彼奴の最後

 ここは学校最寄りの駅のホームの一番端。

 電車が一番最初にホームに侵入してくる場所だ。

 予算の関係なのか、いまだにホームドアが設置されていない。

 俺にとっては都合がいい。

 「ねえ、大丈夫なの?」

 さっきまで学校の講堂の舞台の上で彼奴の隣にいて、俺の浮気を彼奴と一緒に断罪するための芝居をしようとしていた俺の恋人が今ここにいる。

 俺の唯一の共犯者。

 でも、だからと言って計画の内容まで深くは知らない。

 彼女も俺の被害者でなければいけないから……。

 散々に肉体関係を強要し、暴力も振るって言うことをく聞く奴隷……。

 そうなるようにしたんだけどなぁ……。

 まさか、ここまで俺のことを信用してくれるとは、人の心とは難解だ。

 だからこそ彼女は被害者でなければならないんだが……。

 「……、早く帰れよ、ここにいると危ないぞ」

 「貴方が心配なのよ。これで復讐は終わるわ。あの一件に係わった男達十五人は今度は世間から、いえ世界中から断罪されるわ。口裏を合わせて事件を無かったことにしたその両親達や大人達と共にね」

 「……」

 ホームに駅職員のアナウンスが響き渡る。

 『まもなく一番線に〇〇行快速電車がまいります。危険ですので黄色い線の内側でお待ちください』

 『まもなく二番線に通過列車がまいります。危険ですので黄色い線の内側までお下がりください』

 プルルル、プルルル……。

 俺のスマートフォンに着信だ。

 ポケットから出し、相手を確認すると彼奴の妹の親友からだ。

 「あの、もしもし、先輩ですか?今あの人が凄い形相でホームに駆け上がっていきました」

 「そ、連絡ご苦労様。もう家に帰りな」

 そう言って通話を切るとスマートフォンをポケットにしまう。

 「彼奴が来たってよ。彼奴に見つかったら面倒なことになるから早く姿を消せよ」

 「分かった……」

 恋人が何かを言おうとしたが、俯き人ごみの中に紛れて姿を消す。

 「ハァ、ハァ、ハァ、てめぇ、やってくれたな!あの動画、どこで手にいれた!あれは俺しか知らないところに隠しておいたものだぞ。あれがありゃあ、俺のやりたい放題に連中やその家族を動かせるってのによ」

 やっぱりな。

 あの動画を隠し持ってたのは、事件が発覚するのを恐れたのではなく、あの映像に映っている連中を脅すためだったか。

 調べていくうちに、此奴が共犯の連中の妹や姉、親族の女性にまで手を出してたからな。

 しかも、手を出された女性たちは共犯全員の相手にさせられているってんだから、連中も人間をやめてるよな……。

 こいつはそれら以上に人間じゃない。人間の皮をかぶった悪魔だよ。

 「フン、それで?苦情は受け付けねよ。自業自得だろうが!」

 「てめえ、ぶっ殺してやる」

 そう言って彼奴は制服の内ポケットからナイフを取り出し襲い掛かってくる。

 余程頭にきているのか、冷静な判断ができていない。

 まあ、そうなる様に仕向けたんだが、公共の場でナイフを出した段階で終わってる。

 周りの人間たちから悲鳴が上がる。

 襲い掛かってくる彼奴のナイフを躱しながら、俺は体の位置を徐々に変えて、ホームと線路の境に立つ。

 まあ、これから俺がやろうとしていることは、彼奴にとっては一種の救いなのかもしれないが……。

 死ぬつもりはないが運が悪ければ、共に電車に轢かれて地獄へ行ってやるさ。

 「死ねや!」

 彼奴がナイフを振りかぶり、俺に突っ込んでくる。

 彼奴との距離を確かめて、ホームに近づいてくる快速電車を確認する。

 本当に俺は運がいい。

 タイミングはバッチリだ。

 ナイフを避け、彼奴の耳元で囁く。

 「じゃあな、死ね」

 彼奴がこちらに驚愕の顔を向ける。

 彼奴の体は勢いよくホームから快速電車がホームに入ろうとする線路上へと飛び出していく。

 先ほどとは、違った悲鳴が響き渡り、快速電車の警笛が鳴り響く。

 快速電車が急停車する金切り音が響き渡る中、彼奴の体が快速電車にぶつかり跳ね飛ばされ、反対側の線路上に落ちる。

 線路上に横たわる彼奴に、通過電車が急ブレーキを掛けるも走り抜ける。

 彼奴の電車にぶつかる際の恐怖に染まった顔も五体がバラバラになるその様子も俺は見ていない。

 見る必要もない。

 俺はゆっくりとその場を離れ、夕暮れに染まる街の雑踏の中に姿を消した。

 

 

 

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