17「申告」
実験をしてから、三日後。
緑沢夫妻が、お土産を持って挨拶に来た。
「研究の発表が上手くいって、進められます。」
「それは、おめでとうございます。」
「本当、これで救われる命が増えるわ。」
二つ、三つ会話を交わして、夏也は両親と一度、家へと帰った。
何事もなく、平和に暮らしていた。
春樹は、怪我もなく、無事に過ごしていた。
夏也は、今まで以上に料理を上達させた。
貢は、二人が幸せに生きられる為に、動いた。
十七歳になった春樹の誕生日は、盛大に祝った。
次の日は、静かに祈り、過ごした。
二年生でも、夏休みはいつもの通り、体育祭も依頼が多く入り、貢にスケジュールを組んでもらった。
何とか体育祭に出られたが、競技が大玉転がしだった。
先生も参加する方式で、大玉を先生の元へと運ぶのだが、グラウンドが広い。
サッカーと野球が十分出来る位の広さを持っている。
端にあるスタート地点から、逆の端にいる担任まで、転がし、担任にたすきを貰った後、玉をスタート地点まで運ぶ。
だが、その間には、障害物があり、大きな玉を運ぶにも大変だ。
春樹は、上手く障害物をよけて担任に届けれたが、怪我を恐れたし、スケジュールを調整したとはいえ、依頼が多いのは事実。
疲れたくはなく、三位という結果になった。
冬休みも、大掃除をして、一月十一日に貢の誕生日を祝い、二月三日に夏也の誕生日を祝い、春休みになった。
最初の日に、一人、赤野家を訪れていた。
春樹は、そろそろかと思っていたので、用意をしていた。
赤野家のチャイムが鳴る。
出たのは、春樹だった。
「お待ちしていました。
南條の姿は、紫のパーカーに、少しゆったりとした茶色のズボン、腰まである髪は、色を黄土色に染めている。
そして、緑のリュックを背負っていた。
春樹の後ろから見ていた貢は、春樹に誰かを訊いた。
「紹介しますね。お義父さん。こちら、僕の会計をしてくれている南條奨さん。三月になると、確定申告とか会計報告とかをやるため、持ちに来てくれています。」
「へー、そんな風には見えないな。」
すると、南條は説明をした。
「普段は、スーツを着て仕事しますが、この恰好なのはきつめお嬢様からの要望だからです。」
「……え?お嬢様?」
「はい。私は、以前、赤野家に仕えておりました。赤野家は、会社経営を一つしていましたが、赤野当主が亡くなってからは、他の方が引き受けて今でも存在しています。その会社の中に春樹様の手芸部署を作りました。普段の仕事も会計ですが、春樹様担当は私だけです。」
説明を訊いて、貢は納得をした。
以前、どの様に儲かったお金を管理しているのかと思っていたが、この南條がしていた。
「玄関先ではなんですから、上がって下さい。お茶を用意させます。」
南條は、家に上がる。
今までは、今、貢が使っている部屋で話をしていたのだが、今回からは居間で話をする。
居間に行くと、仏壇を見かけて、南條は何も言わなく、手を合わせた。
その間に、夏也にお茶を淹れてもらって、春樹は会計に必要なレシート、領収書、エクセルで作った収入と支出表等を持ってくるため、部屋に行った。
夏也がお茶を出す。
「南條さん、お久しぶりです。」
「夏也様も、ご立派になられまして…お聞きしています。この度、春樹様とご結婚されるようで、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「長年の願いを叶えられましたのですね。」
「はい。」
「それも含めて、おめでとうございます。」
その会話を貢は聞いて、侮れないと思った。
南條は、夏也が春樹に好意を寄せているのを感じて、知っていた。
とても観察眼が優れている存在だ。
これは、下手な事は言えない。
夏也は、最初から春樹と一緒になる計画を立てていた。
しかし、同性同士と親友の壁を崩せずにいた。
将来的に親友として一緒に居られればいいと感じていたが、今回の事で、春樹に思いのたけをぶつけた。
春樹は、自分の置かれている立場を良く理解していた。
だから、夏也の提案を受け入れたのである。
それらの感情全て、南條は理解していた。
「南條さん、貴方。」
「はい、私は白田貢さんの事も良く知っていますよ。きつめお嬢様と久しい人でしたからね。あ、今は赤野貢さんでしたね。」
わざと苗字を付けて話をした南條の顔は、とてもニヤニヤしていた。
貢は、奥歯をかみしめた顔をさせた。
「お待たせしました。ん?何かあったのですか?」
空気が違うのを感じた春樹だったが、春樹が来た時点で浄化された。
早速、春樹は持ってきた資料を南條に渡す。
南條は、それらを見て、分かりやすくまとめてあるのを見て、春樹を褒めた。
「去年は、報告、郵送で送ってごめんなさい。手間をおかけしましたね。」
「いいえ、仕方ないですよ。でも、すっかり落ち着かれて、ご不自由はありませんか?」
「大丈夫です。夏也もお義父さんもいてくれましすし、クラスメイトも先生も優しい人ばかりです。」
「そうですか。もしもがありましたら、いつでもご連絡ください。」
「ありがとうございます。」
南條は、南條なりに、春樹を心配していた。
「さて、お暇します。」
「もう?」
「はい、今までは春樹様と長くお話してからとなっていましたが、春樹様の安全を確認出来ましたので。」
「………でしたら、少しお待ちください。」
春樹は夏也を廊下へ連れ出した。
居間に貢と南條は二人っきりになる。
正直いたたまれない貢。
「貢様。」
「はい、なんでしょう。」
貢は何を言われるのか、ハラハラしていた。
すると、南條は一冊のファイルを渡す。
自然に受け取る貢。
「これは?」
「これは、春樹様がお生まれになられてからのアルバムです。きつめ様が、近状報告として渡してくれたものです。」
貢は、ファイルを捲ると、そこには赤ちゃんの時からの春樹の写真があった。
「私は私で持っていますので、こちらは、そのコピーとなりますが、貢様にお持ちいただけると良いかと思いまして、作成しました。」
「それは、ご丁寧に、大変だったでしょ。」
「いいえ、懐かしさに浸りながらでしたから、それにこれから春樹様をお任せする訳ですから、情報は持っていて貰いたかったのです。」
南條は、その場で立ち上がり、一礼をした。
「貢様、春樹様をこれからもよろしくお願いします。」
すると、貢も同じ様に立ち上がり、一礼をした。
「こちらこそ、これから春樹をよろしくおねがいします。」
二人は、手を出して、握手をした。
「所で、その恰好は、きつめ様が希望したと。」
「はい、きつめ様はスーツで来られると、この住宅地では目立つといい、春樹の友達として来てくれている風にしてくれと言われ、普段着に近い格好を希望されました。」
「なるほど。」
確かに、ここに初めて来た時に、春樹はスーツを着た貢に困っていた。
「本来の自分は、このような姿ではないのですが、仕方ありません。」
「本来の恰好はどういう。」
「普段は、ジャージです。色も黒が多いです。」
そんな話をしていると、春樹が夏也と一緒に帰ってきた。
春樹は、三十分、南條に待ってもらう話をした。
その間に、春樹は南條と、貢が来た時からの話をした。
その間に、夏也は何かを作っていた。
作り終わると、春樹を呼んだ。
「春樹、これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。」
それを小さな籠に入れて、南條へ出す。
「クッキーです。作りたてなので、お持ちください。」
「いいのですか?」
「はい、本当は僕が作りたかったのですが、今の僕は怪我が出来ませんので、夏也に頼みました。夏也はいずれは、有名な料理人になると思いますので、とても貴重ですよ。」
「でしたら、冷凍保存を。」
「食べてください。」
南條は、少しだけ微笑むと、春樹も微笑んだ。
南條と春樹の間には、親子よりも兄弟の関係が漂っていた。
だからなのか、夏也は嫉妬は無かった。
そうか。
この関係があったからこそ、春樹はきつめが亡くなっても、強く生きれたのだと、貢は感じていた。
兄弟の存在は、争いも絶えない歴史があるが、協力もある。
赤野春樹と南條奨の間には、協力の信頼があった。
それを見守る親友の緑沢夏也の存在。
貢は、貰ったアルバムを大切に手に取り、その日の夜は少しだけ夜更かしをし、アルバムの情報を得た。
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