第26話 川下りチケットって待たないと買えないみたいです

前の日は人酔いしたような感じになってしまったので何もせずに宿屋で休みました。

少し気分が悪くてふらふらしていたので夜も殆ど食べずに寝ていました。

起きて元気が一杯になって初めて宿の内装もきっちりと見渡します。


壁に漆喰しっくいが塗られていて普通の木の壁の所よりも高級な宿なのだと分かります。

備え付けの机も今までの宿よりもしっかりとした物が置いてあります。

チェストと洋服掛けも備え付けてあり、チェストの上には置き鏡も置いてあります。

カーテンを開けると窓がガラス張りになっていて外を見ると少しだけ河と荷下ろし場が見えます。

ベッドもテント程ではなかったのですが、綿敷布団で寝心地もよかったです。


着替えをして、部屋の隅にあるお湯と書いた札がぶら下がっている紐を引っ張ります。

少し待っていると従業員が盥に温めのお湯とタオルを入れて持ってきてくれました。

お礼を言って盥を置いてもらい顔を洗います。

その後マスターに作って貰った肌に良い液、通称化粧液を腰のポーチから取り出してコルク栓を外して左手に出して右手で塗っていきます。

錬金術で作ってくれた品なのですが、普通の水との違いが私にはよく分かりません。

でもこれを塗った方がいいと言われているので使っています。

その後もポーチから白いクリームみたいな乳液を出して同じように塗っていきます。

こっちの方がもたっりとした感じなので塗りやすい感じがします。


それが終わると髪を櫛で梳いていきます。

置き鏡があるので全て見ながら出来るので物凄く楽です。

…マスターに置き鏡を頼んでも良い気がします。

今は私が持っている手鏡しかないので、やはり置き鏡は便利だと思います。

ただ問題はこういう綺麗に映る鏡は値段が凄く高いというところですね。


身だしなみにそれなりに時間をかかってしまいましたが、準備が終わるとマスターが入って来て「朝食を取ろう」と言ってきます。

いつもながら絶妙なタイミングで入ってきます。覗いているのかと思うほど。

朝食は白パンと卵のオムレツ、そして果物を絞ったジュースがガラスのグラスで出てきます。


お祈りをしてから、食事を始めます。

「マスター、あの…昨日は途中から気分が悪かったので記憶が曖昧なのですが、失礼な事を言ったりしましたか?」


「僕には言ってないけど、結構街に入るのに疲れ切っていたのか少し変な事を言ってはいたけど。」


うっすらと覚えています、確かに壁を越えたいとか言った覚えがあります。


「その後、ちょっと僕が腹がったから連れまわして、それが気分が更に悪くなった原因だと思ってるから。

サーニャは昨夜ジュースしか飲まずに寝てたのは覚えてる?」


「マスターが手紙を書いてその後宿にきたところまでは。

ジュースとか飲んだ記憶が殆どないです。」


「部屋に着くと同時に倒れるように寝ていたから半日以上寝てたと思うよ。

もの凄いイビキをかきながら。」


「イビキをかいていましたか!」


淑女教育の一環でイビキをかき難い寝方等も私は学んでいます。

将来同衾する時にそのまま寝ることになるので、その時にイビキをかかない方が可愛らしく見えると教えられて、夜の寝ている間にイビキをかかないか等の指導が年数回は入っていました。

なので大イビキをかきながら寝るのは私達成人前後の女性としては恥ずかしい行為とされています。


私は恥ずかしさでそれこそ耳まで真っ赤になってうつむき加減に上目遣いにマスターを見ます。


「まぁ、実際はそんな事はなかったけどね。」


「…本当ですか?」


「本当、本当。でもそこまで恥ずかしがるのか~」


とマスターはカラカラと笑っています。

私はほっとしました。そうすると今度は怒りの感情が湧いてきます。


「マスター、言って良い冗談と悪い冗談があります。

イビキをかいていたとか、そう言う冗談は言うべきではないです。

デリカシーに欠けています。」


私は怒りながらマスターに言います。

マスターが何で怒ってるのか分かってなさそうな顔でいたので。

もしかしたら知らないのかも知れないと思いなおします。

そうして何で言ったらだめなのか、若い女性に対してどういう意味を持つのかという事を説明していきます。


「……という意味になるので気を付けてください。」


「そういう意味を持つのは知らなかった。

僕が育ったところだと、重労働とかをすると女性もイビキを普通にかいてたし、

そういうのを咎める雰囲気は全くなかったな~。

逆にイビキをかく女性は働き者という認識だったよ。」


とマスターが育った環境での話をしてくれます。


「聞いたことなかったですが…マスターは平民ですよね?」


「おう、先祖代々由緒正しき平民の出だぞ。」


平民と貴族とはこういう文化も違うのかもしれません。地域性もあるかもしれませんが。


「兎に角今後は私には冗談で言わないでく・だ・さ・い・ね!」


と強く強調しておきます。

悪気がないのは分かりましたが、それとこれとは話が別です。

嫌な事は伝えないと分からないと言われているので、素直に言っていきます。


マスターは首が壊れたかのようにコクコクコクコクと頷いています。

分かって貰えた様で一安心です。


食事が終わると、宿に荷物を置いたまま高瀬舟の川下りをしている店に行きます。

下流へ向かう荷物を積んだ高瀬舟に6~8人の人数を乗せていく安い料金の川下りの船と、

10人の人のみを乗せた川下りの船とがあります。人数がそこまで多くないのは乗客の荷物も一緒に積んでいくというのと、上流に船を持っていくときに大きすぎると引っ張るのが大変だという事です。


そして川下りの順番のチケットを買いましたが一番早いもので2日後の荷物と一緒に川を下ることになるものでした。

人のみを乗せた便だと3日後の3の鐘前出発のものです。


「早い方が良いので2日後の方がいいでのでは?」

私はマスターに言いました。


「それだと船の揺れが激しいけど大丈夫?

貨物を乗せた船は一度も乗ったことないでしょ?」


「確かに川下り自体もしたことがありませんが。

あの流れの穏やかな川を下るだけですよね?」


「人だけの船だと左右の横揺れがマシなんだが、荷物と一緒だと左右の横揺れが酷いから多分船酔いになると思う。」


「昔湖で乗った時には平気でしたよ?」


「川下りは縦揺れと横揺れの両方があるから舐めていたら船酔いで吐いて動けなくなるぞ。

悪いことは言わないから3日後の昼前の便に乗ろう。」


そう言われて3日後の乗船券を買いました。

遅れても払い戻しをして貰えないので、遅れないようにしないといけません。


「船に乗る当日の朝はジュースのみの朝食を頼んでおくからそれを飲むようにしとくとまだ良いと思うよ。」


「マスターは普通の食事を食べるのですよね?」


「サーニャに付き合って同じにするよ。僕もここでの川下りは初めてだからね。

馬車でも酔ったことがないなら大丈夫だと思うけど。」


マスターも同じ食事にしてくれるのは有難いですが、馬車は種類と乗る時間によっては気分が悪くなったこともあります。


「とりあえずお昼からこの街の名料理を食べたり、市場を見に行こう。

丸々2日の休養ができると考えればいいからね。」


「名物料理ってやっぱり魚料理ですか?」


「その通り、淡水魚ばかりだけど、近くの養殖地から毎日運んでいるそうだよ。」


これから行く店はこの街でも有名なお店らしいので並ぶことになると思うと言われました。

美味しいお店にお客が並ぶのは分かります。

お店に入るのを待つのはお料理に対する期待や、どのような味付けなのかを想像しながら待つので苦になりません。


お店に到着すると待つと言ってもそんなに並んでいませんでした。

2の鐘が少し過ぎたくらいというのもあると思います。

開店まであと半鐘は待たなければいけませんが大丈夫です。


「並んでいる人達どこかの商会の人の代わりだと思うからもっと増えると思うよ。

多分満席になることはないと思うけど。」



そうして待っていると前に並んでいたのは最初10人くらいでしたが、開店時には80人に増えていました。後ろもかなりの列になっています。


開店と同時に人がどんどん入っていきます。

私達は2人だけなので店の奥まった所の席に案内されました。


「今日は料理を食べに来ただけだったから奥まった所でも良いと思ったんだけどもっと見晴らしのいい席がよかった?」


「いいえ、衝立もあって人が傍にいないのでゆっくり食事をするにはいい場所だと思います。」


マスターが卓上のベルを鳴らしてウェイターを呼びます。

マスターがウェイトレスに今日のおススメの料理を聞いて頼んでくれています。

焼き魚のマリネサラダ、本日の魚のムニエルとアクアパッツァを頼みました。

そうして「よろしく頼むよ」と銀貨を2枚手に握らせているのが見えました。


「マスター、品数が少ないようにも感じますが大丈夫ですか?」


「夜も別の店でご飯を食べるのにここだけで動けないほど食べても良くないでしょ?

経験則だけど大体人数+1皿くらいの料理で丁度いいよ。」


「確かに夜も食べると考えてみると夜までにお腹が空く方がいいですもんね。

ところであのウェイターにお金を渡してたのは何故ですか?」


「チップだね。ここは格式ある高いお店だから店員のサービスに対するお礼みたいなもんだよ。

大衆食事処じゃない文化になるね。」


「そういうのがあるのですね。」


私はマスターと行動するまでそういう文化に触れることはありませんでした。

裕福層の平民などがやっているのでしょうか…。


「払わなくてもいいんだけど、払うと料理を早く出してくれたり色々と便宜を図ってくれるよ。」


「ここからは厨房は戦場だからね。ゆっくりと料理を待つことにしようか。」


そうして説明してくれたのは、このお店は冒険者ギルドでも紹介しているお高いレストランになり、ドレスコードはありませんが。チップが必要という事も書いてあるみたいです。

私はその絵を見たはずなのですが詳しくみていないので判りません。

私もマスターも恰好は小奇麗な服を着ているのでそんなに変だとは思いません。

色々と話を聞いていると、


薄く切った焼き魚を酢でマリネ風にしたサラダが来ました。

マスターがウェイターに取り皿に分けて貰うように言っています。


「これとムニエル、アクアパッツァで2種類ほどグラスワインを彼女用に頼みたいんだが良いのがあるかな?」

序に聞いています。


店員は少し考え込んだのち

「でしたら当店のハウスワインはどうでしょうか?価格的にはそこまで高くはないですし、今日のに合うと思われる2種類を選んでまいります。」


「ではよろしく頼むよ。」

マスターは余裕な感じで注文をしています。


「マスターってこういう所での注文の仕方が堂に入っていますね。

それに私だけワインを頼んでいましたが良いのですか?」


「僕は元々飲まないからね、折角こういうハレの場所なんだし、成人しているから少しなら大丈夫でしょ。」


そう言いながら食事を始めました。私も食べ始めます。

薄めに切った魚を焼いて酢をかけてあるだけですが、野菜と一緒に食べると丁度良い酸味となって美味しいです。


「美味しいですね。」

そう感想を言っていると2種類のグラスワインも持ってきてくれました。

グラス半分より少ないくらいのロゼと白ワインが注いであります。


「これ本当に1人で飲んでいいんですか?」


「構わないよ。食事は楽しく味わって食べるのが一番だからね。」


ムニエルもこの辺りのハーブソースが掛かっていてさっぱりとしていてそれがロゼワインに合います。

アクアパッツァも貝と野菜も一緒に煮込んであってあっさりとした味付けでこちらは白ワインと一緒に頂きました。


食べるとお腹が一杯です。少ないと思っていましたが量としては丁度よかったのかもしれません。

食べ終わってちょっと席を外して手を洗いに行きました。

もどってくるとマスターが支払いを終えていました。

私はお酒も少し飲んだので気分がよくなったまま外へ行きました。



そこからは色々珍しい香辛料などを見たり、味見をさせて貰って買い込んだりしました。

香辛料の種類ががらりと変わっているのは見ていて楽しいです。

市場の中心では吟遊詩人が恋歌を歌っていたので聞いていました。

マスターから貰っているお小遣いから少し吟遊詩人が自身の前に置いている帽子の中へ銅貨数枚を投げ入れます。


そうこうしている内に夜になり、今度は大衆食堂へ行きました。

ここでは魚と言っても魚を塩で網焼きのようにしていて、また風味が違って美味しかったです。

ここではお酒は飲みませんでした。

こうしてオリージャで楽しくご飯を食べてゆっくりと過ごして川下りの日を迎えました。

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