第77泳
しっかり者らしい子どもの人魚は何人かいて、その中には正義の手を持って生まれてきた者もいた。そのうちの一人が、大都市リュウキューウの外までグリンの案内を買って出た。
「旅の人なのですね。はじめまして、私はリリンと言います」
丸っこい目をくりくりさせて、リリンは慎重そうな顔つきでグリンを眺めた。正義の手を持っているがそれは右手の親指と人差し指だけで、他はいたって普通の女の子らしい形をしている。
リリンは旅の人魚に興味があるのだった。それだから、遠慮がちではあるがグリンによく話しかけた。
「グリンさんは、どうして司法にならないのですか?」
「僕、のんびりしているのが好きだからね」
先導しながらぱっとグリンを振り向いた少女は、安心したような、輝くような笑顔だった。まるで仲間が見つかったような感じである。それで、おずおずと口に出した。
「私、本当は旅がしたいんです。どんな海が広がっているか見てみたい。でも、正義の手があるから司法になった方がいいんじゃないかとも思うんです」
グリンは一言だけ、ぼそりと口にした。
「人魚の寿命は長いからね」
リリンは、深い谷を眺めながら、魚の群れが頭上を行くのを感じつつ日向ぼっこをする生活を、胸に浮かべて思い浸る。反対に、大都市リュウキューウで裁判官としてあのハンモックに腰かける自分の姿も見える。
「ありがとうございました」
大都市の外れで、リリンは打ち解けた表情で手を振った。方向が決まったわけではないが、リリンは長い寿命を生きる人魚なのだ。
外洋に出て、大都市リュウキューウの光が遠くになった頃、子どもの人魚やイソギンチャクに注意を払って黙りこんでいたリムが、ようやく口を開いた。
「グリンだって、何にだってなれるんだ。司法にも、接着剤にもなれる」
グリンが声を立てて笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだっただろうかと思うほどだった。いつもは物静かで、物憂げな雰囲気さえ纏っているのに、「接着剤にもなれる」というなんでもない一言が、なぜかグリンの緊張をほどいて笑いを呼んだのだ。
つられてリムも笑い出し、何がおかしいのか二人とも分からないまま、不思議で楽しい旅がまた始まった。
めざすは北の海である。
医師・ナンデモミルは北の海で、マイブームの遺跡調査に勤しんでいるという。娘であるナンデモオコルの話では、最近になって発見された地上の遺跡を調べている可能性が高い。
そこから久しぶりに大都市リュウキューウに帰ってきて本を書いたと思ったら、また調査に出てしまったというのだ。
大都市リュウキューウでは、グリンの背中の海藻のことは分からなかった。グリンはだるさもないし、生命力が失われている感じもない。むしろ元気なくらいだが、それは背中の相棒のおかげだろう。
ひとしきり笑ったグリンが後ろを振り返ると、大都市リュウキューウはもう光の点になっていた。やがて海の青の向こうに消えていったのだが、グリンはもう見ていなかった。
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