03 騎士たち

 ナイリアンの騎士は現在、七名が在籍していた。

 白光にひとり、青銀が不在、赤銅、黄輪にそれぞれ三名ずつ。彼らにはそれぞれ三十名の軍兵セレキアが直属の部下としてつくことになっており、白光小隊、などと通称されるが、ほとんど形式上だ。有事の際には直接率いることになっているが、普段は騎士が小隊と行動することはあまりない。普段それらはほかの小隊と区別なく訓練や巡回警備に当たっており、月に一度、騎士と顔合わせをする程度だった。

 騎士は王から直接の命令を受けて特殊な任務に就くほかは、彼ら自身の判断による単独行動を許されている。ただ何であれ、実際には騎士たちの間で相談し、最上位の騎士が王に事前の連絡をしてからということになる。

 ジョリスが六名の騎士たちを呼んだのは、何かそうした「相談」があるということであった。

 赤銅のサレーヒ、マロナ、シザード、黄輪のパニアウッド、ノイシャンタ、ホルコスが揃うとジョリスは早速「黒騎士」の話をはじめた。

 彼らもみな、その噂は耳にしていた。

 遡ればそれはおよそ十月ほど前、ナイリアン国の東――首都ナイリアールから〈はじまりの湖〉エクール湖の間にある村々が被害に遭ったと言う。

 夜闇に溶け込むような黒甲冑の剣士が、十歳から成人前後の少年少女を拉致し、殺害した。気の毒な子供たちは衣服を切り裂かれ、のどを切り裂かれて、村の近くに捨てられていた。

 性的な乱暴をされた様子はなかったものの、そうしたことも連想させられる我が子の最期に、親たちは嘆きを通り越して怒り、半狂乱になった。

 当初は付近に巣食っていた山賊イネファの仕業と思われ、街道警備兵たちはその掃討に躍起になったが、街道が安全になっても子供たちの犠牲は続いた。

 黒い剣士はやがてナイリアンのあちこちに現れるようになり、同じ恐怖と哀しみと怒りを人々に振りまいた。

 いまでは、隣人を疑うことをしない郊外の町村でも、夜になると鍵をかけて家のなかに立て籠もるようにし、怖ろしい「黒騎士」がやってこないよう神に祈って朝を待つのだとか。

「――『黒騎士』は神出鬼没だ。町憲兵隊レドキアータや周辺の駐屯部隊の追跡も逃れているとなれば、ただの狂人でもない」

 しばらくはそれらが一連の事件だと思われていなかったが、それでも被害を知った兵士たちは憤りや正義感でもって下手人を探したはずだ。だが、黒衣の剣士の行方は杳として知れなかった。

 昼にはその衣は目立つであろうが、着替えてしまえば判りはしない。「黒衣の不審人物」を探したところで見つかることはない。兵士たちもそのことには気づいており、必ずしも黒衣の人物だけを探しはしなかったものの、判っている特徴は「黒衣」だけというのも事実。無闇に旅人を端から捕らえたような隊もあったが、その間にまた違う被害が出るという始末だった。

「それにしても、国中で噂が聞かれる点が気になる。本当にひとりなのか?」

「夜陰に乗じて子供を斬り殺すような人間が、このナイリアンに何人もいるとは思えない」

「それにしても……黒鎧の騎士とは」

 〈赤銅の騎士〉サレーヒ・ネレストが灰色の髪をかき上げて呟いた。

「嫌なことを思い出させるものだ」

「嫌なこと、とは?」

 若い騎士が問うた。

「ああ、そうか。貴殿らはあまり聞いたことがなさそうだな」

 赤銅、黄輪の騎士たちのほとんどはまだ若く、三十年ほど前の反乱を経験してはいなかった。ジョリスは生まれていたものの、まだ母のそばを離れられないくらいの幼子であった。四十の半ばを迎える最年長のサレーヒだけが当事を記憶していた。

「三十年前のあの日まで、ナイリアンの騎士位は五つ存在したのだ」

 サレーヒが言えば、幾人かが思い出したように「あっ」と小さく声を発した。

そうだアレイス。五つ目、いや、二つ目の位を漆黒と言った」

 かつて騎士の内訳は白光と漆黒にひとりずつ、青銀、赤銅、黄輪にふたりずつというものだった。サレーヒはあらためてざっと説明した。

「漆黒……それは、裏切りの騎士が就いていた位ですね」

 赤銅位の若手シザードが問うた。

「ああ」

 年嵩の騎士は神に祈る仕草をした。

「裏切りの騎士ヴィレドーン……あの日以来、あの男について語ることはナイリアンの禁忌のようになっている。だが貴殿らは記憶しておく方がいいだろう」

 三十年前の反乱は、人々の信頼を受けていた漆黒の騎士ヴィレドーンが何の前触れもなく仲間たる白光の騎士ファローを斬り殺したことにはじまった。ヴィレドーンはそのまま時の王イセスタンをも殺害し、傭兵やならず者で構成された彼の兵団を引き込もうとした。

 ヴィレドーンは悪魔ゾッフルと契約し、ナイリアンを我が物にしようと企んだ。騎士と呼ばれ、そのときまで高潔な人物であることを疑われていなかったヴィレドーンの凶行に、ナイリアンは暗く沈んだ。

「あのとき、アバスターがいなかったら」

 サレーヒは息を吐いた。

「ナイリアンは今日のような平和を迎えてはいられなかっただろう」

 若い騎士たちは神妙に聞いていた。

 アバスターの名は、ナイリアン国に暮らす者なら誰でも知っている。

 彼は騎士ではなかったが、ナイリアンの守り手だった。

 ナイリアン史上最強の剣士と謳われる、英雄的存在。いや、英雄だと言い切っても誰も反対しない。わずか三十年ほど前の人物でありながら、アバスターは神代かみよの勇者たちのように神々しく語られた。

 英雄アバスターが裏切り者を討ち取り、ナイリアン国を守った。それはあまりにも有名な話だったが、裏切り者の名や地位が詳しく語られることはなかった。ヴィレドーンはただ「裏切りの騎士」とだけ呼ばれていた。名を呼べば不吉だという迷信が加わったためもあるが、多くは人々がその名を嫌悪したからだ。

 アバスターの冒険譚はいまでも数多く語られ歌われており、裏切りの騎士を退治して国を守ったという最後の大きな活躍も実に有名だ。だが、そこに「漆黒のヴィレドーン」という言葉は出てこないのである。

「確かに、黒騎士という言葉は〈漆黒の騎士〉を連想させる」

 ジョリスは静かに同意した。

「そのことも、気にかかっている」

「ヴィレドーンはアバスターによって退治されたが、残されたアバスターの宝のことがあるからな」

 サレーヒは声をひそめた。

「まさか……ヴィレドーンが」

「言われるな、サレーヒ殿」

 ジョリスは片手を上げた。

「口にすれば返る、などと言う」

「いや、だが、まさか」

 自分で言っておきながら、サレーヒは手を振って笑った。

「三十年も前に斬り殺された人間が、いまさら化けて出てくることもなかろう」

「サレーヒ殿」

 こほん、と黄輪の騎士のひとりにして最年少のホルコスが咳払いをした。

「化けるの何のと、少し不謹慎では?」

「ああ、申し訳なかった」

 十五歳ほど年下の若者に言われても腹を立てることなく、サレーヒは謝罪の仕草をした。

「しかし、この噂をどうなさる? ジョリス殿」

 それから改めてサレーヒは尋ねた。

陛下ダナンには全てお話ししてある」

 白光の騎士は答えた。

「討伐の命が我々に下れば、無論、いつなりと動くが……」

 そこで彼は言葉を濁した。赤銅と黄輪の六人は黙って待った。

「――ときには、どうすべきなのか」

「……何ですか?」

 誰もその呟きを聞き取れず、遠慮がちにホルコスが尋ねた。

「いや」

 何でもない、とジョリスは首を振った。

「とにかく、黒騎士のことを心にとめておいてほしい。一日でも早く解決すべき事態だ。ご命令が下ればその瞬間から動けるように」

 簡潔だが重要な指針に、ナイリアンの騎士たちは揃ってうなずいた。

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