第58泳

 大都市リュウキューウでは、日々たくさんの犯罪が起きる。乱暴者も泥棒もいるが、男の人魚が捕まるのは珍しかった。

 グリンは本当のところ、びっくりした婦人よりも仰天していたものだから、リムをビンに入れて頭の中に隠せただけ上出来な展開である。泥棒と叫んだ婦人に謝る間もなければ、弁解のために回る舌も持っていない。


 見物人の目にさらされ、うなだれて大人しい男の人魚は、家から出てきたところを大柄な女の人魚と、外で待機していた他の人魚の二人に両脇を抱えられ、連行されていく。

「道を開けなさい」

 毅然と職務に燃えるこの人魚たちは「司法」といって、警察官の役割を果たしていた。誰もが司法とグリンに道を開け、誰もが窓から身を乗り出して覗き、誰もが噂話をした。


 リムを食べようとしたイソギンチャクのレミュウは、さらに別の司法の手に乗せられていたところだった。狂乱じみていた頃にしてみればだいぶ我を取り戻していたが、グリンを見つけると大声でわめきはじめた。ショッキングな気持ちが再び高ぶってきたようだ。

「あいつだ! あいつだ! 間違いないぞ! あいつがおれを握りやがったんだ!」


 この大都市では、犯罪を裁く場所が112か所もある。これも「司法」という。いわば警察、警察署、裁判所にあたるものは、まとめて「司法」と呼ばれている。


 グリンは白と黒の縦縞模様の木の幹の前に連れてこられた。ここは警察署にあたる。

 おとなが二百人ばかり手を繋いで囲んでも、木の幹を囲めるどうか、という巨大さである。そこに楕円の節目がついていて、元々開いていたのか、くり抜いたのか、玄関になっている。

 重い金属の扉は、マッコウクジラほどもある。両脇に三叉槍が刺さっていて、力自慢の女の人魚が二人、それぞれ腰かけて冷たい目でグリンを見下ろしていた。

「開けてくれ!」

 グリンが斜め後ろの声の主を見ると、自分を両脇から抱えている人魚の他にも、治安を守るべくして集まった者が大勢いた。グリンは取り囲まれて、さらに両脇を固められてここにやってきたのである。顔はずっとうつむいていたから、こんなにたくさんの人魚たちに世話になっていることに気付いていなかったのだ。


 これは大変なことになった、とグリンは思った。それだけを考えると、また仰天した心が体を支配して、言われた通りにすることと、心臓を動かすこと以外に取り組むのが難しくなった。

 リムはグリンの髪の中で、やっと頭がはっきりしてきた。透明なビンごしにグリンの髪を見るのはもちろんはじめてで、青緑色の海藻に包まれているような安心感さえあった。

 グリンは自分を助けようとしたのだから、説明すればすぐに分かってもらえるはずだ、とリムは思うのだった。

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