21「接触」
午後も春樹は仕事で、家に居た。
夕方までに戻る事を告げて、夏也と貢は買い出しに出かけた。
春樹には、チャイムが鳴っても絶対に出ないと約束させてある。
血の能力は、外部には漏れていないと思っても、もし、漏れていた場合、春樹を訪ねてくるかもしれないからだ。
風の噂っていうのは、何処から流れてくるか分からない。
だが、この二年間、何事もなく過ごせていた。
心配はないと思うが、警戒は大切。
現に、赤野の家には、貢が来てから防犯カメラを数台取り付けてある。
そんな時、家のチャイムが鳴らされた。
部屋で仕事をしている春樹。
家の中が静かだったが、破る音で身体を瞬間的に硬くさせる。
「誰?」と思いながら、居留守を使った。
チャイムは、二回、三回、鳴らされただけで、静かになった。
でも、安心は出来ない。
防犯カメラから、伝えられる映像を見る為、貢の部屋に行き、モニターを見た。
貢の部屋には、机にモニターが五台設置してある。
玄関の外側、家の裏側、春樹の部屋にある窓の外側、駐車場、そして、屋上だ。
玄関が映し出されているモニターを見ると、二人確認出来た。
二人は、何か話をしていると、いきなり玄関の防犯カメラを見た。
春樹は、身体をビクッと反応させた。
その時である。
二人は、瞬間的に消えた。
消えたというよりも、砕けた表現が正しい。
砕けた破片は、ピンク色と白色の紙吹雪となり玄関に舞った。
紙吹雪は、玄関の隙間を狙って、家の中へと入って、春樹を見つけると、春樹の周りに纏わり付いた。
春樹は、反応が出来ず、紙吹雪を手で払って、紙吹雪の一部を掴んでみた。
すると、紙吹雪ではなく、これは。
「桜の花びら?」
桜の花びらが、春樹の身体を周り、次第に浮き上がらせる。
「な、身体が…。」
春樹は、足掻こうと動くが、それが刺激になり、益々動きを拘束され、貢の部屋から出されてしまった。
次第に力尽きて、春樹は動けなくなり、そのまま花びらに身を任せる。
花びらは、人の形に戻り、一人が春樹を背中におんぶして、一人は誘導する。
玄関の扉を開ける。
その時、春樹は、自分が付けるはずの指輪を、玄関の鍵を開けている間に手を伸ばし取った。
その行動と同時に、意識を失う。
春樹が目を覚ますと、見えたのは、貢だった。
「お義父さん。」
貢は、目を瞑り、一息吐く。
「良かった。」
貢は、春樹の体調や意識を正常だと確認すると、春樹を抱きしめた。
周りを見回すと、自分の部屋だ。
その時、飲み物を持って現れたのは、夏也だ。
「春樹、大丈夫か?」
「はい、僕は一体?」
貢は、話す。
「春樹君のGPSが外へと動いたから、私が駆け付けた。まだ、仕事への道だったからね。すると、春樹君を背負った人とすれ違ったから、車で後を追った。」
どうやら、春樹はどこかへ連れていかれそうになった。
貢は、気づかれない位に、車でゆっくりと追うと、近くの公園に付いた。
だから、車を公園の脇に停めて、声を掛けた。
「その子をどうするつもりだ?」
貢は、春樹をベンチに寝かせようとしている二人に声を掛けた。
「私は、その子の父親である。その子をどうするつもりだ?」
自分と春樹の関係を記し、もう一度聞くと、二人は花びらとなって、春樹の身体を覆い、再び浮かして、そのまま去ろうとしている。
「春樹!」
貢は、春樹に近寄ろうとすると、花びらに阻害される。
春樹に近づけない。
その時、水が何処からか降ってきた。
花びらが濡れて、地面へ落ちる。
水の方向を貢が見ると、夏也がいた。
「夏也君。」
「春樹のGPSが移動したから、気になってきた。」
夏也は、春樹が寝かされているベンチの横にあった公園にある水道を開けて、手で蛇口を掴み、春樹へと掛けた。
何か仕掛ければ、春樹に怪我を負わせるし、怪我をすれば夏也は一緒に居られない。
だから、今、この公園にあるもので、となると水しかなかった。
花びらは、一枚の花びらを夏也と貢の目の前にフワリと舞うと、一つの景色を見せた。
景色は、桜の木だった。
「何、この景色。」
夏也は、貢と目を合わせると、春樹は一度目を覚ました。
「行かなくては………、母さんが待っている。」
そして、また意識を失った。
それからは、貢は仕事を休み、夏也は仕事に向かった。
貢は、今まで続けている仕事であり、子供が出来てからは、何かあれば休暇が取れるし、少し休んだ所で成績や立場を悪くならない。
仕事を始めたばかりの夏也は、まだ、周りの信頼を得られてはいない。
だから、休めなかった。
貢が、車で春樹を運び、夏也は貢に任せて仕事へと向かった。
貢が家へ着くと、春樹を最初に春樹の部屋に運び、ベッドへ寝かせようとしたが、春樹の服が濡れていた。
服を脱がせて、今朝脱いだばかりのパジャマが目の前にあったから、それを着させ、ベッドへと寝かせた。
ベッドへ寝かすと、指輪を春樹の首へかけてから、何があって、春樹が連れ去られようとしていたかを確認する為に、自分の部屋のモニターを確認する。
データーを抜き出し、パソコンで自分と夏也が出かけた後の映像見ると、家へと侵入した方法を分かった。
貢は、直ぐに、玄関や窓の隙間を埋めるテープをネットで買い、明日、届けられる設定をした。
それからは、春樹の部屋で、目が覚めるのを待ちつつ、花びらが送ってきた景色を、自分のパソコンを持って来て、ネットで桜の木を検索する。
すると、一つの画像が目に着いた。
そこは、毎年、ゴールデンウイーク最初の日に行く、赤野家と黒水家のお墓がある地域から、隣の地域だ。
桜の木は、法律に組み込まれるほど、大切にしなくてはいけないが、それ以上に大切にしている地域だ。
桜の木を大切にしてます位の情報しかなかった。
貢は、この場所を一度、献血してくれた人物を尋ねる為、訪れていた。
きつめに輸血をしてくれた病院がある所だ。
色々と調べていると、夏也が帰ってきた。
夏也は、今日の仕事は半日で、後は家へ帰って、ホテルで出される料理を練習する為、レシピと材料を渡されていた。
春樹の様子を貢に訊くと、まだ、目を覚まさない。
もうお昼の時間だったから、夏也はレシピを見て練習をしながら、その料理を昼ご飯にした。
貢と一緒に食べながら、ネットで検索した地域について話をしていると、春樹に動きがあり、夏也は台所への飲み物を取りに向かい、貢に春樹を任せた。
春樹が目を覚ましてから、貢は、春樹と夏也に話をした。
その景色は、三人が見た景色だった。
「何か、僕を呼んでいる声が聞こえました。その声は、母さんだった。だから、僕は行かなくてはならないと思います。今日は、迎えに来たのかも。」
聞き間違いはない、ずっと、自分を呼んでくれた母の声。
「そうだとしても、行かせたくない。」
夏也と貢は同じ意見だ。
しかし、行かないと、また春樹を奪いに来るかもしれない。
「春樹君は、行きたいのか?」
「行きたいです。母の声で僕を誑かそうとしている何かだとすると、物理で殴れるなら殴りたい。殴れないなら、精神攻撃で言い負かしたい。」
春樹の答えに、夏也は笑った。
「行く理由がそれ?」
「当たり前。」
「なら、計画を立てる。その通りにするなら、私が連れて行く。」
貢は、あきらめて、春樹の意見を進める。
但し、条件付けである。
「危ないと思ったら、直ぐ帰る。地域に近づくに連れ、気分が悪くなってきたら、直ぐ帰る。私と夏也君が見て、いつもの春樹君じゃないと思ったら、直ぐ帰る。いいか?」
春樹は、その通りにする約束をした。
春樹には家にいる間も指輪をつける。
充電は、夏也と貢がいる夜にする。
いつでも身に着けていれば、対処出来る。
次の日、貢は計画を話した。
行く日は、七月十九日になった。
二十日、二十一日も休みだから、丁度いい。
夏休みになってからと思ったが、早目に済ませたかったが、春樹が話す。
「昨日、夢を見ました。桜の花びらが母さんの声で話かけてきた。今度の春に会いましょう。と…。」
「は?それは、結構、先だな。」
だが、都合がいい。
高校を卒業してから、ゆっくり出来る。
それまでに、もう少し詳しい情報を集められる。
夏休みが過ぎ、お盆に墓参りをした。
墓に行くと、桜の木を近い距離になったが、何事もなく墓参りが出来た。
てっきり、春樹を感じて、何かをしてくるかと思ったが、春樹は何も感じなかったし、夢にも出てこなかった。
春樹自体も、気分が悪くなく、普段通りである。
秋には体育祭があった。
去年と同じく依頼があり、貢がスケジュールを組み、体育祭は参加出来た。
今回は「高校生最後の体育祭であり、全力疾走しようぜ!」となり、リレーとなった。
あのグラウンド、全部を使ったリレー。
走るだけでも疲れる。
だが、中にはサッカー部員や野球部員がいて、陸上も得意な人がいるし、体育会系の生徒が殆どであった。
春樹と夏也には、とても助かる人材ばかりいるクラスである。
春樹は、五十メートルは早いが、リレーとなると別で体力が続かない。
短距離向けの身体だ。
全力で走る自分の子供を見るのが最後で、観戦していいと三年生の保護者にプリントが配られた。
プリントの力は強く、殆どの親が見に来ていた。
両親で見にきていたのも、確認できた。
緑沢夫妻は、研究が長引いており見に行くことが出来ないため、貢がカメラを持って見に行く。
去年までは、保護者が見に来られなかったが、今年から三年生だけ導入をしたのである。
今年から、校長先生が変わり「これから社会に飛び立つ前の子供でいられる最後の瞬間を目に焼き付けてほしい」と願いがあった。
春樹は、峠坂からバトンを受け取り走る。
最初は、早いが、順番に遅くなる。
でも、高校最後の体育祭で、貢も応援しに来てくれていている。
いい所を見せたかった。
瞬間。
次の走者、夏也にバトンが渡った後、転んでしまった。
夏也は、喉の渇きが一気に来た。
春樹は、自分の身体を起こす。
膝から血が出ていたのを確認すると、一気に寒気が襲った。
周りから、殺気というか、狙われているというか、そんな自分に危害を加える空気。
身構えるが、足を怪我しているから、早く走って逃げられない。
一番頼りにしている夏也も、その一人になっている。
襲われると思った時、声が聞こえた。
「赤野君。」
声は、愛川だ。
愛川は、救護班に居て、救急箱を持ってきた。
コースに居ては選手の邪魔と判断し、今、走っていた峠坂を呼んだ。
峠坂は、春樹を背負い、自慢の筋力と体力で、一気に保健室へと運んだ。
「緑沢君、走って!赤野君は、私達に任せて!」
愛川は、一言だけ残して、峠坂を追った。
夏也は、春樹が離れたから、正気を取り戻す。
運動系で無い身体だが、それをバネに走った。
春樹が生んだ時間のロスを、全て取り返す様に、次々と抜いていく。
次の選手にバトンを渡らせた時には、三位だった順位を一位だ。
結果は、二位だったが、いい成績を残せた。
一方、保健室にて、治療中の春樹。
春樹を背負い、全力疾走した峠坂が、息を切らしている空気の中、愛川は丁寧に傷の治療をしていた。
「赤野君、大丈夫?」
「大丈夫…です。」
「怪我じゃなく、顔色、悪いよ。」
「そう…ですか?」
「本当なら、救護のテントにて治療するんだけど、見ていたら転んだ時に赤野君、凄く顔色悪くなっていくんだもん。だから、寝て休める保健室がいいかな?って思って、連れてきたんだけど、良かった?」
「はい、判断は間違っていないと思います。」
話をしていた時、峠坂も春樹に話しかける。
「なあ、緑沢、様子違ったな。普段なら、赤野に何かあれば、真っ先に駆け寄るのにな。それに、周りの様子、生徒が一人転んだだけで、あんなに殺気立っているというか…なんか、寒気がした。」
春樹は、確かにそうだった。
学校の先生だけではなく、生徒とその保護者が集まっている。
そんな人達の中にも、野心や能力強化を望む人が沢山居る。
もしも、愛川と峠坂が対処してくれなかったら、春樹はどうなっていたか。
「それにしても、良く、僕が顔色悪いの察知出来ましたね。それに、峠坂も対応すごかったですよ。」
愛川と峠坂は、顔を合わせた後、春樹に向き合う。
「だって、助けるっていったじゃん。」
「伊達に、三日間一緒にいた訳じゃないって。」
修学旅行での三日間、たかが三日間、されど三日間。
三日間で一緒に居た絆は、修学旅行が終わっても続いていた。
春樹は、とっても嬉しくて、瞳からあふれる涙。
「ちょっと、大丈夫?どこか痛む?」
「赤野の保護者って言っても居ないんだよな。緑沢の両親も居ないし、その緑沢も様子が違ったし、どうしよう。」
うろたえる二人に、春樹は。
「大丈夫です。誰も呼ばなくてもいいです。ちょっと、嬉しくなって。」
「そうか。」
峠坂は、春樹の頭を撫でた。
愛川は、少しだけ話をし始めた。
「私、小学五年生の時、赤野君に助けられているんだよね。」
いきなり、話しかけられた春樹は、小学五年生の時を思い出す。
「あっ、まさか!」
「そ。適材適所。あれから、私、人の顔や態度など、観察眼を鍛え始めてね。」
「それで。」
峠坂も、続けていう。
「俺も、助けられているんだよ。赤野に。というか、赤野のかーちゃんに。」
峠坂は、両拳を頭に当てて、片手首を外に曲げた。
その時、春樹は、目を丸くした。
「くまのぬいぐるみ。」
「そう。あの時のぬいぐるみ、大切にして、枕元にあるぜ。本当にありがとうな。」
少し手伝っただけの事実。
覚えてくれていた事が、とても嬉しくなって、また泣いてしまった。
その様子を、保健室の前にて、入らずにいた夏也も、少し泣いた。
まだ、血の匂いがするので、春樹はその場で早退となった。
峠坂が春樹の荷物を取りに行って、その間、愛川が春樹を見ていた。
荷物が来ると、春樹は、まだ体育祭がやっているが、能力強化を必要としていない先生を見つけて、怪我をしたので早退する報告をした。
早退すると見せかけて、学校の校門前で止まった。
貢が、来訪の門から車で出て来て、春樹を乗せて、家へと帰った。
その日は、夏也は緑沢の家にて、料理を作り、貢に渡して、春樹の傷が完璧に塞がるまで、続けた。
春樹は、傷が塞がるまでは、学校を休んだ。
体育祭の雄姿を映したデータは、USBに移して、緑沢夫妻に手紙を添えて送った。
貢が、データをチェックしたら、春樹が転んで、夏也が取り返した勇ましい様子に見えた。
緑沢夫妻は、その後、研究所にて見ると、自分の息子がかっこよく移り、誇らしげな顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます