第4話 玄関
ドアの向こうには・・・広々とした芝生があった。そして、眼の前にはベルサイユ宮殿かと見まごうような洋風の大邸宅が立っていた。
僕は慌てて後ろを振り返った。先ほどのドアは消えていた。
僕は周囲を見回しながら、高井に聞いた。
「こ、ここは?・・・AIのバーチャル空間なのですか?」
高井が笑った。
「そうです。・・・ここが、AIのバーチャル空間です。このバーチャル空間では、AI内見コンシェルジュの私がご案内いたします。では、内見を開始しましょう」
そして、高井が大邸宅を指差した。
「こちらが、ご要望されたお宅です」
「えっ?」
僕はもう一度、その大邸宅を見上げた。白亜の3階建てで、建物は左右にずっと伸びていて・・・地平の果てまで続いていた。なんと、建物の左右の端がかすんでいて、よく見えないのだ。
高井が大邸宅に向かって歩き出した。あわてて、僕は高井を呼び止めた。
「高井さん。ちょっと待ってください。これって、何かの間違いじゃないんですか? 僕は『LDKがそれぞれ別々で、その他に5部屋ぐらい欲しい』って書いたんですけど・・・」
高井が僕を振り返って言った。
「はい、その通りです。でも、奥様が・・・」
そう言うと、高井が美雪の顔を見た。美雪がペロリと舌を出して、僕に言った。
「ごめんなさい、晃司。私、お部屋の数を10,000って書いちゃった」
「部屋数が、い、10,000だってぇ・・・」
僕は眼の前の大邸宅を見ながら絶句した。
高井が平然として言った。
「はい。正確には・・・奥様のご要望が10,000部屋。それと、ご主人のご要望が『LDKがそれぞれ別々で、その他に5部屋ぐらい欲しい』ということでしたので、リビング、ダイニング、キッチンと居室が5つで、合計8部屋ですね。このため、こちらのお宅は全部で10,008部屋になります」
「・・・」
僕は呆然として、大邸宅を見つめた。
それから、僕たちは高井に案内されて、玄関に歩いて行った。歩くと、足元の芝生が靴を包み込んできた。まるで、絨毯の上を歩いているようだ。
僕たちの眼の前に巨大な玄関扉が現れた。
玄関扉は、金色に輝く大理石の柱に支えられた、高さ3メートル、幅2メートルほどの重厚な木製のものだった。扉の表面には、細かな彫刻が施されている。どうも、神話に出てくる場面や、歴史上の有名な場面が彫られているようだ。扉の両側には、豪華な花瓶や銅像が置かれている。まるで王宮の玄関扉のようだ。
僕は扉の上部を見上げた。家の紋章のようなものが飾られているのが見えた。その下には、名前が金文字で刻まれていた。漢字で大きく『晃司 美雪』と書いてあった。
高井がポケットから鍵を取り出して、その、とてつもなく大きな玄関扉を開けた。僕の眼の前に巨大な空間が現れた。
高井が言った。
「こちらが玄関ホールです」
そこは、100m四方はあるような巨大なホールだった。1階から3階まで吹き抜けになっていて・・・直径5mはあろうかという巨大シャンデリアがいくつも列になって、天井からぶら下がっていた。床は大理石で、中央は真っ赤な
美雪が床を指差して言った。
「私、吹き抜けの玄関と豪華な敷物って書いたの」
高井が美雪の後を続けた。
「はい。奥様のご要望通り、最高級ペルシャ絨毯を敷き詰めております。ペルシャ絨毯は、素材、染料、デザイン、仕上がり、ノット数などによって品質や価格が異なります。一般的に、シルクやウールの素材、天然の染料、緻密な模様、高いノット数のものが高級とされています。で、この絨毯でございますが・・・イランのイスファハン産の、1平方メートルあたり200万のノット数を持った最高のシルクの絨毯をご用意しました。この赤色はペルシャ絨毯の伝統的な色のひとつでして、情熱や幸運を象徴しております。この絨毯は、もはや芸術品でございます」
「・・・」
僕は呆然として、ペルシャ絨毯を見つめた。
それから、高井は僕たちを玄関ホールの脇に連れて行った。ドアが見えた。高井がそのドアを開けた。
ドアの向こうは体育館ほどの広さの空間だった。空間の中には仕切りの壁がいくつもあって、それぞれの壁には無数の棚が付いていた。棚には何も入っていない。
僕は呆然としながら、高井に聞いた。
「ここは図書館ですか?」
高井が言った。
「いえ、図書館ではございません。ここは、シューズクローゼットです」
僕と美雪は顔を見合わせた。美雪が僕を見ながら言った。
「私、広いシューズクローゼットって書いたのよ」
僕は言った。
「美雪。いったい靴を何足、買うつもりなんだよ」
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