8「変化」

次の日、緑沢が朝食を作りに来た。


今まで家で作って来たが、いずれこの台所を自分が使うとなると、慣れて置きたかったからだ。

師匠が使っていたと思うと、緊張する。

今までも台所で汁物を温めたり、お湯を沸かしたりしていたが、包丁を使い、材料を切ったりする作業は、教えてもらっていた時以来していない。


早速、朝食を作り始める。

台所用品は、きつめが使っていた物。

丁寧に使用している。


作っている最中、春樹に夏也が話をした。


「春樹、許可取れたぞ。あっさりな。」


その時の状況を教えてくれる。




帰った直ぐに両親が帰ってきて、お弁当箱を丁度台所の洗い場に出そうとしている所だった。


「お帰り、夏也、今日も春樹君の所?」


母が訊く。


「はい、それで少しご報告とお話があります。お茶を入れますので、リビングの椅子に座って聞いていただけますか?」


少しかしこまった態度をし、言葉も選んだ。

想像しては、二つ返事でしてくれる思っているとはいえ、やはり息子が一人増えるのと、自分が赤野家に入る。

お願いと相談をするのだから、きちんとしておきたかった。


「わかったわ、けどね…春樹君と一緒にこれからも生きていく話なら、お母さんは許可するからね。ね、貴方もそうでしょ?」

「許可する。」


本当に、あっさりとだった。


「その話だったんだが、話が一分も経たない内に終わりましたね。俺が、赤野家に入るのも許可をいただけるのですか?」

「もちろん。」





その話を聞いた春樹は、ありがたいようで、申し訳ない気持ちになった。

この話には続きがあるが、この事は春樹には内緒にする事にした。





「夏也、緑沢家は気にしないで、それにね。」


夏也の母が、夏也を抱きしめ、頭を撫でた。


「春樹君には、もう、この温もりを感じられないの。だから、誰かが温めてあげないと、きっと春樹君は折れてしまうわ。今は、大丈夫かもしれないけど、支えてくれる相手がいないと、少し誘惑されたら、そちらに行きそう。本当に、春樹君は賢くて、優しくて、常識もある子だと思う。だけどね。危なっかしいと思う所もあるわ。」


夏也の父も、二人を抱きしめるように、両腕を大きく広げて囲う。


「そうだな。夏也、今まで赤野さんにはお世話になった。だから、これからは春樹君を守るのが恩返しになると思っている。夏也の考えで、自由に、春樹君と生きていきなさい。」


放っておいてくれる両親だが、子供の見る所は見ている。

春樹も見て、分かってくれている。


「もし、私達の助けが欲しい時は相談してね。春樹君、私の息子になるんでしょ?」

「家族になるなら、助けて当然だ。」


夏也は、両親に頭を下げて、少し涙目になりながら、お礼を言った。





その事を思い出しながら、朝食が出来た。

今日の朝食は、和食だ。

ご飯、お味噌汁、卵焼きに焼き鮭。

夏也が作った漬物もあった。


「夏也君、とてもおいしそうだ。」


昨日、この家に泊まった貢は、朝食を見て感想を言った。

温かい湯気の立っている朝食を見るのは、何年ぶりだろうと、感動をかみしめていた。

朝食を食べ終わると、お弁当を貢に出した。


「今日、俺と春樹は土曜日で学校が休みだから、部屋を掃除しておきます。貢さん…じゃなく、義父さんは、引っ越し作業がんばって下さい。」

「君達は、状況飲み込みやすいんだな。」


貢は、春樹と夏也が本当に仲の良い、昔からの親友なのが分かった。


「わかった。帰りは午後四時位になる予定だよ。」


帰宅時間を確認する貢に、春樹は鍵を二つ渡した。

一つは、家の鍵。

もう一つの鍵は。


「きつめ様、所有のお車の鍵。」

「はい、母さんの車です。将来、僕が使うはずでしたが、この二年も使わないと車は傷みますし、引っ越しで荷物が出ますから、これからお義父さんが使って下さるとありがたいです。それに、お義父さんは車をお持ちではないと思いました。持っていたとしましたら、この家に来る時に車で来ているはずだと思ったからです。この辺りの駐車場は少なく、あるとしてもこの家から車十分の駅です。昨日、夏也が来た時に、客が来ている事を靴で確認していました。車で来ていたのでしたら、車で確認をしているはずです。ですので、お義父さんがここまで来た経路としては、先程言いました駅に電車で来られまして、そこからここまでは、メールを受け取ってから、タクシーで来たと推理しますが、どうでしょうか?」

「春樹君の推理通りだよ。それよりも、お車使用していいのか?」

「ええ、是非。」


春樹は、車の鍵を渡し、夏也と貢を見送る為に外に出た。


貢は、きつめの車…もう、自分の車になるのかと思いながら、乗り込み、エンジンをかけて、車を動かす。


車は箱型で、四人乗りだ。

後部座席を倒せば、荷物は十分乗る。

貢は、車の中を見て、自分の荷物は運ぶのに一回で済みそうだと認識した。

窓を開けて一言。


「では、行ってくるよ。」

「「いってらっしゃい、(お)義父さん。」」


セリフもタイミングも一緒に出る。

貢は、微笑んだ。




春樹はぬいぐるみの服を作成し、一日で終わらせ、ぬいぐるみに着せて丁寧に袋に入れる。

段ボール箱に、ぬいぐるみと、そのぬいぐるみが入る大きさのプレゼント用の袋も一緒にし、手紙を添えて梱包した。

贔屓にしている宅配業者から貰っている、三枚複写になっている宛名を書く用紙に、依頼者の宛名と自分の宛名を書いて張った。


その作業を、夏也は貢の部屋を掃除しながら見ていた。

とても、早く、丁寧なのは知っていたが、作っている時の顔だ。

すごく愛おしく、笑顔なのである。


「依頼者が喜んでくれるはずだ。」


午後四時よりも少し前の時間に、貢が自分の物を持って来て、掃除された部屋に荷物を運び入れた。

荷物は、貢の予想通り、一回で終わった。

後は、マンションの契約解除と住所変更の手続きなどがある。


夏也は、一度、両親の夕食を作りに帰った。

その後、赤野家の台所で自分と春樹と貢の夕食を作る。

いつも春樹に持って来ていたのは、お弁当箱だが、今日からはお皿に料理を乗せる。

三人で囲んで食べる。


その時に、貢は春樹がきつめに作った服を持って来ていた。

春樹は嬉しく、受け取った。

一度、血を落とし、綺麗に洗濯したと貢は話すと、破れた箇所だけ生々しさを感じるだけだった。

春樹は、その服を直して、仏壇に供えようと思った。


「あの世で、もう一度着てくれると嬉しいですね。」


そういった春樹に、もう一つ、貢は渡した。

指輪だ。

誤解され突っ込まれる前に、貢は説明をする。


「この指輪は、GPSが内蔵されている。春樹君が、何処にいるのか分かるようにな。それと、夏也君。」


夏也にも同じ指輪を渡す。


「春樹君だけ、居場所が分かるのはフェアじゃない。私も同じのを付けるから、それぞれ、何処にいるのかを把握出来るといいだろ。」


スマートフォンを出させ、アプリを入れる。

ファミリー登録を済ませると、居場所が確認された。


「これで、もし、春樹君が襲われて誘拐された時に使える。防水、耐熱もしてあるし、外部からの電波妨害も受け付けない使用だ。ただ、毎日充電は必要で、このケースに入れてするのを忘れないように…夏也君?」


夏也の様子がおかしい。

春樹が夏也の顔を覗くと、夏也は得意げな顔をしながら泣いていた。


「春樹とお揃いの指輪って事は、婚約指輪でいいんだよな?」


感動していたが、その感情に釘を差す貢。


「いや、これはわが社が開発したGPSだから、一般的に売られているよ。だから、二人だけの特注ではないし、私も着ける。」

「そうですか。」


がっかりした夏也に、貢は夏也の耳元で声を小さくして発する。


「それに、親が用意した指輪で満足か?」


その一言で、夏也は貢を見て、即発され挑発を受けた。


「このやろう。」


夏也は、そんな気持ちが湧いてきた。

貢に負けないよう、春樹に、ポケットの中から包みを渡す。

中を開けると、一つ一つ丁寧に包まれた飴が入っていた。


「俺が作った飴だ。一日、一個は必ず舐めること。」

「どうしてです?」

「その体に、血に、教えないとな。俺の料理が上だとな。」


挑み、自分の物にし、独占欲の塊の顔を、夏也はしていた。



春樹は、部屋を母が使っていた部屋へと移動した。

母の部屋は、夏也が使えばいいと言ったが、きつめが使っていた形跡を汚したくないと言った。

仕事道具を移動させるのは、とても辛いが、夏也も貢も手伝ってくれる。


移動が済むと、今まで自分が使っていた部屋に、夏也が入る。

夏也は、自分の家から少しずつ運び入れる。

後二年あるから、本当にゆっくりだが、寝るスペースと着替えを持って来ていた。


母が使っていた箪笥は、自分が自分の服を入れるのに使い、収納ケースは糸を入れるのに丁度よかった。

テレビ台とゲームはそのままになったが、ここで疑問が残り、ゲーム機を触る。

ゲーム機を操作すると、最初にアカウントを聞いて来た。





「後、二年経たないと、ゲーム、オンラインで好きに買ったり出来ないから辛い。」

「なんでです?」

「子供を守る為に、今は子供が十八歳迎えるまでは、親がアカウントを管理するんだ。ゲームをオンラインで買う時には、クレジットカードが必要だし、親の許可がいる。ほら、今、子供が誘われて被害に合うのをニュースで見た事があるだろ?でも、高校生だぞ?こういうのは、せめて義務教育を卒業した後の年齢、十六歳にしてほしい。」

「へー、ゲーム一つやるにも大変なんですね。」





ゲーム好きなクラスメイトと話を思い出した。


アカウントを解除するのに、メールアドレスとパスワードが必要となる。


母のノートパソコンには、ファイルは確かに開けるなファイルが一つだったが、検索サイトは使用していた。

お気に入りを見ると、フリーで使っているメールアドレスが一つと、よく閲覧していたページが登録されている。


各ゲームの会社に、オンラインショップ一件、緊急子供救急対応マニュアル、県立流石高校、親族への遺産取り扱い方法、献血センター、輸血に関するガイドライン、大会一覧、イベント一覧等、関係や趣味の項目が見られた。

フリーで使っているアドレスを開くと、メールマガジンが殆どであり、削除されてなかったから、すごい量溜まっている。

それらを一つ一つ確認し、整理していく。


すると、各ゲーム会社からと、オンラインショップを、登録した時のメールが残っていた。

これで、登録を解除出来る。

アカウントは、メールアドレスを使用していたからわかったが、パスワードが分からない。


又、春樹の誕生日を入れたが、大文字小文字を含んだ英字と数字が必要で、そんなに簡単ではない。

パスワードを再度登録し直そうとしたが、秘密の質問と答えを聞いて来た。

本当にどうしようかと春樹は思ったが、ふと、手にしていたマウスの裏を見た時である。

そこに少しすり減っているが、紙が貼られていた。

Pの字があった後、大文字小文字を含んだ英字と数字が書かれていた。

入力すると、アカウント情報に入れた。


「母さん、こんな所に…しかも、このパスワードも僕の関係。」


解除すると、新たにやらなくてはいけない事が発見された。


それは、クレジットカードの解約と、運転免許の解除、水道代と電気代の引き落とし変更手続き。

赤野家はオール電化だから、ガス代がないが、屋上には、太陽光発電がある。

けど、太陽光発電だけでは家一軒分を賄うのは、今の所難しい為、電気会社も契約している。

電話は携帯電話があったから、固定電話は契約してなかった。

後、車の名義変更に、家の管理者変更が残っていた。


それらを貢は聞くと、全て受け付けてくれた。

こういうのは、大人だとスムーズにいくだろう。


メールを整理していた時に、電子書籍の単語を見た。

母は、タブレッドを持っていたのを、思い出した。

テレビ台を見ると、ゲームと一緒に置いてあった。


タブレットに電源を入れて見ると、電子書籍があった。

どんな本を読んでいたのかを知りたく、電子書籍アプリを開くと、すごい量の本があった。

ザっと見で、漫画が多くあったが、それに紛れる様に医療関係、子供と作る料理、操作四駆のカタログに、遺産の管理方法、楽しい間取り教室、偉人達の文集一覧、基本的な手芸屋さん、ゲームの攻略本に加え、桜の木の取り扱い方法があった。


春樹は、電子書籍だけは残し、母が読んだ本を読む。

母の考えを知りたかったから、時間が空いている時は読書をした。

全て読み終わった時に、母が使用していたメールアドレスは、必要がないと確認取れ次第解約した。


きっちり、生活が出来て、赤野春樹の父親が白田貢になる手続きが完了するまで、半月が過ぎた。

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