第7話 晃司のための部屋

 隣はいやに暗い部屋だった。


 部屋の中央には、黒い大釜が置いてある。・・・大釜の真下だけが土間になっていて、焚火が燃えていた。大釜が焚火で加熱されているのだ。大釜の周りには、色とりどりの瓶や壺が並べられている。部屋の壁には、杖のような棒や、ほうきが掛けてあった。

 

 僕は首を傾げた。


 これが・・・美雪の書いた『私の大好きな晃司のためのお部屋』?


 僕たちは、部屋の中ほどに進んだ。僕は大釜の中を覗き込んだ。何やら得体のしれない液体が、ぐつぐつと音を立てて煮えていた。辺りには、変な臭いが漂っている。


 すると、美雪が悲鳴を上げた。


 「キャー」


 僕が振り返ると、美雪が大釜の周りの瓶を指差していた。


 「どうした、美雪?」


 「こ、これを見て・・・」


 僕が瓶の中を見ると・・・何かの動物の目玉やヘビの皮、蝙蝠の翼、カエルの足・・・などが見えた。僕も悲鳴を上げた。


 「ひぃぃぃ」


 美雪が高井を見て言った。


 「高井さん。これがどうして、『私の大好きな晃司のためのお部屋』なんですか?」


 「ええ、もちろん、奥様がお書きになった通りです」


 「私はこんなお部屋、紙に書いてないわよ」


 僕は美雪に聞いた。


 「美雪。一体、紙に何て書いたんだ?」


 美雪が僕を見た。


 「晃司って、お酒が大好きじゃない。だから、私・・・『私の大好きな晃司のためのお部屋』って書いて、その次に『まじよいのお部屋』と書いたのよ。AIが『まじよい』って分からないだろうから、『まじよい』は、わざわざ、ひらがなにしたのよ」


 「まじよい?・・・ああ、『マジ酔い』かぁ」


 僕は吹き出した。


 「なるほど、僕の口癖だぁ」


 「そうよ。だって、いつも、晃司、言ってるでしょ。『マジ、酔っちゃったぁ』って。だから、晃司が、思いっきりお酒が楽しめる『マジ酔いのお部屋』を作ったのよ」


 僕は首をひねった。


 「でも、どうして、こんな部屋ができたんだろう?・・・」


 そのときだ。部屋の中に笑い声が響き渡った。不気味な声だった。


 「アハハハハハ。この部屋にやってくるとは、お前たち、いい度胸だね。ここからは、もう生きては戻れないよ。お前たち、覚悟おし」


 すると、部屋の隅に異様な格好をした女が現れた。


 その女は黒いローブに身を包んでいた。頭には尖った帽子をかぶっている。顔はしわだらけで、鼻は鷲鼻だ。目は深いくぼみに埋もれており、その目の奥には邪悪な光が宿っていた。口元には黒いほくろがあり、歯は鋭く鉤状になっている。手には長い杖を持ち、その先には髑髏が飾られていた。背中には黒い猫がしがみついていて、金色に光る眼でこちらを睨んでいた。


 美雪が女を見て、再び悲鳴を上げた。


 「キャー」


 僕は女に向かって叫んだ。


 「お前は誰だ?」


 女の口からまたも不気味な声が出た。


 「私かい? 私は、魔女の衣乃いのだよ」


 僕と美雪が同時に叫んだ。


 「「魔女の衣乃いのぉ~?」」


 高井が宙を見ながら、つぶやいた。


 「まじよいのお部屋・・・

  まじよ いの お部屋・・・

  魔女 衣乃いの お部屋・・・

  そうかぁ!・・・

  それで、AIは『魔女・衣乃いのの部屋』を作ったんだ!」


 「・・・」


 僕は呆然として、魔女の衣乃いのを見つめた。


 魔女の衣乃いのが言った。


 「何をぶつくさ言ってるのさ。これでも食らえ」


 魔女の衣乃いのが髑髏の杖をこちらに向けた。


 すると、その杖から炎が飛び出した。


 「危ない」


 僕は美雪を抱いて、床に伏せた。


 炎が僕たちの背中を通過して・・・高井に直撃した。


 炎が収まると・・・服は燃えてボロボロで、髪はボサボサになって、顔は真っ黒になった高井が立っていた。眼鏡が歪んで耳に掛かっていて、ぶらぶらと揺れていた。


 高井が僕たちに言った。


 「ひぃぃぃ。私、もうやってられまっしぇ~ん。もう、戻りましょう」


 高井が何かの装置を操作した。

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