33「決着」

山の入口に着いた夏也と貢と桜。

ここへの道のりには、立ち入り禁止の看板にカラーコーンとコーンバーが置かれていたが、山川が待っていて入れてくれた。

警察には、調査の為と説明し、許可を得ていた。


そこからは、GPSが通じなかった。

この山は、電子関係が狂う磁場になっていた。

証拠として、スマートフォンが圏外で通じなく、方位磁石もクルクル回っている。

だが、貢の会社が開発したGPSだけは機能していた。

それは、この山に入った時から桜が夏也のGPSの指輪を触っているからだ。

案内をしてくれていると、感じた。


山は、車で行ける範囲が限られていた。


「ここからは、もう、車で走らせるのは無理だ。」


貢が言うと、夏也は車から降りた。

春樹がいる場所は、もう目の前まで来ていた。

そう、目の前には、石で出来た建物があった。


よく、山の中に昔から何故かある木製で作られた祠だが、今見えるのは石で作られている建物だ。

石は、綺麗に積み重ねられており、城の石垣、ピラミッド、レンガを想像させる。

中は光が届かないと想像した。


夏也は、十分に装備をした。

服装は、ポケットが何個もある服とズボンだ。

ポケットには、ナイフ、懐中電灯、防護マスク、ウェットティッシュ、食料、水を入れていた。


貢は、車を停めて、桜を抱っこした。


「では、行ってきます。」


貢と桜に、夏也は微笑むと、石で作られた建物に入って行く。

その姿を見守ると、桜は貢の腕で寝てしまった。


「桜、ここまでの案内お疲れ様。」


貢は、車に積んであったマットを引いて、桜を寝かせた。

夏也が春樹を連れて帰ってくるのを待った。




夏也は、懐中電灯で照らしながら、建物の中へ入って行く。

建物の中は、全てが石で囲まれていて、やはり光は届いていない。

懐中電灯の光を下から順番に上へと照らしていくと、誰が横たわっていた。

良く照らして見ると、そこには春樹がいた。


「春樹。」


近くに寄ろうとすると、阻まれた。

阻んだのは、人型をした黒い物体だ。


「春樹を返せ。」


夏也は、一歩前に行くと、黒い物体は手を上にする。

すると、辺りが明るくなった。

懐中電灯はいらないほど、明るくなった。

だが、それがいけなかった。

周りの石には、全てに文字が彫られていた。

文字は、全てが。


「ハルキ。」


ハルキの名前で、いっぱいだ。


「これは。」

「俺のハルキが、今まで世話になったな。でも、返してもらう。」

「何?」

「ハルキは俺のだ。そう、この血の匂いは、俺のハルキだ。」


血の匂い?


春樹を良く見ると、首筋辺りにかまれた跡があった。

そこからは、血が垂れている。


瞬間、夏也の身体がのどの渇きを襲った。

口からは、息が整えられない程だ。

これは、あの実験や体育祭と同じ感覚だ。


「ほう?貴様、春樹の血を欲しがるのか?そこまでして、自分の能力を強化したいのか?」


黒い物体は、夏也の手を服ごと、石の壁に縫い付けた。

その言葉通り、縫い付けている。




春樹が手芸をしている姿を見ていた時に、糸を解く姿があった。

糸を布から引き抜くが、上手く引き抜けない場合がある。

そんな時は、焦らずに、一つの縫い目を順番に解いていく。

全部、引き抜こうとして、布を引き裂いてしまうと、布が傷むし、糸が布に引っ掛かって解けない。




身動きが取れない夏也は、何故か、その光景を思い出して、無理に服を引っ張るのをやめて、自分の息を整えるのに必死になっていた。

口からは、美味しい好物を目の前に出されて、お預けを食らい、つばがいっぱい溜まりつつある。


「ハルキの血が欲しいか?」

「な……そんな…こと……。」


まだ、夏也は、意識がある。

その姿を見た黒い物体は、春樹に向かい、首から流れている血を少し指に取り、夏也の前に出した。


「これだけでも、貴様は欲しいのだろう?」

「いる…もんか……、俺が欲しいのは……春樹の無事だ。」

「そうか。なら、この血を無理矢理、貴様の口に入れたらどうなるだろうな?」

「!やめ……。」


その時である。

石の中に入ってきたのは、植物のツタや根っこであった。

それらが、夏也を守るみたいに周りを覆う。

いきなりの防御で、黒い物体は後退りした。


「貴様、植物を操るだと、一体何者だ。人間ではないのか?」


夏也は、周りを見ると、見たことがある植物がいた。

それらは全て、お菓子をあげた植物だ。


「俺は……ただの料理……人だ。そして……春樹の生涯の相棒だ。」

「ただの料理人が、そんな風に守られるか。」

「不思議だが……これは現実なんだよ。」


夏也へ、恐れを抱いた黒い物体は、力が少し抜けた。

その時、夏也の手を縫い付けている物も緩んだ。

力を出して右手を上にあげる。

すると、糸が少し長くなった。

長くなった糸を口で噛み切り、自由になった右手を使い、左手も同じようにして開放する。


自由になった手だが、身体が言う事を効かない。

この空間は、春樹が流した血の匂いが充満している。

夏也は、まだ、春樹の血を欲しがっていた。

春樹の血を得れば、能力が強化されて、この黒い物体を倒せるかもしれない。

しかし、春樹の血を得ると、半年後には命を失う。


夏也は選択を迫られていたが「春樹を悲しませたくない。」が、願いだ。

迷っている場合じゃない。


「春樹を返せ。」

「限界のくせに、どうして、そこまで我慢できる。血が欲しいのだろ?」

「欲しく……ない。」

「我慢はするな。ほら、愛おしいハルキの血だぞ。」


まだ指に付いていた血を、夏也の前に出す。

夏也は揺らぎそうになる意識を強く持ち、黒い物体を殴った。


夏也は、初めてだ。

うどんやピザの生地を叩いたことはあっても、人の姿をした物を殴ったことはなかった。

夏也の手には、生々しい感触が残った。

この感覚は、二度としたくない。


強く持てたのは、目の前に、身体を起こした春樹が見えたからだ。




黒い物体は、石の壁に叩きつけられる。

そして、拘束された。

拘束したのは、春樹だ。

身体全体を使い、黒い物体を押し付けていた。


「ハルキ。」

「君は、勘違いをしています。僕は、赤野春樹。君の探しているハルキではありません。」

「違う!ハルキは、俺のハルキは、お前だ。手芸が出来て、優しくて、いつも俺と一緒にいてくれた。それに、血の病気を持っている。」


すると、春樹は一息吐いた。

そして、口元を上に反らし、ニヤける。


夏也は、春樹の顔を見ると、寒気と冷や汗が出て来た。

この春樹は、とても危険だ。


それを知らない黒い物体は、勝てる要素がないと判断した。

冷静に分析できる位までは、落ち着いて来た。

理由は、この植物達だろう。

夏也の周りだけ、空気を綺麗にしてくれている。


春樹は、黒い物体を身体ごと抑えたまま、話を続ける。


「ああ、元を辿ればな。だが、お前のハルキは、もう毒殺されている。だから、この世にはもういない。魂が転生されるとか聞いたが、現実的に考えてありえない。俺は俺だ。現実を見ろ。それでも、俺を、いや、俺につながっている人達に危害を加え、迷惑をかけるなら。」


そこまで聞いた夏也は、目を瞑り、祈るしかなかった。

桜花の時と同じになると思っていた。


「俺は、この場で、命を断つ。」

「「えっ?」」


意外な春樹の言葉に夏也も黒い物体も、驚いた。

春樹は、自分の首から流れている血を指に取った。

そして、黒い物体の目の前に出す。


「この血、俺が舐めたらどうなるんだろうな?能力強化されるのか?それとも、自分の血では、効果ないのか。」


小さい頃は、少しの怪我は舐めておけば治るとか言って、舐めても変化なかった。

だが、血の能力に目覚めてしまった後は、そんな記憶はない。

春樹は、黒い物体を夏也の方向へと投げると、床に転がった。


「もう、怪我をしない、する。関係ないな。今まで、怪我をしないように暮らすのがとても苦痛だった。周りに護られるのも、辛かった。いい加減、この血へ決着したい。」


春樹は、本音をさらけ出した。


「さあ、実験だ。」


春樹は、本気の顔をしていた。

すると、その手を掴み、止める夏也。


「やめろ。春樹。」

「夏也。危ないよ。俺の血は夏也には、毒だよ。良く我慢出来ているね。」

「ギリギリだ。やめろ。」


その手を振り払った。

倒れる夏也。


「夏也は、黙ってて。俺は、こいつに現実を見せないといけないんだ。頼まれたからな。」


春樹は、黒い物体を再度見て、もう一度ニヤけた。


「さあ、誓ってもらおう。俺の繋がりがある人に危害を加えないか?」

「ハルキが俺のになったら、そうする。」

「はぁぁぁぁ、この言葉は言いたくなかったんだけどな。なあ、アカ?」


黒い物体は、いきなり名前を言われ、身体を震わせた。

自分の名前を言われて、正体を春樹は知っている。


「どこまで。」

「全て。」

「誰に。」

「ハルキに。」


血を舐めた春樹は、自分の身体から一つの光が出て来た。

白い光だ。

その光が、ポケットの中に入っていたあみぐるみに入った。

あみぐるみは、猫が座っている姿で、依頼が「猫好きの転校してしまう子にあげたい」だった。

この作品は試作だから、本番ではないが良く出来ている。


「ありがとうございます。春樹君。」


猫のあみぐるみから声が聞こえて来た。

口は開かないが、明らかに猫のあみぐるみからである。


「さて、アカ。迷惑かけるのはダメだよ。」

「その声、ハルキか。」

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