♰Chapter 40:夢と希望の島
ブライトランドは開園が九時、閉園が二十一時となっている。
丸一日フリーパスを譲ってもらったこともあり、どうせなら早く行って楽しみ尽くそうということで合意していた。
午前六時。
オレと水瀬、琴坂と姫咲の四人は洋館の最寄駅の駅前広場に集合していた。
水瀬はフリルトップスにシンプルなデニム姿。
琴坂はカジュアルなショートパンツにブラウス姿。
姫咲はミニスカにオフショル姿。
オレも以前、水瀬に選んでもらった夏物の服装をしている。
「お待たせしました」
ほぼ同時刻に神宮寺も待ち合わせ場所に到着した。
「わあ~! 皆さん楽しむ気満々ですね!」
両手を合わせて目を輝かせる神宮寺。
全員が全員、動きやすくそれでいて洒落た格好をしているのだ。
分かりやすいと言えば分かりやすい。
ただ浮かれ気分だけではいられないのもまた事実だ。
オレと水瀬、琴坂は今回の外出の真の目的を忘れてはならない。
「オレや水瀬のことは知っているだろうが、神宮寺に初めて会う奴もいる。簡単に紹介だけさせてくれ。ショートパンツの方が琴坂律、ミニスカの方が姫咲楓だ。オレとこの三人は全員知り合いだな。それでこっちが神宮司朱里。今日のホストだ」
「……よろしく、神宮寺さん」
「お願いします、神宮寺おねーさん」
二人が頭を下げると神宮寺も頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いしますね、琴坂さん、姫咲さん。今日は目一杯楽しみましょうね」
それから一人一枚ずつ、切符を渡す。
「電子マネーで行くのもいいですが、どうせなら旅行気分! 旅っぽく紙切符で行きましょう!」
「ふふ、それもいいかもしれないわね」
水瀬が思わずといった感じで笑う。
きっと自分たち以上に楽しもうとしている神宮寺の態度に絆されたのだろう。
神宮寺はというと先に歩き始めた他のメンバーを見て、小さな声で呟く。
「お友達と聞いてはいましたが、皆さん女性だったんですね。タイプこそ違えど綺麗で可愛らしい人ばかりです」
「……否定はしない。だがオレを揶揄うつもりなら効果はないぞ」
「ふふ、そんなことはしませんよ。ただ無事に交友関係を築けているのなら安心しました」
屈託なく笑うとなかなか来ないオレ達を待つ水瀬達を示す。
「さあ、行きましょう!」
――……
都心部から各駅停車の電車に揺られ、いくつかの乗り継ぎを挟む。
土日は休日の人が多いためだろうか、朝早い車両内の座席はゆとりがある。
鉄道橋を通る頃にはすっかり日差しは昇っていた。
とはいえ真上というわけではなく、やや斜めから差し込む陽光に影が伸びる。
「すごい……。今まで海をまともに見たことなんて無かったけど……綺麗」
姫咲が興味津々といったように青い海を見つめている。
厳密には彼女も海を見たことはあるだろうが、吸血のための行為を実行しようとする中で、海に対して感想を持つ余裕さえなかっただろう。
「まだ早朝だから余計に綺麗ね。まるで銀箔を散らしたみたい」
「……詩的。いい歌詞が思い浮かびそう」
水瀬と琴坂もそれぞれに感想を持つ。
神宮寺はといえば、その様子をオレの横で見守っていた。
ちなみにオレと神宮寺が隣で、その向かい側に水瀬、琴坂、姫咲の位置取りである。
「八神くん、いい人たちに恵まれましたね」
「それも否定はしない」
「ふふ、素直じゃないですね」
「それは元々だ」
オレは一度朝陽に照り輝く海を見たのち、鉄橋と並走して走る高速道路を見る。
「この先はブライトランドのある埋立地だよな?」
「ええ、そうですよ。実は鉄道も高速道路もブライトランドに出入口が繋がっているんです。そうそう、神奈川にそのまま抜けることもできますよ」
「なんというか……すごい造りだな」
ブライトランドへのアクセスは海上の埋立地であるにも関わらず、鉄道によるアクセスよし、高速道路によるアクセスよし、定期的に船も出ているという。
そしてランドに寄らずとも向こう岸に通り抜けることも可能とくる。
ありえないくらい好条件が整っていた。
「神宮寺に建て直されるまではアクセスはよくなかったんだろう?」
「よくご存じですね。確かにそれまでの寂れてしまった遊園地はとても不便でした。アクセスは数少ない道路のみでしたからね。神宮寺が再建を図ってからは、鉄道を走らせ、船を走らせ、ようやく様々なところから多くの来園客を呼び寄せることに成功したんです。それ以前にも事業内容や総合型のテーマパークとして詰めれるところは詰めたつもりですが――何か気になったことでもありましたか?」
「いや特にそういうことはない」
万が一――というよりは確信だ。
敵襲があった場合に、出入口が少ないとそこを抑えられてしまえば袋の鼠だ。
文字通りの陸の孤島となる。
だが複数の出入口があるのならその危惧は必要ない可能性が高い。
どこか一つでも導線が生きているのなら人を逃がす望みができる。
何人が死に、何人が生き残れるのか。
最後の犠牲を減らすには最初に犠牲を支払う必要があるとは皮肉が効いている。
神宮寺は小さく頷いた。
「大丈夫ですよ。もし何かあってもパークのキャストは訓練されています。津波に地震、自然災害の多いこの国では必須のスキルですから」
「オレの思考はある程度読めるんだな」
「奇しくも表とも裏とも関わってきた経験がありますからね。とても誇れるものではないけれど」
オレが自然災害を気にしていると思ったのだろう。
実際に危惧しているのは”屍者”のことなのだが、これから起こることを知らない彼女が当てられるわけもない。
長い鉄橋も間もなく終わり、埋め立て地の一角に差し掛かる。
「皆さん、そろそろ着きますよ。ようこそ、夢と希望の島――ブライトランドへ!」
――……
駅で降りたオレたちは背の高い木々が道の脇にそびえたつ並木道を歩く。
圧倒的に整地された区画は秋にでも来たなら鮮やかに紅葉していることだろう。
だが季節が初夏だから残念だということはない。
青々と茂る翠緑が飾る道を抜けていく。
「わあ……大きな木。それにすごく綺麗な場所」
「ふふ、姫咲さん。驚くのはまだ早いですよ? ここはまだランドの外。中はもっとすごいですから」
「へえ……!」
今までになく胸躍らせている姫咲に周りの雰囲気は柔らかくなる。
間もなく巨大なゲートが見えてくる。
すでに多くの一般人が列をなしていた。
家族連れや友人同士など様々な関係性の人々が見受けられる。
オレ達が案内されたのは少し離れたキャスト専用のゲートだった。
小さな事務所が併設されており、一人が出てくる。
「ゲスト様、こちらはキャスト専用の入口となっておりまして――あ……ああっ⁉ 朱里さんじゃないですか⁉」
大学を卒業したばかりのような若い男が神宮司朱里を見て固まる。
何事かと他の事務員も駆け付けようとするがそれを男は止めた。
「あまり大事にはしたくないので助かります、唐澤さん」
「い、いえそれは大丈夫なんですが……お忍びで来られたんですか?」
「実を言うとそうなんです。なので堅苦しいのはなしにしましょう?」
唐澤と呼ばれた男はほっと息を吐いた。
「後ろの方たちは?」
「皆さんは私のゲストです。この通りチケットもありますし、このゲートから通してください」
「分かりました。皆さんの通行を許可します。——ぜひ楽しんできてくださいね!」
迅速なキャストの対応ですぐに入場することができた。
「途轍もなく、広いな」
「え、ええ。私も正直驚きしかないわ。一日あっても回り切れるかどうか」
オレと水瀬はほぼ同じ感想を抱いたらしい。
パークに入場すると遠くに見える玉壁の純白。
海賊船のようなもの。
赤茶の岩肌。
圧倒的スケールの観覧車。
龍の体躯のようなジェットコースター。
数多くの土産物店、レストラン。
目を奪われるような眩さと賑やかさ。
子どもだけの夢ではなく、大人も夢を見れる、そんなパークだった。
「さて、午前は全員が乗りたいアトラクションを回りましょう。私はこれでも園を設立した者の一人としてご案内します。お昼を挟んで午後からは各自自由に園内を遊びましょうか」
「了解」
「ええ、異議なしよ」
「分かりました!」
「ん」
束の間の幸福を享受する。
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