04 要請だろう

 短い会合を済ませたあとジョリスが最後に部屋を出ると、そこでサレーヒが待っていた。

「ご命令がない場合はどうすべきか。貴殿は先ほど、そう言おうとしただろう」

「お判りか」

「判るとも」

 サレーヒは肩をすくめた。

「そして答えも判ってるはずだな、白光の騎士

「よしていただきたい」

 ジョリスは顔をしかめた。

「私たちは、同じナイリアンの騎士だ」

「そう言えるのは貴殿が白光位にいるからだが、まあ、その話はよすとしよう」

 最年長の下位騎士は手を振った。

「ご命令がなければ、我々は待機するしかない。よくお判りのはずだな、ジョリス殿」

「サレーヒ殿」

 ジョリスは騎士の仲間をじっと見た。

「言ったように、陛下には全てお話しをした。急を要する事態だと、すぐさま事実関係を調べ上げ、陛下の名において討伐をご命令くださるよう、出すぎていることを承知で進言した」

「何と」

 少し驚いたようにサレーヒは目をぱちくりとさせた。

 もっとも、忠誠を誓うということは、ただ目を閉じてひざまずいていればよいというものでもない。自らの信じるところに従って意見を申し述べ、時には主の誤りを正すのも忠臣の務めだ。

「それで、レスダール陛下はどのように仰ったのだ」

「……この件についてはキンロップ祭司長とコルシェント術師に任す、と」

「何と」

 サレーヒはまた言ったが、今度は先ほどよりも驚いた顔を見せた。

「いったい何ゆえであろうか。失礼ながら、決して親密とは言えぬおふたりだが……」

 彼は言葉を濁した。

 ナイリアン八大神殿クラキルの最高位である祭司長カーザナ・キンロップと、魔術師協会リート・ディル大魔術師ヴィントと呼ばれる地位にある宮廷魔術師リヤン・コルシェントは、ともに王城に上がる勤めを持っている。

 神官アスファ魔術師リートは概して、仲がよくない。神官は神に祈って神力と呼ばれる力を得るが、魔術師の魔力は生得のものだ。そこが主に軋轢のはじまりだと言われている。

 キンロップとコルシェントは面と向かって言い合いなどはしないものの、決して互いを好いてはいなかった。キンロップはあくまでも神に仕えるとしており、コルシェントは王に忠誠を誓っているものの魔術師協会への義務も怠っていない、そのことが互いに気に入らないということもあるようだった。

「どちらかに、という訳にもいかぬのであろう」

「それも判るが、我々に任せてくださらぬというのはいったい」

「我らの力では解決しようのない事態、とご判断なさったのやもしれぬ」

「『黒騎士』が魔術の力を得ている、と?」

 あれだけ派手な真似をしておきながらその手がかりが一切ない。そこには尋常ならざる力が働いているのではないか、ということは魔術に詳しくない者でも想像のつくことだった。

「だがそうだとしても、失礼ながら祭司長と宮廷魔術師殿に何ができる? おふた方が直々に出向いて調査をなさるのでもあればともかく、そうはいかないだろう」

 出向くのは結局兵士である。サレーヒはそのようなことを言った。

「あの方々は『権力者』だ。所詮……と言っては語弊もあろうが」

 年嵩の騎士は肩をすくめた。

「いや、相手が貴殿であるからして誤解を怖れずに言おう、ジョリス殿。彼らは権力を競い合った結果、時に王陛下までもしのぐ力を持つことになった。この件を彼らに任せるというのは、王陛下のご判断と言うよりはむしろ」

「サレーヒ殿」

 ジョリスは片手を上げて彼の言葉を制した。

「それ以上は」

「すまない」

 判った、とサレーヒは降参するように両手を上げた。

「おふた方が直接出向かれるということはないにしても、神官や魔術師を派遣することは可能であるはず」

「そうかな」

 サレーヒは懐疑的だった。

「彼らの神殿や協会にはそうした力がある。だが彼ら自身は、各神官や魔術師の上官ではない」

「確かにその通りだ。しかしそうしようと思えば、おふた方には可能だ」

「そうしようと思えば、な」

 胡乱そうに〈赤銅の騎士〉は繰り返した。

「彼らがこれまでにそうしたことがあったかな?」

「……いや」

 ジョリスも認めない訳にはいかなかった。

「おふたりとも、神殿や協会は王家のために存在するのではないという姿勢だ」

「判っているのではないか」

「しかし此度の件は、王家の命令というような問題ではない。力ある者たちが尽力して解決に当たるべきことではないか」

「私はそう思う。貴殿もだ。だが彼らは」

 どうかなとサレーヒはまた言った。

「――黒騎士が本当に、何らかの不思議な力を持っているのなら」

 〈白光の騎士〉はそれ以上、危うい話題に触れるのを避けた。

「最悪でも、派遣される兵には守護符の類が持たされるだろう」

「そう聞いたのか?」

「確認しておこう」

 考えるようにジョリスが言えば、サレーヒは片眉を上げた。

「確認? 要請だろう? おふた方に煙たく思われることは間違いないな」

「サレーヒ殿」

「すまない。だが、本当のことだ」

 年長の騎士は肩をすくめた。

 祭司長と宮廷魔術師は城内の実力者の座を争っているが、そこにいつ〈白光の騎士〉が加わるかと警戒している。ジョリスが自らのを越えることは――忠言、進言の類以外では――まずないが、もしも彼が権限を欲すれば容易に手に入れられる位置にいる。そして人々も彼を支持するだろう。

 いくらジョリスがその気はないと言っても、いや、そうした人物だからこそ人望は高く、ひと声を上げれば彼について行く者は多い。

 だからこそ城内の二大実力者はジョリスを煙たく思っている、というのがサレーヒの言だった。ましてや彼らの行動に意見など述べれば。

「しかし本当にただ任せきりにはできない。おふた方を信頼しないのではないが、殊、国内の警備や巡回任務については我々がよく把握しているのだからな」

「余計な口出しはしない方がいいと思うが」

 渋面を作ってサレーヒは言った。ジョリスも似たような表情を浮かべた。

「『余計』とは思わぬ、サレーヒ殿」

「……確かに、そうだ」

 サレーヒは謝罪の仕草をした。

 彼らの国で起きていること。守るべき民たちが恐怖に打ち震え、未来ある子供たちが命を奪われているのだ。

「ご指示がないことは、即ち禁止でもない。私は独自に調査をして、おふた方にお知らせしたいと思っている」

「ううん」

 「余計なこと」では、と言えずにサレーヒはうなった。

「目撃した者にもう一度詳しく話を聞き、件の剣士の行動に何か統一性がないか、次に現れる場所を予測できないか、そうしたことを考えてみるつもりだ。何であれ、判明すればキンロップ殿、コルシェント殿、両者にお伝えする。私が彼らを出し抜くつもりではないと知ってもらえるだろう」

「どうだろうか」

 胡乱そうにサレーヒは首を振った。

「おふた方のどちらも、自分にだけ知らせてほしいと思うんじゃないか」

「それはできない」

「だからだ、ジョリス殿。だからだよ」

 年嵩の騎士は息を吐いた。

「彼らは貴殿の台頭だけを怖れている訳じゃない。相手につかれたら困るとも思っておいでだ」

「そのようなつもりはない。私は、おふた方にと」

「その公正で真っ当なところが、彼らの気に食わんのだ。もっとも」

 サレーヒはにやりと笑った。

「ジョリス殿から公正さと真っ当さを除いたら、何も残らんかもしれんがな」

 友人の親愛ある皮肉に、ジョリスは笑いを返した。

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