第76泳

 ナンデモオコルがあまりに大事そうにユキの肖像画を胸に抱えているので、グリンとリムはそれをあげることにした。

「いいのかい? ありがとうね」

 目の端に涙の粒が盛り上がってポロンと落ちるとき、瞬く間に白銀の真珠の粒に変わるのだった。


 それから、リムが気の利いた思い付きを話した。

「飛尾って知ってる? ものすごくうるさい声の伝言屋で、ピカピカひとつから伝言してくれるんだ。それでユキとデートの約束ができるんじゃないかなあ」

 リムの頭の中には、飛尾が繰り返し唱える宣伝文句が響いていた。


「ピカピカなら、いくらでもあるさ。これでいいのかね」

 ナンデモオコルは嬉しそうに大粒の真珠をいくつか拾うと、手で転がす。

「私は仕事があるし、ここから離れられなくてね。ワルワーラの顔も久しぶりに見たいもんだ。他にも、私が世話した子らがあの街にいるかもしれないね」

 そう言うと、胸にユキの肖像画を抱いて、何と伝言しようか考え始めた。


 それからこちらも気の利いた思い付きをした。

「そうだ、あんたたち。うちの父ちゃんのナンデモミルを探してるんだろう? あの人なら少し前にもう大都市リュウキューウを離れて、北に行っちまったよ」

「えっ」

 これにはグリンとリムはがっかりしたが、ナンデモオコルが大都市リュウキューウにいる医師を呼んでくれることになった。


 結論から言うと、やってきた医師にはグリンの背中のことが分からなかった。

「いやあ、ちょっとわかんないわ、これ。なんで生えてるの?」

 そう言いながら困惑顔で海藻をつまむものだから、リムがロケットのようになりながらそれを制止する事態に陥った。

「ナンデモミル先生がいいでしょうね。とにかくこっちにはお手上げ。ごめんね。それにしても不思議。人魚って海藻、生えるんだね」

 リムは口にこそ出さなかったが、なんて権威のない医者だと思った。外見的には賢そうで、大きなカバンまで持って眼鏡をかけた人魚である。


 人魚というのはわりあい適当な性格なのかと、リムはいぶかしんだ。実際、そうでもあるといえるし、そうでないともいえる。おおらかな性格はだいたいの人魚に当てはまるが、使命に燃える厳格な人魚もいるのだ。

 ナンデモオコルなどはしっかりしている方で、ウラニワの街からの避難誘導を呼びかけたところなど、人魚らしからぬ現実主義ともいえる。


「まあ、人魚の医者なんてこんなもんだな」

 医者の人魚がグリンの海藻を手にさっさと退散してしまったあと、ナンデモオコルは諦めたように言って、それから付け加えた。

「私の父のナンデモミルはもっと医者らしいから、安心してくれよ」

 リムはやっと安心した。


 こうしてグリンとリムの旅は、北の海で遺跡調査に勤しむ医師・ナンデモミルを目指して続くことになった。


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