。だがどうにも難しい依頼らしい。こうして連絡を取ってもらったのもそういう訳だ。単刀直入に聞きたいんだが、怪談系の依頼は受けてもらえるだろうか?”


猫の手部なんていう万事屋まがいの部活を続けていればいつか来る手合いの話だ。

最近ではあまり聞かないが、学校の七不思議調査など最たるものだろう。


だが通話越しの久留米の声音からは真剣さが伺える。

そもそも匿名可であるにも関わらず正体を明かし、わざわざ人伝手にオレまで連絡してきたのだ。

いくつもの手間をかけている分、おふざけということはないだろう。


「……冗談や悪ふざけじゃないんだな?」

”ああ、約束する”

「なら構わない。オレ達は可能な範囲でどんな依頼でも受ける。それが猫の手部の活動方針だからな」

”よかった。なら今日の放課後に俺の家までついて来てほしい。事情はそこで話すことになるがいいか?”

「今は話せないのか?」

”それは……難しいな。俺自身はただの仲介役で具体的に何があったのかは知らないんだ。だが信じてくれ! 依頼人は信用できる。嘘でも揶揄っているわけでもないんだ”

「つまりお前は本当の依頼人じゃないんだな。本当の依頼人の名前は?」

”俺の兄――久留米京也くるめきょうやだ”


端末越し――それも相手の表情も見えない以上、察することには限度がある。

これまでまともな会話すらしたことないのだから接点など皆無だ。

今わかることといえば、相手には複雑な事情がありそうだということ。

そして実兄なら冷やかしということもないということだ。


「分かった。受ける前提でこの件は水瀬にも伝えておく」

”ありがとう。じゃあまた学校で”


そう言うと周防に戻ったようだ。


”受けることにしたのか?”

「ああ、たとえ怪談系であろうと本人が本気で悩んでいるなら解決に向けて力を尽くすしかないだろう?」

”何かすごく面白いことになりそうな予感がするぜ!”

「お前の場合は面白おかしく話すネタを探して妹の興味を引きたいだけだろう」

”へへ、当たり!”


得意げにするな、と軽く突っ込みを入れるべきかとも思ったがやめておく。

思ったよりも時間を食ったようで、いつもの起床時間だ。


「また学校でな」

”ああ”


通話が完全に切れる。

椅子に座りながら寝ていたせいか、身体が硬直してしまっている。


オレの体質は変わっていない。

閉鎖的かつ静穏な空間で眠ると悪夢を見てしまう。


ある時はこれまでに暗殺してきた人々の亡霊を見た。

それが善人だったか、悪人だったのか。

組織の傀儡でしかなかったオレには分からない。


ある時はオレに贖罪を決意させた少女を見た。

オレにとっても余程衝撃的だったからか、彼女の顔も声も朧気すぎる。

ただ、あの少女は夢の中では心を引き裂くような怨嗟の声を発していたと思う。


それらが過去に犯した罪に対する自罰感情から来るものだと解釈している。

だからこそベッドがあるにもかかわらず、屋外や椅子といった不快な環境で眠る。

自罰を与えているという自意識があれば悪夢にうなされることはないから。


前回、水瀬の目の前で悪夢を見てしまったのはきっと何かの間違いだ。

水瀬や東雲、琴坂や姫咲、そして友達に定義されるであろう面々。

彼ら彼女らと時間を共有するなかで知らず気が緩んでいたのかもしれない。


「何はともあれ、だな」


くいっと大きく伸びをする。

以前に水瀬が伸びをしていたのを見てとても気持ちよさそうだと思っていたのだ。

真似事は得てして劣化することも多いがなかなかどうして。


身体を解しつつも諸々の支度を始めるのだった。

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