第9話 洗礼を受ける

宿屋へ帰ると6の鐘の前でした。

今日は早くゆっくりしようと言われて、宿屋の受付で桶2つのお湯を貰い部屋へ行きました。


気を利かせてくれているのか部屋につくとマスターは部屋を出ていきます。

その間に防具とブーツを、服を脱いでお湯で体を拭いて髪を濯ぎます。

この街に来るまでの間もそうですけど毎日お湯を使わせて貰えて体を拭けたのはかなり嬉しかったです。

クリーンの魔法も汗をかいている時何度かしてら貰いましたが、やはりさっぱり感が違います。

そうしていると外に6の鐘が聞こえてきました。


マスターも部屋に入ってきて防具を外して服を脱いで体を拭いています。

というか私がいるのに躊躇なく真っ裸になって体を拭くのはどうかと思います。

そういうのを気にしない人なのだろうとは思いますが。私が意識過剰なのでしょうか?

見た目だけなら素早く動いたり斥候が得意なようには見えないなぁ・・・。

失礼かもしれませんがそう見えます。

人は見た目によらないというのを思い知ります。


ちょっとぼ~っとしていると体を拭き終わったのか桶2つを持って食事に行こうと言われ食堂に降りて食事を頼みます。

別料金を払うと料理を変更できますが、そうでない場合は宿泊客の食事は決まったもののようです。

多く作る方が楽だからでしょうね。

黒パンとジャッカロープのソテーと野菜のスープが出てきます。

お祈りをして食事をいただきます。

いつもと同じような食事です、ソテーは香草を使っているのか口の中で香る感じがします。

フォークしかないのでスープは器から直接のみます。ここ数ヵ月ですっかり慣れました。

食事の間は先ほどマスターが部屋に居なかった間に色々この街の事を聞いていたようで、聞いた内容や気を付ける点を教えてくれました。

そうして食事が済むと部屋に戻りました。


部屋に戻ると明日からの予定を擦り合わせしようと言われました。

明日、私は2の鐘までにシャンラール神殿に行けば良いと言われました。

そして明日からはシャンラールで寝泊まりして信者としての洗礼を受けるまで奉仕活動をする旨を言われます。

どの女神の神殿でも信者として洗礼を受けると洗礼名を女神様から頂きます。

頭の中に不思議な声がして洗礼名が聞こえるのです。

それを名前に入れて名乗ることになるので、お金持ちや王侯貴族、信心深い人は自分の信仰する女神様の信者になっています。

その際に神殿に寝泊まりし、食事をとり、奉仕活動をします。

身の回りの支度も自分でして、大体4~6人部屋で過ごします。

特に多人数の部屋で過ごすというのがお金持ちや身分のある人たちには不評ですが、何千年も続いている伝統です。

我儘の矯正と神の元では全て須らく平等であるということを学ぶ機会になっています。

奉仕期間は3週間くらいで信者と女神様から認められ名を授かりますが、

長い人だと2年程信者と認定されなかったことがあると聞いています。

私はフォンリール神殿で一度経験しているので勝手がわかります。各神殿でそこまで差がある話は聞いたことがありません。


私は明日からの予定について了承しました。

逆にマスターは明日から何をするのか聞いてみました。

「明日からサーニャの洗礼が終わるまでの3週間ほど冒険者ギルドの依頼をこなしながら適当に過ごしてるよ。

2週間は街を不在にする感じかな。その後は街に滞在している予定だね。

明日送って行った時に洗礼式の予定を聞いておくよ。

1人でも洗礼式をして貰えるように寄進の額は多くしておくつもり。

装備品は一旦預かるつもりだけど問題ない?」


「問題ないです。予定もわかりました。」

私はつつがなく奉仕活動をおえるのが求められていることですね。

よしっと気合を入れます。

マスターは話を終わると武器と防具の手入れを始めました。

私は手入れの仕方がわからないので作業を見ていました。

その内自分で出来る様になった方がいいと思います、なのでマスターに聞いて自分の防具の汚れを拭いてワックスを薄く塗る作業をさせて貰いました。

細かい部分までやるので結構難しいです。ですが自分達の命を守るものなので適当にはできません。

時々マスターが教えてくれます。

毎日は大変だと思いました。ですが知っただけでもかなり価値があります。


作業が終わって手をクリーンで洗って貰い、寝る段になって恐々マスターに尋ねます。

10日程前に「覚悟を決めておいて」と言われたことを

「あの……マスター…今日から…ですよね?…」

私は顔が恥ずかしさで火照ってくるのを感じながら聞きます。


「ん?…ん?あぁ~」っと間の抜けたような声を上げ。

「無理やりとかそういうのは良くないし、神名契約終了後でいいよ。

サーニャから誘って貰うのを楽しみにしてるぞ。」

と笑っています。


笑いごとではないのですが…。

私が困った顔をしていると

「でも元々はサーニャが悪い。」

そう言われて私は目を白黒させます。

悪いと言われも何が悪いのか訳が分かりません。

「でもあの状況ではマスターからの要求は断れないと思います。」

私は声が尻すぼみになっていきますが反論します。

立場的にはマスターから見たら私は奴隷のはずです。

奴隷契約は解除されていますが、呪紋を刻まれているので立場は一緒だと思います。

「奴隷は主人が言ったことに逆らったら激痛がはしるので、要求を断れないと思います。」


「あれ?…あの時って奴隷契約も解除してたから断れたでしょ?」

そう聞かれます。

なんだかマスターと私の認識が違うようです。

「マスターは奴隷契約をしている人間が制約を受けている場合などは命令を断れないことはご存じですよね?」


「うん、それは読んだから知ってる」


「私は神名契約で依頼をマスターにしていますが、普通なら奴隷が主人に要求をすることは有り得ないこととされています。

マスターは私の要求を受け入れてくれましたが、普通は無いことだと思っていますし立場的には私はマスターの奴隷だと思っています。

なので自害しろなどの無茶苦茶な命令以外はマスターの命令には逆らわないです。」

そう言います。


「何だって!そうなの?」


「マスターは以前奴隷を所持されたことは…ないのですか?」


「ないね、知識として知っていただけ。」

どうも私とマスターで認識がかなり食い違っていたようです。

私はマスターと認識が違う部分をマスターの反応を見ながら説明していきます。

「………っという感じです。これで言っていた意味が判って頂けたかと思います。」


「なるほど…。言葉も敬語だとずっと思っていたけどそういうのもあったのか…。」

そう言って今度はマスターが想定していたことを説明して貰いました。

マスターが最初に裸だの色々言ってたのは交渉術だったということが分かりました。

最初に相手に明らかに拒絶されるであろう内容を要求して、断られたところに自分が思っている小さな要求をして相手に言い、

最初の要求よりもマシだと思わせて要求を通すテクニックだと言っていました。

ドアインザフェイスというらしいです。

私は初めて聞きました。

「多分各国の外交を担当している家系の人は経験則か口伝で伝わっていると思うよ」

なんでそういう人達が使う高度なテクニックを使おうと思ったのでしょうか?

そちらが少し気になります。

さらにヒッペアストルムに着くまで毎日脚を見ていたのも足の裏にマメが出来てないか。衣擦れなどが出来てないかの確認のためにしていたことを教えて貰いました。

私はマッサージはきっちりしていると思いましたが別の邪な目的もあるのだと思ってました。

そう思っていたことをマスターに言うと表情が抜け落ちた顔をしていました。

マスターからしたら完全に善意でやってたのが、私が拒めないのを良いことに太ももを触ったりする口実だと思われてたのなら気持ちは分かります。

そうしてる内に8の鐘がなりました。

そろそろ寝ようとしましたが、先ほどのショックを受けて落ち込んでいたマスターに対して罪悪感があるので。

前に約束していたので服を脱いで共寝をしました。


次の日の朝は1の鐘が鳴ってすぐに起こされました。

いつも思いますが、起きて動いたりすると気配がするはずなのですが、全く感じません。

用意してくれていた水で顔を洗い身だしなみを整えます。

マスターが私が神殿で過ごすための着替えを背負い袋に入れていました。

「1週間分の着替えは入れてあるから。自分で洗濯するだろうし石鹸も入れてるよ。」

マスターが用意してくれた品が足りるか自分でも確認をします。

そしてもしもの時の為にと小袋に入れたお金を渡されました。

無くさないようにギルドカードと一緒に背負い袋の2重底になってる部分にいれておきます。

用意ができたらすぐに食堂へ降りました。

でも食堂は朝の出発前なのか込んでいます。

「こっちだ」と言われてカウンターの方へ手を引かれていきました。

カウンターでチェックアウトを済ませるときに中に肉や葉野菜を挟んだパンを2つ受け取りました。


シャンラール神殿へマスターと一緒に向かいながら歩き食いをします。

歩きながら食べることはなかったので新鮮です。

食べ終わってから少し歩く速度を上げて神殿へ向かいました。



シャンラール神殿に着いて入り口にいる神女見習いに声をかけて、要件を告げます。

そうすると浄財を寄進する場所に案内されました。

担当の神男しんだんにマスターが小袋に分けていた浄財を渡しています。

冒険者ギルドカードを見せて本日から奉仕活動をする旨を伝えると、リストを確認して承っていますと言われました。

そして鈴を鳴らして別の神女を呼んで部屋への案内と着替えが終わってから行く場所への説明を依頼していました。

マスターが「神殿内は安全だと思うけど気を付けて」と言ってから「3週間後の洗礼式に迎えにくる」と言ってひょうひょうとした足取りで神殿の入り口へ向かって歩いていきました。

話が終わったのを確認してから神女が「こちらへ来てください」と言われて付いて行き、着替えが終わったらこの中庭へ来てくださいと言われてから部屋に案内されました。

部屋は4人部屋でしたが、神女から奉仕活動をする受ける人がいないので1人で使ってくださいと言われました。

神殿内は底が皮で出来た布の靴なので、それに履き替えて、来ていたものを簡単に畳んで背負いバックに入れます。

そして神女見習いと同じ服装に着替えました。

頭からかぶる様にして着るロングワンピースでシャンラール神殿の紅色を基調としています。


準備が終わると中庭へ小走りで向かいました。

フォンリール神殿ではこの後神殿内の簡単な案内があった後教育係の神女見習いが付付きました。

中庭に着くと先ほど案内してくれた神女がちょうど向かってきているところでした。

そうして予想通り神殿内の簡単な案内を受けます。と言っても見習いと同じ階級で出入り禁止の区域と男性棟へ続く通路など行ってはいけない場所を覚えるように言われました。

そうして今日から担当してくれる神女見習いのニーナさんを紹介されました。

ニーナさんから3の鐘まで一緒にシーツを洗うように言われました。

そうしてシーツを洗い、ニーナさんと一緒にシーツを干します。

そこまで多くない量だったので3の鐘の前に終わりました。

「少し早いけど」と昼食とる食堂へ案内され昼食を食べます。

お昼は麦の野菜のミルク粥とベーコン3枚でした。量は結構あります。

そこでもニーナさんに色々話しかけてみましたが、ニーナさんは必要な時以外はあまり会話をされない方みたいです。

午後からは神殿内の拭き掃除をして清めを行います。

基本的に女性が室内と通路、男性が外壁や屋根などを清める分担になっています。

高い位置はニーナさんと2人で階段を持ってきて拭いて行きました。

私も黙々と言われた作業をこなし、1日目が終了しました。


フォンリール神殿と作業内容自体は変わりないようです。

ただ夜に体を清めるための水が冷たかったです。

最近ずっとお湯を使わせて貰っていたので忘れていましたが普通はお水で拭くものでした。少しマスターの優しさを感じました。


2日目から神殿の生活が本格的に始まります。

とは言っても1の鐘の前に担当者が小さいの銅鑼を叩きながら女性棟を回り起床を促します。

その銅鑼で起きて身だしなみを整え朝食の前に、おまるの中をスライム窟に捨てます。

そうしておまるも洗います。

この作業は主に見習いの作業になります。

ですが司祭などになっても神に仕える者は平等であるとのことから半年に1回はこの作業をします。


スライム窟ですがゴミや不浄などを捨てる場所になります。

中にスライムが居て中に入れたものを綺麗に消化してくれます。

スライムは魔物や魔獣に分類されません。役に立つ生物という認識を皆持っています。増えすぎないように定期的に間引きも行われています。

人口が多い街と言われる場所には必ずある施設になります。

区画ごとに利用するスライム窟の位置が決まっていてそれ以外の場所に捨てるのは犯罪になります。


この作業が人によっては出来なくて奉仕活動の期間が長くなる原因です。

私は前にもやったことがあるので慣れています。

それ以外の作業は殆ど毎日やることが同じになります。

ノーラリール神殿から雨の日が事前に知らされているので、

その日は洗濯をしない代わりに、シャンラール様の聖句を覚えます。

聖句の載っている本は食堂にありそこで全員で復唱しながら唱えます。

読みたければ夕食後にも自由に読むことが出来ます。

フォンリール様の聖句と一部が違うくらいで大まかな部分は一緒です。

なので違うところを覚えなおしていきます。

これを洗礼式の時にきっちりと唱えることが信者として認められる為に必要な条件の1つです。


雨の次の日は洗濯が多いので大変です。

出来るだけ手早く洗っていき、3の鐘までに干せば6の鐘前に洗濯したシーツは乾いているので取り込めます。


そうして神殿での日々を過ごしていきます。

ニーナさんとの関係は相変わらずですが、順調です。

最低限の会話しか成り立たないですが順調です。本当に



そうして3週間過ぎました。

正確には3週間より1日早いですが、他の方が洗礼式を行うので一緒にするように勧められました。

私は日程がずれたけどマスターは迎えに来てくれるのかちょっと心配になります。

でも予定では2週間ほどで街に帰ってきて滞在すると言われていたので大丈夫だと前向きに考えます。

神殿で朝の作業を終わらせて、指導役だったニーナさんにお礼を言いました。

「寂しくなるね」と言っていたのでニーナさんとはいい関係だったのかもしれません。



洗礼式を行うので神殿の大聖堂に行きます。

私の他に5人の方が同時に洗礼式を行うようです。

儀式としては全員で最初女神シャンラールを称える歌を皆で歌い。

その後聖句を全員で唱和します。

その後祭壇へ1人1人行きシャンラール様へお祈りをして信者と認められれば洗礼名が頭の中へ聞こえます。

聞こえなければ次の洗礼式までまた奉仕活動をします。

日々の奉仕を真面目にしていれば信者になれないことはないです。


シャンラール様への歌を歌い、聖句を唱和します。

私は一番最後に祭壇へ行く順番です。

1人目娘が緊張した面持ちで祭壇へ行きお祈りを捧げます。

そうすると洗礼名を流石ったのか笑顔で司祭様に報告をしています。

2人目、3人目と順調に進んでいましたが、4人目の男性は聞こえなかったのかお祈りが終わって少したってからキョロキョロと周りを見ています。

司祭様が「残念ですが、神への奉仕が足りなかったようです。」と言っています。

最後は私です。

前の方が信者になれなかったので少し緊張して臨みます。

元々フォンリール様の信者なのでもしかすると洗礼名を貰えないかもしれません。


私は覚悟を決めて祭壇へ向かいました。そうして膝まづいてお祈りをします…。

何も聞こえてきません。

フォンリール様の時は「貴方の洗礼名はマリアですよ」との声が聞こえてきたのですが。

私はやっぱりダメだったのかなと思い目を開けて先ほどの男の人と同じようにキョロキョロと周りを見回しました。

そうすると時が止まったように皆動いていません。

私が不思議に思っていると声が聞こえてきました。


「私の可愛い信者であるマリア、ごめんなさいね。

貴方には過酷だと思える人生を歩ませてしまっていますね。

ですがあの者はどこか壊れていて危ういのです、貴方が寄り添って癒してあげて欲しいの。

それでねシャンラールとも話して貴方にカルミアの名を与えます。

この名の元に幸多くあるよう、選択を間違わないようにね。

そうそう貴方の運命に悪戯したノーラリールは私たちがきっちりとお仕置してきましたからね。」


聞き間違いでなければフォンリール様からの言葉だと思います。

マリアとフォンリール様から貰った名前を言っていましたし。

私はビックリして固まっていると司祭様が声をかけてきました。

「どうしました?シャンラール様のお声が聞こえませんでした?」

私は立ち上がって司祭様に近づき

「いいえ、新しくカルミアの名を授かりました。」

「それはおめでとうございます。これからも日々シャンラール様へ感謝をして生活してください。」

司祭様は優しい良い笑顔で言います。

「それでは今回の洗礼式はこれで終了します。」

そう大きな声で言いました。

洗礼式は大聖堂で行うため見学者がいるのです。

「信者になった方は部屋へ戻って着替えて、神殿の服を返しておいてください。」

そう言って司祭様は先に退出しました。

私は夢うつつで皆と一緒に退出しようと歩いていると教会関係者の出入り口で肩を叩かれました。

振り返るとマスターでした、「ここで待ってるから」と一言言われました。

私は頭を切り替えて先ほどの声を思い出してみます。

あの者っていうのはマスターのことなのでしょうか?

選択を間違わないようにとはどういう意味なのでしょう?

一旦この事は後回しにしてマスターと合流するのが良いでしょう。

そう思い部屋に戻って神殿に来た時の服装に着替え、借り物である神殿の衣装をたたみ靴と一緒に持って返しにいきます。

返しにいくと担当の神女が衣装を受け取り、「おめでとう」と言ってスカプラリオを渡してくれます。

頭を通す穴が開いている長い布のタイプで、シャンラール様の赤色です。

信者以上はスカプラリオを礼拝の時などに着用することができます。

助祭、司祭、司教と位が上がるごとに刺繍を施し見た目が華やかになります。

スカプラリオを受け取り神殿でやることなどは全て終わりました。


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