第64泳
傍聴席からは、サンゴをくわえた見物人たちが喉の奥を鳴らす音がする。それはため息というか、唸り声というか、心の動きに連動して自然に出るほどのものだが、ある種の音楽会場のような法廷には、何人もの低いハミングのように響くのだった。
「裁判長、どうしましょう?」
デッドとアライブがお伺いを立てると、裁判長のナンデモオコルはげんこつを顎のあたりからおろして言った。
「悪いけどねえ」
それはテノールのオペラ歌手のように豊かな響きを持つ声で、威厳にあふれている。
「私たちは、そこの男の人魚に聞いてるんだよ、お嬢ちゃん」
それからひし形に吊り上がった目をゆっくりとまばたきした。
リムは裁判官からグリンを守るように間をとると、冒頭の声はひっくり返ったが、説明を試みた。聞いてもらえなくても、グリンのぶんまで早口で説明しきるつもりだった。そうすれば、グリンはリムの言う通りですと答えるだけで済むと思った。
「お、おれがイソギンチャクにパクッといかれたんです。それでグリンがおれを助けようとして、人の家に入ったんです。それで薬をかけてるあいだに、おうちの人が帰ってきて、それで、グリンは何も盗ってません!」
低く歌うようなナンデモオコルは、リムが言い終わるが早いか、係の人魚や魚たちに指示を出した。
「このお嬢ちゃんを別室に。悪いねえ、君の話はまたあとで聞くよ。今はその、グリンの番だからねえ」
退場させられるとあって、リムは喋りまくった。
「裁判長!おれの話を聞いておくれよ!怒るんなら勝手についてきたおれを怒ってくれよ!グリンは本当に、おれを助けてくれただけなんだ!」
グリンは両脇からしっかりとごつい腕に抑えられ、リムは小型の網ですくわれながら、もはや支離滅裂になった言葉を並べて、言いたいことがあることだけが伝わる有様だった。
「イソギンチャクがおれを食べたから、いや、おれがわがままを言って大都市にまで来たので、グリンは海藻が怖いんです! 背中のやつです。だから医者をやってください! 医者を探しに来たんです。泥棒なんかしてません!」
うつむいてしまったグリンは、肩がブルブルと震えて、呼吸はこみ上げるばかりだった。人魚は息をする必要もないが、声を出すときには息を吸うし、動揺すれば呼吸も乱れる。
無情のため息が頭の上に降りかかり、その日の法廷は終わった。
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