23「準備」
三月十五日を過ぎた頃、春樹が夢を見た。
「もうそろそろ、会いに来て。」という内容だった。
貢と夏也に話すと、丁度、三月二十一日、二十二日が休みであった。
夏也は、近くのホテルに料理人として就職をしていた。
受け持った仕事は、下働きからだったが、基礎を学び直すいい機会だと、楽しんでやっている。
働きに出るのは、四月からだが、その前に調理室の説明と一緒に働く人との面会、ホテルの仕組みや理念なども知る必要があり、卒業した次の日から、現場に入って研修を受けている。
研修中は、カレンダー通りの休みだ。
今年から、ゴールデンウイークに墓参りは難しくなった。
ゴールデンウイークは、夏也の仕事上、忙しい時期。
貢も防犯カメラの注文が多く、依頼者が家に居る間に付ける為、ゴールデンウイークに仕事が入っていた。
三月の連休に行く、準備を始めた。
春樹が見た桜の木がある場所が、同じ方向だから、墓参りが出来るし、寄れる。
夏也は早速、おはぎを作った。
貢は、血を分けてくれた人の二人と連絡を取っていて、春樹が見た桜の木が何処かを教えてもらっていた。
春樹は、転んでも何をしても、怪我をしない装備、身なりを強化し、靴も安全靴を履き、肌が出ない自衛した。
車を発進させ、墓参りを先にして向かった。
向かった先は、血を分けてくれた人の二人が説明を手紙でくれたのを読むと、かつて、もう一人の血を分けた人が住んでいた土地だった。
土地といっても、家がなかった。
だが、桜の木だけは、とても大切にされていたから、美しく咲いている。
この地域では、空き家は一件もない。
空き家になる家があると、直ぐにでも取り壊す。
家を建てる時に、壊す費用も組み込まれ、家に住まなくなったら、建てる時に契約した会社が取り壊しにくるのである。
契約した会社が倒産した場合は、引き継ぎとして倒産した会社から頼まれた会社が行う。
家を取り壊すのは大変だが、お金がいい為、進んで引き受け、断る会社はない。
空き家になった家を、直ぐに買った時や持ち主が変わった時でも、家を建てた人が壊す費用を払っているから、壊す費用は取られない。
取り壊す時には、家の中に荷物があろうが、なかろうが、関係がなかった。
だが、一応、中身を確認し、金目になる物はリユースにし、ならない物はリサイクルにする。
個人の物があれば、警察が遺族に連絡をし、取りに来てもらう。
連絡が付かなかった場合は、五年保管して、その後、処分となる。
財産があれば、それは五年経った後、全て地域の物になり、各、家の敷地内に桜の木を一本必ず植えている為、それらの桜の木を維持するお金になる。
そういう決まりが、この地域にはあった。
血の能力を分け与えた一人の土地は、もう、地域の物であり、誰もが入っても良いとなっていた。
しかし、山奥で、誰も踏み入れてはいない。
車で行っても、急なカーブと狭い道で登っていく。
歩きだと、とてもじゃないがたどり着けない。
昔は、こんな道ではなく、綺麗な道であり、楽に行き来出来たし、小学校と中学校は、バスが出ていたから、通えた。
高校は、自転車で登下校していた。
だが、手入れがされなくなった道は、道の役割を果たしていない。
そんな道を、貢は車を走らせる。
大丈夫かと思ったが、何かに惹かれる様に、車が引き寄せられている感覚。
土地に着くと、春樹は、車から降りて、一気に桜の木へと向かい、走りだした。
春樹を追う夏也と、荷物を持って車に鍵をかけて、二人を追いかける貢がいた。
頭によぎった桜の木が見える位置に立つと、春樹は目を丸くした。
桜の木の前には、一人の女性がいた。
しかも、見覚えがある服を着て、立っていた。
「か…母さん…。」
そう、赤野きつめがいた。
着ている服は、春樹が作ったワンピース。
「ようこそ、春樹。」
話をした。
声も赤野きつめだ。
「話がしやすいと思って、君の母君の姿をさせて貰った。私は今まで、血を続けてくれた人の姿、記憶、声を表現出来る。」
今まで血を続けてくれた人の姿へと順番に変えていく。
すると、貢だけが知っている人物に姿を変える。
「竹林さん。」
「竹林さん?まさか、俺の母に血を分けてくれた一人ですか。」
春樹は、貢に聞く。
「そうだ。竹林海さん。他の二人は、松谷陸さんと梅田空さんだ。」
そして、また、赤野きつめの姿に戻る。
「さて、春樹、貴方の血を全人間に捧げなさい。」
母の姿で、母の声で、息子の春樹に命令した。
「ん?なんて?」
「聞こえなかったの?貴方の血を全人間に捧げ、滅ぼしなさいといっているのよ。」
春樹は、母が言うはずがないと思ったが、記憶と現実が交互に現れ混乱する。
そんな様子を見ていた夏也は、春樹に声をかける。
「あれは、きつめさんじゃない。だまされるな!春樹!」
すると、きつめの姿をした者が、夏也に話しかける。
「あら、夏也君じゃない?いつも春樹の傍にいてくれてありがとう。でもね、いつも、私を師匠師匠っていって、うるさかったの。料理の邪魔だったし、それに、春樹と二人の時間を奪ったわ。」
夏也は、目を丸くし、食いしばった。
「それに、今度、夏也と結婚するですって、許さないわよ。だって、私が生きていたら、春樹と一緒にずっと暮らすと決めていたのよ。その時間を、夏也君が奪うの?嫌だわ。」
ダメージがすごい。
尊敬していた人が、まさか、こんな事を思っていたとは、知らなかった。
しかし、春樹にも言ったように、きつめじゃない。
「本当のきつめさんは、そんな事は言わない!」
夏也は、反論したが、目の前のきつめの姿をしている者から、きつめの声で言われると、真実かと疑いたくなる。
夏也の調子がおかしいと思った貢は、声をかける。
「夏也君。」
すると、きつめらしき者が、貢にも言う。
「小学生の頃から私の後をついてきて、鬱陶しかったわ。それに、義理の父親ですって?私は認めてないわよ。本当に、春樹との時間を邪魔する輩、多くて嫌だわ。」
貢もダメージを受けた。
夏也と同じく、本当にきつめが言っている様に聞こえて、心では、そう思っていたのではないかと、落ち込む。
夏也も貢も、何も言えなくなった。
不安を募らせ、胸が締め付けられている。
だが、その後のきつめのセリフで、墓穴を掘る。
「そうそう、黒水だっけ?鬱陶しかったわ。まあ、私の家が援助してやらないと、生きていけなかったから、言う事聞いてくれる様にするのに苦労したわ。でも、本当言うと、援助なんてしたくなかったわ。だから、眠らせてやったわ。」
春樹は、きつめの姿をした者の前に来て、手を開いて頬を一発叩く。
叩かれた時、きつめの姿が一瞬消えた。
「黒水一家が亡くなった理由が一酸化炭素中毒だと結果は出たけど、違和感あったと貢さんから聞きました。その違和感が分からなかったけど、お前だったのか。」
春樹は、ダメージを食らったわけではなく、暫く様子をみていた。
失礼な言葉を吐き、イメージを幻滅させた。
きつめの姿と声で届けた事も許せなかったが、それよりも黒水家が亡くなるきっかけを作ったのが、さらに許せなかった。
だから、殴った。
だが、春樹は、やはり、優しい。
「どうして、そんな酷い事を言うのか?話をしてくれませんか?」
一度、怒ったが、冷静に対処をしたかった。
だから、相手の意見を聞きたい。
春樹の顔を見ると、きつめの姿をしたモノが目を見開いていた。
何かを思い出している。
「春樹…ハルキ。」
名前を唱えると心が締め付けられるが、とても懐かしい気持ちがあふれてきた。
その瞬間、素直に話を始めていた。
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