第29話 森の危険

朝目覚めてテントの外を見てみるとまだ薄暗い状態でした。

森の中は葉に遮られて日の光が疎らにしか見えません。

朝露などで空気が湿っぽい感じがします。


一度外の様子を確認すると、再度テントの中に引っ込んで準備をします。

準備が出来ると出発です。


森の外輪部から中に入っていくのと違って、今日は最初から森の中を歩いていきます。

足元が木の根で不安定になっている場所があったり、ちょっと段差があってけつまずいたりすることがありました。


進んで行きながら、昨日教えて貰った素材の採集も忘れずにしようと思って見回しながら進みます。

歩み自体は普通に歩くよりもやはり遅いですし、視線も腰よりも下の方を注視してみていました。きっちりとした道があるわけではないので自分でこういう感じで歩こうと決めたルートで歩いていきます。

そのため偶に頭などに少し高い位置の枝が当たったり、髪の毛に枝が絡んだりと普段では経験をしないような事もありながら進んで行きました。



お昼まで歩きましたが、ジーカンナとビャクイカの枝も2本ずつ見つけたくらいで他の素材は殆ど見つけることができませんでした。

お昼を食べるために少し座割ることが出来る場所に少し厚手の蝋引き布を敷いてその上でお昼ご飯を食べました。

朝作ってくれていたオークのベーコンのサンドと毛布で包んだ鍋に入れておいたスープをマグマグカップに入れて飲みます。

ご飯を食べながら今日の朝の移動について話をします。


「お昼までの間休憩なしで歩いていましたけど、ハイポーション系の素材の枝が2本ずつしか取れませんでしたし見つからないですね。

マスターはちょこちょこ通ってる道を外れて採集をしていたみたいですが。」


「見つけるのは慣れが大きいと思うよ。

昨日初めて教えてすぐに大量に採集できるようならハイポーションとハイマナポーションの素材を専門に集めている冒険者パーティは商売あがったりになっちゃうよ。」


「確かに慣れない場所ですし、昨日習ったばかりですけどもっと見つけることができるかなと思ってたんです。」


「それは難しいと思うよ。

僕の方が慣れてるから採集しながら移動も苦ではないけど。

サーニャは午前中だけでも何度か木の根にブーツをぶつけて、けつまずいていたでしょ。

あと枝が何度か髪の毛に引っかかっていたように見えたし。」


「確かに言われる通りけつまずいたりしていましたけど。」


「多分見ている位置が普段と違って本当の意味で前を見ずに目線が低い位置にあると思うんだよね。

あとは、足元の部分はあまり見れていないか…くらいかな?」


「元々獣道みたいな魔獣が通って出来た道がないところを歩くから足場も悪いし、枝なんかも通りやすいように落としてくれていないから、そこを注意しながら進むだけでも神経を使うよね。

う~ん、でも単調なのはあまり良くないから午後からはクサユリ茸を採集できる場所を通る様にするのと、森の中で魔物との戦闘をしてみようか。」


「変化がある方が飽きないので良いですけど……、

魔獣ではなくて魔物なのですか?」


「魔獣の方が森の外周の方へ行く傾向が高いから、必然的に森が深い場所で遭遇するのは魔物が多くなるんだよね。

人族を襲いに行くという所は変わらないけど魔物の方が強いからある程度合流されて村とかで戦闘になってしまうと危険度があがるよね。

だから森の中で見つけた時に街に人を寄越して討伐依頼をだしているんだし。」


「ちなみにですが…、適当な魔物とかもう見つけてたりします?」


「を。鋭いな。

どこでも安定して売ることが出来る我らのオークさんが2,3匹でいるからそれを斃してみようか。

討伐経験があるから、攻撃されたとしても比較的安全だと思うから環境の違いだけが良く分かると思う。」


お昼の休憩を終えるとまた同じような景色の中を歩いて移動します。

森の中を歩いていると本当に方向感覚と、時間間隔がよく分からなくなってきます。

特に方向感覚はマスターが先導してくれているのについて同じ方向へ行っているだけですが、それがどの方向か本当によく分かりません。

森で遭難する冒険者が多いと聞くのは帰り道が分からなくなってというのが多いのだろうなと妙に納得しながら歩いていました。

そういえば森の外周部は木々も枝が適当に切られて空が見やすい様に枝打ちされていましたし、間伐されていたのかそれなりに間隔が広かった気がします。

地面にも木の葉が多く落ちていませんでした。


そんな事を考えながら歩いているとマスターが急に止まって、私はぶつかる様にして止まりました。

丁度マスターが屈むような感じだったため、胸が当たるような感じになったので倒れませんでした。


「この先にオークが2匹いるんだけど。

戦闘前に森の中での戦闘の注意点を言っておきたいと思うんだけどいいかな?」


「足場が悪いって部分ですか?」


「そうなんだけど、歩いている時とは全然違って。

気付いていると思うけど足元に木の葉が多くあるんで、何より滑りやすい。

木の根も木の葉で隠れていたりするから走ったりすると木の根に足を引っかけて転ぶ可能性がある。

慣れないと回避するとき、攻撃するときも足が滑ってこけたり、足を捻ったりする事もあるんで凄く危険。」


確かに森が深くなるにつれて時々木の根に足を引っかけて、体がつんのめって転びそうになりました。

確かにと納得して私が頷いていると。


「本当なら昨日夕方に練習みたいな事が出来ればよかったけれど、森の中は早く暗くなるから練習するには良くない状態だったし。

ぶっつけ本番になってしまったのは悪いと思うけど、転んだりしてもオークの攻撃が無いようには僕が立ち回るんで安心して転んでもいいよ。」


「安心して転ぶというのがよく分からないのですが…?」


「失敗しても大丈夫って事だよ。

実戦で失敗できるって貴重だよ?

普通は失敗するとかなりの怪我をしたり、下手をすれば死ぬ可能性があるけど今回はそんな事はないから、打ち身くらいはするかもしれないけど。

ああ、そうそう転ぶときは出来るだけ前や後ろに倒れない様にして、手も付かない方がいいよ。

転ぶと思った瞬間に動けるなら体を捻りながら側面の肩からが理想かな?手は頭を覆うようにするといいんだけど。」


「咄嗟に出来るとは思えないのですが…。」


「だったら倒れるときに踏ん張ったりしないで倒れるのに任せて膝の力は抜いて置いて、太ももお尻肩の順に地面に当たる様に転ぶといいよ。

多分体は動かないかもしれないけど、転ぶ瞬間はまるで時間が止まった様スローモーションに感じると思うから。」


マスターはそう言ってから少し考えるようにして。


「服や髪が汚れたりするけど何度か転ぶ練習しておく?」


「練習しておいた方がいいと思いますか?」


質問に対して質問で返してしまいますが、こういう時は経験者に聞いておいた方が上手くいくと思います。


「う~ん、まるで時間が止まったスローモーションに感じるってのは一度体験しとかないと分からないけど。」


そう言って腕を組んで考えています。


「一度時間が止まったスローモーションに感じた時はありましたよ。

半年くらい前に突き落されて川に落ちるまでの時間が非常に長く感じました。」


怖かったのでもう一度体験したいとは思いませんが、崖から突き落されて頭から川へ落ちました。川底に頭を打たなかったですし、浮かび上がるまで時間はかかりましたし、その時は司祭服だったので水にもまれて動けなかったので気を失いましたし。

良く生きていたものだと思いますが、その後の事も思うと思い出したくない記憶の第一位だと思っています。


「転んだ時に頭を打つのは良くないから少し練習しとく?」


「おねがいします。」


「じゃ、最初僕に向かって思いっきり打ち込んできてくれる?

サーニャが右手で思いっきり攻撃してきたときに右足をちょっと足払いして木の葉で滑らせるようにするから。」


「分かりました。」


マスターと向き合って、右から左横腹をメイスで殴るような感じに思いっきりスイングしました。

その瞬間右足を払われて本当の意味で私は右側に倒れていきます。

それが本当にゆっくりと感じました。

手も動かないし頭をかばう事もできません。

倒れるっと思って目を瞑って体を硬くしたところで、マスターがチェニックの右手の袖の部分を左手で掴んで思いっきり上にあげていました。

転んではいましたが頭が地面につく事もなく尻もちをついていて左手は地面に勝手についていました。

何が起きたのか本当に分からないという状態です。


私が驚いていると、マスターが説明をしてくれました。


「ぬかるみでもあるんだけど、前にある足が滑るとこんな風に滑って転んだりするから。」


そう言ってチェニックの袖を放してくれます。

ひょうひょうと言っていますが、いつ足払いをされたのかさえ全く気づきませんでした。


「何が起きたのか全く分かりませんでした。

あの、右手を思いっきり上に持ち上げてたのはどうしてですか?」


「ああすると、尻もちをつくように出来て頭を打たないからね。相手に受け身を取らせるときにはした方がいいんだよ。左手も思いっ切り突いてないでしょ?」


「確かにすとんと転びましたけど痛めたところはないと思います。」


「じゃあ同じようにして練習していこうか、慣れたら今度は後ろ足が滑ったような感じにしてみよう。」


そう言って何度も転ぶ練習をしました。

本当に転ぶ練習です、

色々な場合を想定して50回ほどコロコロとよく転びました。

危ない状態で転ばない様にマスターが補助してくれていたので遠慮なく転んでいました。

お陰で最後にはちゃんと頭を庇いながら転べるようになりました。


「自信をもって転べるようになったと思います。」


そう言うと、マスターは少し複雑な雰囲気で


「本当は転ばないのが一番なんだけど、いざって時には体験してると動きが違うからね。

良く汚れてるけど、オークを斃してから綺麗にしようか。」


「はい、やりましょう」


私は気合を入れて答えると、オークを斃しに向かいました。

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