第6話 家事室

 ドアを開けると、取っ手を手で持ったまま、高井が僕たちを振り返った。高井が自慢げに言った。


 「こちらは、奥様がご要望された『豪華な家事室』でございます」


 僕は眼を見張った。


 そこはただの家事室ではなかった。超豪華な空間だった。


 床は大理石が敷き詰められ、壁には巨大な鏡が飾られていた。壁際には、最新式の洗濯機や乾燥機、アイロン台、蒸気アイロン、ミシンなどが揃っていた。洗濯機や乾燥機だけでも、それぞれ10台以上あるのだ。それらの横には、洗濯物を分別するためのカラフルなバスケットが整理されて置いてあり、収納用の大きな棚が壁に沿ってたくさん並んでいた。


 家事室の中央には巨大で豪華な机があり、そこで洗濯物をたたんだり、縫い物をしたりできるようになっている。机の上には花瓶に生けられた花や、雑誌や本が整然と置かれていた。机のそばには快適なソファやチェア、テーブルがあって、休憩するのに最適な空間を演出していた。さらには、音楽を流すためのスピーカーや、テレビを見るためのスクリーンも備えてあった。壁の一部には、たくさんの絵画が掛けてあった。その反対側の壁には大きな窓があり、外の明るい芝生を眺めることができた。


 僕が窓から芝生を見ると・・・芝生の向こうを電車が走っているのが見えた。僕は首をひねった。


 「あれっ? 高井さん。あそこに電車が走ってますよ。僕たち、電車の近くの家って書いたのかなぁ?」


 高井が首を振った。


 「いえ、そうではございません。あれは、この家の敷地の中を走る電車でございます。何しろ、部屋数が10,008もあるお宅ですから、各部屋や敷地の中を行き来するだけでも大変なわけです。それで、AIが気を利かせて、お宅の中に電車を走らせているのです。こうして、お宅の中を電車で行き来することができます」


 「・・・」


 僕は呆然として、窓の外の電車を見つめた。


 すると、美雪がびっくりする声が聞こえた。


 「キャー。これ、誰なの?」


 声の方を見ると・・・家事室の中ほどの壁に、とりわけ大きな油彩画が掛けてあった。美雪が口に手を当てて、その絵を見上げている。


 僕と高井は、美雪の横に行った。


 美雪が見ていたのは、女性の肖像画だった。女性は豪華なドレスと宝石を身につけており、右手に本を持っていた。女性の足元には愛犬が描かれている。


 僕は女性の顔を見た。どこかで見た顔だった?・・・はて?・・・


 それに、犬の顔もどこかで見たことがあるような気がした。それにしても、あの犬って、なんだか間抜けな顔だなぁ・・・


 すると、高井が絵を見ながら言った。


 「これは奥様の肖像画です」


 えっ、絵の女性をよく見ると・・・美雪だ。衣装が豪華すぎて、分からなかった・・・


 美雪が大きくうなずきながら、高井に言った。


 「そうですよね。これって、どう見ても、私ですよね。・・・で、高井さん、この犬って、誰かに似ているように思うんですけど・・・」


 高井が絵を見ながら言った。


 「その犬の顔は・・・ご主人です」


 僕はびっくりしてしまった。


 「ええっ、なんで僕が犬になってるの?」


 美雪が僕を見ながら言った。


 「私、あの紙に『豪華な家事室』って書いた後、晃司も家事室で私と一緒にいて欲しいなって思って・・・横に『主人がいる』って書き加えたのよ」


 高井が驚いた声を上げた。


 「あっ、あの字は『る』だったんですかぁ? AIが間違って『ぬ』に読んだんですよ。『る』と『ぬ』は似ていますから・・・」


 僕は何のことか分からなかった。高井に聞いた。


 「えっ、『る』をAIが間違って『ぬ』に読んだって何のことですか?」


 すると、高井ではなく、美雪が答えた。


 「それって・・・『主人がいる』の『る』が『ぬ』だから・・・主人がいぬ・・・つまり、『主人が犬』・・・になったのね」


 「・・・」


 僕は呆然として、その絵の犬を見つめた。


 それから、僕たちは豪華な家事室を見て回った。


 最後に美雪が窓際のふわふわのソファに座りながら言った。


 「うわ~、私、こんなお部屋で家事をしてみたい」


 僕は笑った。


 「冗談じゃないよ。こんな部屋にいたら、豪華すぎて、返って家事なんて出来やしないよ」


 高井が僕たちを見ながら言った。


 「そんなときのために、こちらの部屋を、家事室の隣にしました」


 僕は首をひねった。


 「家事室の隣にした部屋?」


 「はい、そうです。どうぞ、こちらへ」


 高井の案内で、僕たちは隣の部屋に移った。


 そこは、3畳ほどの狭い空間だった。奥に質素な樹脂製の安物の机と、やはり樹脂製で折り畳み式の安物の椅子が1つずつポツリと置いてあった。机も椅子も、どちらも何故か木目調の樹脂で出来ている。


 美雪がびっくりした声を上げた。


 「こ、この狭いお部屋は何なの? 飼ってるワンちゃんのおトイレ?」


 高井が美雪に説明した。


 「いえ、ご主人が希望された書斎です」


 僕は悲鳴を上げた。


 「ヒエ~! こ、これが・・・僕の書斎だってぇ?」


 高井が言った。


 「はい。ご主人のご要望の通りですが・・・」


 「でも、この部屋って・・・何にもないじゃないですか? 僕は『機能重視の書斎』って書いたんですよ」


 高井が首をひねった。


 「えっ、『機能重視の書斎』ですかぁ?・・・

  おかしいですねぇ・・・

  あっ、分かった!・・・

  『機能重視の書斎』は『きのうじゅうしの書斎』だから・・・

  AIはこれを『きのじゅしの書斎』・・・

  つまり『木の樹脂の書斎』って読んだんですよ。

  それで、木目調の樹脂で出来た机と椅子が置いてあるんですよ」


 「・・・」


 僕は呆然として、安物の机と椅子を見つめた。


 すると、美雪が高井に聞いた。


 「でも、主人の書斎が家事室の横にあるのは、どうしてなんですか?」


 「はい。こちらの部屋は家事室の隣ですので・・・奥様が家事室でテレビをご覧になっていても・・・ご主人がいつでもすぐに、家事室に行って・・・奥様の代わりに、家事をすることができるようになっています。もちろん、奥様がおっしゃったように、ご主人がお仕事中に、飼っているワンちゃんを連れてきて、トイレをさせることも出来ますよ」


 僕は天井を仰いだ。


 「うわ~、僕の部屋は変なのばっかりだぁ~」


 すると、美雪がいたずらっこのようにクスリと笑って、ボクを見たのだ。


 「晃司。そうでもないわよ。実は、私ね・・・晃司のために、とっておきのお部屋を作ったのよ。晃司をビックリさせようと思ってね」


 僕はびっくりした。


 「えっ、僕のための部屋? そんなのが、あるの?」


 すると、美雪は高井の方を見た。


 「ねっ、そうでしょ。高井さん」


 高井が微笑んだ。


 「はい、その通りでございます。奥様が『私の大好きな晃司のためのお部屋』とお書きになった部屋のことですね。もちろん、AIが準備しておりますよ。その部屋も、ご主人が普段お使いになる、この『書斎』の横に作ってございます。・・・どうぞ、こちらです」


 高井が僕たちを『機能重視の書斎』の隣の部屋に案内した。

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