26「母親」

三人は同じ空間にいる夢を見た。

空間は、辺りがとても明るく、どっちが上で下か分からなく、地に足が付いているのかどうなのかが、分からない。


その空間に、きつめがいた。

近づき、それぞれにメッセージを言った。


「貢さん、春樹の事お願いね。」


貢の肩に、右手を置いた。


「夏也君、私の料理、引き継いでくれてありがとう。」


夏也の頭を、左手で撫でた。


「春樹、女性に太ったって失礼だわ。」


春樹に触らず、頬を膨らませて、そう言いながらすねた。

夏也と貢は笑った。

春樹は、鼻を鳴らして、反論する。


「はっ。失礼?本当の事言って何が悪い?証拠はあるんだからな。」

「だからって言って…、もっと言い様が…。」

「言い様?丸くなってとか?」

「まあ、失礼しちゃう。」

「失礼もないだろ?俺にとっては、母さんは親。」


春樹ときつめの会話を聞いていた貢は、夏也に聞く。


「春樹君、その…口、悪くないか?」

「きつめさんと話をする時は、あんな感じだ。」

「っていうと、あれが春樹君の?」

「そう、素です。」


貢は、今までの春樹に対する態度を、考え直そうと思ったのと、桜花に対しての言葉遣いは、怖がらせる為ではなく、本当の自分を出したのだと考えた。


子供からあの態度をされると、貢はへこみそうだが、流石のきつめだ。

打たれても、打たれても、本当に強い。

それに、春樹と会話をしていると、とても楽しそうである。


と思った時、気づいた。


きつめは、今まで尊敬・信頼・崇拝などに包まれていた。

だが、それらをしない相手が、春樹である。

春樹が、雑に接してくれるからこそ、楽が出来ていた。

それが、今、目の前で繰り広げられている会話である。


だから、きつめは自分の賞状を春樹に見せたくなくて、押し入れの木箱にしまい込んでいた。

母さんがすごい人だと知られて、春樹まで崇拝し始めたらと思うと、きつめは怖くなった。


「きつめ様は、今までご無理をなされていたのですね。」

「確かに、俺達は、きつめさんを尊敬するあまりに、自由が無かったのかも。それを思うと、桜花が言った事は強ち嘘ではない気がします。」


夏也と貢は、話をしていた。


「本当は、あの雑さ加減を、俺に向けて欲しいんだけどな。」


夏也は、一言小さな声で漏らした。


「心配だったけど、もう大丈夫そうね。そろそろ行くわ。秋寺君に挨拶するって聞いたら、貢には嫌われているから、会わないって言っていたよ。」

「俺には会いにこないんだ?」

「今更、父親面出来ないって、お墓で話をしてくれるのは聞くって言っていたわ。昔から、照れ屋で、そこがかわいいんだけどね。」

「なら、仏壇に来る様に言っとけ。気が向けば話しするし、台所にあるから、普段の様子みえるだろ?」


春樹は、父親は黒水秋寺と認めている。


「伝えておくわ。じゃ、あっ、もうそろそろ起きないと大変な事になるわよ。だから、おはよう。」




その一言で、目を覚ました。




時間は、午前六時半。

家で仕事の春樹はいいが、研修中の夏也と、仕事の貢には、急がないと遅刻する時間だ。


夏也は、こんな事もあろうかと思い、冷凍してあったご飯をレンジで温め、氷を作る型に凍らせておいた出汁を鍋に入れて、刻んでおいたネギをと乾燥わかめを入れ味噌を加えて味噌汁を作り、同時進行で目玉焼きを作り、バナナを用意し、朝食にした。


今日はお弁当を作っている時間がない為、貢には適当に買って食べる様に言い、春樹にはコンビニで頼むと言った。

春樹は、朝食の用意を手伝っていた。

貢は、いつものように仏壇にお菓子を備えて、お祈りする。


「黒水…いや、秋寺。私は、嫌ってないよ。それと、きつめさん、ありがとう。」


その言葉を聞いた時、春樹と夏也は、目を合わせて微笑んだ。

同時に、春樹は夏也の表情から、何か感じた。


「さ、義父さん、ご飯食べて、一緒に出よう。」


春樹は、夏也の一言で、今は朝食を食べる時間だと、意識を戻した。

貢が、席に着いたのを確認すると、夏也が用意したお茶を出した。

それから、三人でいつもよりも速度を上げて、ご飯を食べる。

春樹が、洗い物をしておくといい、夏也と貢を玄関から見送る。


「いってらっしゃい。」

「「いってきます。」」


家に一人になる春樹。

だが、もう、さみしくない。

帰ってきてくれる、家族がいる。






「さて、仕事しますか。」


依頼内容を確認し、作り始める。


すると、思いつく。

春樹は、赤野家と黒水家の遺産が入った通帳を見る。

子孫を残さないなら、このお金の使い道は決まっている。


以前、授業で習った。

今、森にも山にも水にも、そこに暮らす動物達にも、暮らしやすい環境づくりをしている企業がある。

そこは、蝶や蜂、鳥という飛行が出来る生物も大切にしている。

花粉を運ぶのに、飛行出来る生き物は、植物にとってはとても大切だ。

どの企業だったかな?と、調べる。


「ここなら、大切に使ってくれそうですね。」


鳥がいる山は綺麗だと、先生が言っていたのを思い出した。


山からあふれる水は、いずれは川を伝わり海に行く。

海に住んでいる生物も、綺麗な水で元気に育つ。

海の水が蒸発して、雲になり、山に雨が降り注ぐ。

その循環が行われるが、全ては、山が基本。


その山が、今は、不法投棄があり、切らなくていい木を切る。

春樹は、桜花が気になりながら、仕事をしていた。



今日の仕事は、お気に入りの服を着たいけど、子供を産んで下半身が太ってしまい着られなくなったので、着られる様にして欲しい。

着られるなら、生地を足しても構わないし、多少デザインが違ってもいい。

肩が出ているワンピースで、腰の部分が少しだけ締まっていた。


「やっぱり、母さんに失礼な事、言ったかな?言った…かも。」


依頼内容を見ると、反省し、作業を止めて、仏壇に手を合わせ、謝った。

その時である。

今朝の貢と、夏也の表情が過ぎった。


「俺も変わるべきか…。」


そんな一言を発して、仕事に向かった。


意外と早くワンピースの直しが終わった。

ワンピースの横の縫い目を、全て解き、同じ素材、色の布を少し多めに足す。

解いた縫い目の布に、穴を開けて、穴に金属の輪っかを付ける。

その輪っかに紐を通して、サイズを調節出来る。





時間を見ると、午後十二時半。

コンビニに出かけようとしたが、自分は本当に料理が出来ないのかな?と思った。

基本的な事は分かっている。

怪我をしないか?と思うが、用は包丁を使わなければいいだけ。

台所を探すと、良い物があった。

材料を確認すると、ある。

流石、夏也だ。


「さ、早速作ってみるか。説明書も付いているし、大丈夫。」


春樹は、生地を作り、説明書通りにフライパンで焼いていく。

ふと思った。


「家がオール電化なのって、お父さんの死因がガスによる一酸化炭素中毒だったからかな?」


きつめは、秋寺を亡くしたのは、相当ショックだったのだろう。

ショックを受ける位、本当にきつめは秋寺が好きで、秋寺もきつめが好きで、好き合って結婚して、自分が生まれ、そんな気持ちのまま自分を育ててくれたと思うと、この命、大切にしたいと、改めて思い始めた。


昼食が出来上がった。


ホットケーキだ。

結構な量が出来てしまった。

食べて見ると、食べられるが、夏也よりはうまくない。

でも、食べられる。


「ほら、俺も、ちゃんと食べられる物が作れる。」


ホットケーキを食べて、片付けて、洗い物を済ませると、仕事に戻った。




午後四時半になって、夏也が帰ってきた。

すると、甘い匂いがするのが確認できる。

台所へ行くと、ホットケーキが用意されていた。


「春樹?」


春樹の部屋へと行くと、夏也に気づかないほど仕事に集中していた。

夏也は、春樹の傍に行くと、耳元でささやく。


「ただいま、春樹。」


春樹は驚いて、夏也の顔を見る。


「な、夏也…おかえりな…おかえり。」

「なあ、台所にあるホットケーキって?」

「…昼ご飯に作った。作りすぎた。ホットケーキって材料混ぜていくと少なかったから、もう一袋とその分量追加した。焼いていくと、どんどん出来上がって、量がすごくなった。」

「確かに、お菓子って、混ぜた分量よりも、焼くと膨らんで大きくなるからな。で、ホットケーキ使っても?」

「アレンジでも、ご自由に。」


夏也は、少し違和感になりつつ、ホットケーキを使った料理を夏也は考え始め、台所へと向かった。

仏壇を見ると、きっと、きつめと秋寺はハラハラしながら見ていたに違いない。と想像をした。

春樹が作ったホットケーキを、小さく切り分け、仏壇に添え、手を合わせた。


夏也は、ホットケーキを味見し、横で二つに切って薄くした。

薄くなった生地の上に、ピザソースを作り塗り、上にソーセージやピーマンを乗せて、細かく切ったチーズをのせて、オーブンで焼く。

その間に、ジューサーを取り出し、バナナと牛乳を一緒に混ぜる。

後は、キャベツを千切りにし、育てていたプチトマトを取り、二つに切って、サラダを作った。

その時、貢が帰ってきた。


「ただいま、なんかおいしそうな香りがする。」


台所へと引き寄せられる。

丁度、夕食が出来上がった所で、貢は、春樹を呼んだ。

手を洗い、席に着くと、夏也が貢にこのメニューになった経路を話した。


「へー、春樹君が生地を作ったのか。綺麗に焼けているじゃないか。」


貢は、春樹を褒めると、春樹は、素直に受け取った。


「ぼ…俺でも、ちゃんと作れるだろ?その、包丁は使わないから、この程度は、手伝いは必要なら言えよ。夏也。」


母に対する様に話をした。


夏也は、いつもの敬語から慣れていなくて、春樹の口から出てくる雑な言葉遣いに感動と違和感が同時に存在する。

しかし、春樹が夏也の気持ちをいつの間にか受け取ってくれた事に、嬉しく思えた。

そんな二人を見て、貢は微笑んだ。

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