第3話 内見が始まったぁ
高井が大げさに手を振った。
「いえいえ、ご購入だなんて、とんでもない。そのようなことは決してございません。これはあくまでサービスですから、お客様は、AIがバーチャルに作った家を楽しんでいただくだけで結構です。お客様にはご購入といった義務は一切、発生いたしません。このAI内見をしたからといって、家を建てる必要は全くないのです」
すると、美雪が聞いた。
「でも、AIがバーチャルで作り出したおうちを、本当に建てたいという人もいるんじゃないのですか?」
高井が美雪を見ながら答えた。
「はい。そういうお客様もいらっしゃいます。私どもは不動産屋でハウジングもやっておりますので、そういうお客様には、AI内見とは別にお話を進めさせていただいております。ただし、あくまで、そういうご要望があれば・・・の話で、私どもから、AI内見をされた家をお客様にお勧めすることは決してございません。どうか、ご安心ください」
ここで、高井は一旦言葉を切って、ボクと美雪の顔を見た。そして、ゆっくりと話を続けた。
「それに、お客様の中には部屋数が100を超えるような、途方もない大邸宅をAIに作らせる方もいらっしゃるんですよ。そんな大邸宅を実際に建てるとなると、天文学的なご予算になってしまいます。もちろん、お客様のご要望があれば、そんな大邸宅でもお造りすることは可能ではございますが・・・こういったケースは、後で、いろいろと揉めることが多いんですよ。このため、基本的に私どもは、空想の家をAIで内見していただくことと、実際に家を建てられることは別々に取り扱っております」
今度は僕が聞いた。
「そのAI内見には予約がいるんですか?」
高井が答えた。
「いえ、ご予約いただいても結構ですが、すぐ今からでも可能ですよ。よろしければ、今からAI内見をなさいませんか?」
僕と美雪は、顔を見合わせて・・・うなずいた。
高井が満足げに、にっこりと笑った。
「承知いたしました。では・・・」
そう言うと、高井は立ち上がって、事務机から二枚の紙と二本のボールペンを持ってきた。
「よろしければ、この紙にご主人様と奥様、それぞれの家のご要望を書いてください。洋風・和風、平屋あるいは何階建てか、部屋数、家具や調度品、壁の色やカーテンの模様、庭はどうするか・・・何でもご自由に書いていただいて結構です。実現不可能なことでも、AIが調整して、バーチャルの家を作りますのでご安心ください。ただし、ホワイトハウスの内見をしたいとか、バッキンガム宮殿の内見をしたいとか・・・そういった、実際にある建物の内見はご容赦ください。プライバシー保護などのために、実際にある建物は、AIで内見していただくことができない決まりになっております」
美雪が首をかしげながら、高井に聞いた。
「でも、主人が洋風の家、私が和風の家と書いたら、AIも困るでしょう。そんなときは、どうなるんですか?」
「そのときは、AIの判断によりますが・・・おそらく、半分が洋風で、半分が和風のお宅になると思います」
僕はもう一度確認した。
「どんなことを書いてもいいんですね? お金は一切かからないんですね?」
高井が再び笑みを見せた。
「はい。何をお書きになっても結構です。そして、何をお書きになっても無料でございます」
僕はなんだか楽しくなってきた。だって・・・空想した家を実際の家のように内見できるのだ。まるで、無料の遊園地のアトラクションのようじゃないか・・・
僕たちは別々に、思いついたことを紙に書き始めた。
僕は『新しい家』を頭に思い浮かべた・・・
そうだなぁ・・・和風より洋風の家がいいなぁ・・・で、平屋だ・・・次に、部屋は、LDKがそれぞれ別々で、その他に5部屋ぐらい欲しいな・・・キッチンは新しくてモダンで・・・そうだ、僕は、そばを打つのが好きなので・・・キッチンで麵を打てるようにしよう・・・そして、そうだ、書斎だ・・・機能重視の書斎がいい・・・そうして、ちょっとした庭があって・・・
僕が書き終えると、ちょうど美雪も書き終えたところだった。美雪が、僕に見えないように、紙を手で隠している。学校のテストじゃあるまいし・・・僕は笑ってしまった。
僕たちが、書き終えた紙を高井に渡すと・・・高井はその紙を持って、事務所の奥に消えた。しかし、すぐに戻ってきて、奥を手で指しながら、こう言った。
「準備ができました。どうぞ、こちらへ」
僕たちは応接セットから立ち上がって、奥へ歩いた。
応接セットの位置からは見えなかったのだが、奥にドアが一つあった。高井がそのドアを開けた。高井と僕たちは、ドアの向こうに進んだ。
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