2「秘密」
時間を見ると、午後四時半。
下校する時間に近かった。
玄関を開けると、幼稚園からの親友がいた。
親友は、身長が百七十五センチ位。
髪は、乾かすにもドライヤーが必要ない位短くしているが、ボーズではない。
制服を着て、手にはプリント類と四角い箱、背中にはリュックを持っていた。
制服はブレザーで、ネクタイは青色、ジャケットとズボンは灰色だ。
カッターシャツは自由だ。
親友は、白色のカッターシャツだ。
自分は、黒色のカッターシャツを好んで着ている。
「今、大丈夫か?」
プリントと四角い箱を、自分に渡しながら訊いてきた。
「大丈夫です。葬儀も済みましたし、書類も提出出来ました。これからの事も準備出来ました。だけど、母の遺品整理が出来てなくて、今日から始めたばかりです。」
「俺に、出来る事があるなら言えよ。」
「ありがとうございます。毎日弁当届けてくれるだけでも、嬉しいです。」
受け取った四角い箱は、弁当であった。
親友は、料理人になるのが夢だ。
小学生の頃から、両親が共働きでよく家に遊びに来ていた。
その時、母が料理を作っているのを見て、魔法を見ているみたいだと言い、母から料理を習っていた。
もちろん、親友の両親には、許可を取ってである。
上手く出来れば弁当にして、両親の夕ご飯にして持ち帰っていた。
繰り返す内に、いつの間にか、親友が家で料理当番となっていた。
小学生、中学生の全国料理選手権等の大会があれば、出場し、優秀賞を手に入れ、賞状やトロフィーも数多くある。
大会には、母が付き添い、自分も一緒に応援しに行っていた。
「急だったな。」
「葬儀に来てくれて、ありがとうございます。」
葬儀は、家族葬だったが、親友と親友の両親、担任が来てくれた。
「俺にとっては、師匠だからな。弟子が来るのは当たり前だ。学校には、いつ登校出来る?」
「明日は、金曜日ですが、半日だけ行こうと思っています。就職決まっているとはいえ、出て置かないと、後二年の授業料が勿体ないです。それに、持ち帰ってない上履きと歯ブラシセットが気になります。」
「言ってくれれば、俺、持って来たぞ。」
「ありがとうございます。」
二つ、三つ話をしてから、お弁当のお礼を言って、玄関で別れた。
台所に行き、冷蔵庫の中からペットボトルのお茶を持ち、母の部屋に戻った。
受け取ったプリントを目で簡単に確認してから、持ってきてくれた弁当をこたつに広げた。
ノートパソコンの電源を押し、起動するまでに弁当を食べる準備をした。
弁当は、本当においしそうで、早く食べたいと食欲を駆り立てられる。
一口、二口、口に入れて、パソコンを見ると、パスワードを聞いてきた。
母は、自分にどんな細かい事でも嘘を一つも付かなかったから、パスワードを聞いてきた事に不思議に思えてきた。
母の携帯電話を解約する時も、パスワードを設定していなかった。
携帯を解約する時は、一応、連絡先一覧は手書きで写してある。
関係は、学校で知り合ったママ友と学校、病院、仕事関係と思われる企業の名前だった。
その中で不思議だったのは、母の実家が入っていない。
自分も母の実家に行った事がないし、祖父母の話は聞いていない。
小学生の頃、祖父母や父親の事を訊いたが、話す事が出来ないと言っていた。
話せない、話さないではなく、話す事が出来ないだ。
自分に知らせなくない理由があると思い、それ以来、聞かなかった。
そんな事を思い出し、今、目の前にあるパスワードに意識を戻す。
「パスワード…。」
少し考えた後、自分の誕生日を入れた。
解除出来た。
母が、パスワードを自分の誕生日にしてくれていたのは嬉しかった。
通帳の時でも、パスワードは一緒に入れて置いてくれたおかげで分かったが、そのパスワードも自分関係であったのを思い出した。
こんな分かりやすいパスワードなら、どうして、パスワードを掛ける必要があるのか。
これでは、息子だけに見せたい情報があると言っているモノ。
早速、現れた画面は、ワードで作られたアイコンが一つだけだ。
本当にアイコンが一つだけで、全てのファイルを開けても、ドキュメントも、ミュージックも、ピクチャーも、ファイルが一つもなく、ただ単にディスクトップにワードで作られたファイルアイコンがあるだけだ。
ノートパソコンに、接続されている外付けのハードディスクの中を見る。
自分の生まれる前のエコー写真から今までの写真が、きっちり年齢毎に分けられ、保存されていた。
だが、それ以外は何も入っていない。
ワードで作られたアイコンのファイル名が「開けるな」。
「開けろって、言って居る様な物だよな?」
「………。何か忘れ物ですか?」
先ほど、玄関で別れた親友が、チャイムに気づかないほど、パスワードと闘っていた自分を見ていた。
「これを渡すのを忘れた。」
説明しながら、親友は丸く蓋が付いた容器を出した。
受け取ると、とても温かい。
中身は味噌汁だ。
「…で、開けて見るのか?」
「開けて見ないとダメだと思います。」
持ってきてくれた味噌汁の容器を開けて、一口飲む。
温かくておいしい。
マウスを操作して、ポインターをアイコンに向ける。
ダブルクリックして開ける。
ワードが起動して、現れたのは、これからの自分を変える内容が書かれていた。
次の日、親友が午前五時半に来た。
「起きていたか?おはよう。」
「おはようございます、昨日の事が頭を巡っていて、中々寝付けなかったです。」
「その様だな。髪がすごいぞ。」
自分の髪は、ストレートで短いが、親友よりは短くない。
肩に付くか付かないか位の長さといっても、母よりは少し短い。
その髪が、今日は、何か所か乱れている。
親友は、竹を細く切り細工した箱に卵のサンドイッチを作ってきて、朝食用に持ってきてくれた。
小さい鍋も持ってきていた。
中身は、コーンスープである。
早速、家に入れ、コーンスープを温め直してくれている間に、自分は、髪を一度水で濡らしてからドライヤーを使って乾かし、いつもの髪にした。
居間で朝食を食べる。
「「いただきます。」」
サンドイッチに手を伸ばし、温め直してくれたスープを飲む。
少し落ち着いてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですけど、気になりますね。」
「怪我、しないように。」
「そうしたいけど、この仕事で怪我をしないって宣言が出来ません。」
自分は、手芸が好き。
きっかけは、幼稚園に通っていた時。
友達が幼稚園に持って来て居たくまのぬいぐるみの耳から、綿が出ていた。
糸が弱っていて切れたのだろう。
友達が泣いていて、園の先生が慰めていて、他の園児も心配そうに見ていた。
自分もその一人で、心配して、自分に何が出来るだろうと考えていた。
すると、自分を迎えに来ていた母が、一瞬でその場の状況を把握し、持っていたソーイングセットを出して、素早く直した。
友達は、アッという間に直してくれたのを見て、笑顔になっていた。
それを見て、直す仕事をしたいと思い、手芸を基礎から母や本で習った。
自分用に裁縫セットを買い、お金を貯めてミシンも買った。
ホームページを立ち上げ、ぬいぐるみの修復をする様になり、依頼も来ていた。
今では、ぬいぐるみの服を作成、人の服の裾上げにリメイクに、刺繍やボタン付け、あみぐるみなども作る。
毛糸でマフラーやセーター、手袋も受け付けていて、九月になるとそれらの仕事が多く入る。
ホームページを立ち上げたのが、中学二年生の頃で、今年で三年目になる。
その二年の間に、食べていける位には稼げていた。
去年、受験で大変だったが、息抜きにはなったし、勉強は好きで仕事と両立出来ていた。
高校に行かなくてもいい選択もあったが、母が高校へ行くのを薦めてくれた。
なにより、親友も一緒である。
自分は親友とは違い大会とかは出なかったが、自分の能力を生かして、手芸を仕事にして、自分の家にて母と一緒に暮らしていけたらと思っていた。
今は、母はいないが、自分は生きていける位の仕事を持っている。
だから、大丈夫!と思ったが、母のノートパソコンに入っているワードで作られた資料を読んだ時には、大丈夫か?と自分は思った。
「針使ったり、ハサミ使ったりするからな。」
親友が、自分の立場になっても、同じ様に宣言出来ないと言った。
開けるなファイルと言う事に決めて、それを印刷して読み直す。
「まさか母さんが、母さんの血を一滴でも口に入れると、その人の能力が強まる能力を持っていたなんて…。」
「しかも、その血を引き継いでいる可能性が、お前にもあるとはな。」
「母が亡くなった事により、色んな人が訪れるかもって…。」
「それって、血を貰いに来るっていうことか?」
「かもです。」
開けるなファイルは、自分に強く殴ってきた。
食べているサンドイッチが、少し血なまぐさくなるほどの情報だ。
「お前…気をつけろよ。」
「はい。なるべく。」
朝食を食べ終わった後、学校に行ける準備をして、親友と一緒に家を出た。
親友は、朝食で使った物を家に置く為、学校へ行く前に家に寄ってから登校した。
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