勝利の報酬

 互いに見つめ合うこと五秒。どちらも動かず何もせず……だが勝負は最初の一秒で決していた。動かない者と動けない者、どちらが勝者かなど語るまでもない。


「……へい、か」


「シデロ? どうした?」


「もう……しわけ、ございません…………わたしの、まけ、です…………」


「ん? ど、どういうことだ!?」


 イリオスの目には、二人が何をしたのかわからなかった。というか、何もしていないとしか思えなかった。実際当事者二人を除けば、この場にいる他の警備の騎士達ですら、今はまだ様子見のにらみ合いだと思っていたのだ。


 だが突如敗北宣言をしたシデロの顔から、まるで自分が生きていることを思い出したかのように遅れて汗が噴き出してくる。その尋常でない様子を見れば、シデロが冗談を言っているとは思えない。


「えっと……もういいですか?」


 加えて、剣一もまた勝負は終わりとばかりにそう告げてくる。ただ立っていただけの少年の、一体何が「もういい」なのかがイリオスには見当も付かなかったが、唯一この場を収める権限を持つ王である以上、問われたからには答えなければならない。


「……わかった。ではこの勝負、蔓木殿の勝利とする」


ザワッ!


 王の言葉に、騎士達の間でほんのわずかに動揺が広がる。わからぬままに始まって終わり、しかも自分達の団長たる最強の騎士が負けたと言われれば、その動揺も無理からぬ事。


 しかし、ここで不満を口にする者などいない。王の裁定より自分の納得を優先するような者が、謁見の間の警備に選ばれるはずがないからだ。


「やったわねケンイチ!」


「おう、まあな。あの、大丈夫ですか?」


 無邪気に喜ぶエルに答えつつ、剣一がシデロに声をかける。だがシデロは渾身の力を振り絞って手を前に出すと、近づいてこようとする剣一を押し留めた。


「心配無用! それ以上は近づかれませぬように!」


「あ、すみません」


 その鬼気迫る物言いに、剣一は普通に踏み出しかけた足を戻した。偉い人やアイドルに勝手に近づいたら駄目だということを、剣一はちゃんと理解している。


 誰もいなくても赤信号は渡らないし、急いでいても順番は守る。剣一は日本人的な良識を持つ少年であった。


「ふぅ……正直なところ、余には何が起きたのかわからなかった。だがシデロが自ら敗北を認めた以上、余がそれを覆すことはない。


 故に蔓木殿には、約束の褒美を与えよう。何か望みはあるかね?」


「そうですね。それなら……」


 イリオスの言葉に、剣一は昨夜のことを思い出す。転ばぬ先の眼鏡、剣一はちゃんと祐二に電話し、今日の謁見のことを相談していたのだ。


 そうして得た学びは、何か褒められた場合は下手に謙遜せずに素直に受け入れ喜ぶこと。逆に夜にニオブとはしゃいだこととかを怒られた場合は、土下座するくらいの勢いで必死に謝ること。そしてもし何かご褒美を、と言われた場合は――


「ダンジョンに入らせてもらいたいです」


「ダンジョン?」


「はい。俺、ダンジョンに入るためにこの国に来たので」


 偉い人からの褒美を断るのは、「お前には俺の欲しいものなんて用意できないだろ」という挑発行為になるので駄目だと祐二に言われていた。だがここで物やお金をもらうのは、剣一的に何か違う気がする。その結果辿り着いたのが、この無難にして切実な願いだ。


 なにせ剣一はダンジョンに入るためにこの国にやってきたのに、今日まで一度も入っていない。予定滞在期間の二週間なんてボーッとしていたらあっという間なので、このまま自分の意図しないイベントに巻き込まれ続けていると、割と本気でダンジョンに入らないまま日本に帰国することになりそうな気がしていた。


 だからこそ、王様から直々に「ダンジョンに入っていいよ」と言ってもらうことは、剣一からすると何よりのご褒美であった。


「む、ダンジョンか…………」


 だがそんな剣一の考えなど知らないイリオスは、その願いに難色を示す。というのもアトランディアに幾つもあるダンジョンは、その多くが一般開放されているからだ。


 勿論最低限の実力がなければ事故防止のためにも入場を断ることはあるが、自国最強の騎士であるシデロを退けた剣一が弱いはずがない。つまり王であるイリオスが許可など出すまでもなく、剣一は自由にダンジョンに入ることができる。


 では自由に入れる場所に入る許可を与えることが、果たして王の与える褒美として相応しいのか? 答えは当然否だ。そんなものを褒美にしたら王の沽券に関わるというか、一体どれほどけち臭い王なのだと笑いものにされるレベルである。


 故にイリオスがどうすべきか頭を悩ませていると、不意に隣に座る王妃ミナスがその口を開いた。


「陛下、でしたら蔓木殿には『海の王冠』に入る許可を与えるのはいかがでしょうか?」


「何っ!? ミナス、お前何を……っ!」


「だってそうでしょう? 一般開放されているダンジョンに入る許可など、今更陛下が与えるようなものではございません。かといって規制している部分への進入許可など与えたところで、蔓木殿は喜ばれないでしょう。


 騎士達が戦闘訓練している場所や、安定した資源確保のために三交代で常に採掘をしている場所などを見学していただくのは特別感はあるかも知れませんが……蔓木殿が求めておられるのは、そういうことではないですよね?」


「あ、はい。そうですね。普通にダンジョンに潜って、魔物を倒したりお宝を見つけたりしたい感じなんで……」


「ならばやはり、『海の王冠』がいいでしょう。何せあそこは王家専用のダンジョンですから、褒美として探索の許可を出すにはうってつけかと」


「しかしミナスよ、あそこは……」


「ええ、そうですね。あのダンジョンに入れるのは、王家の血に連なる者と、それが引き連れる従者のみ。


 しかし勿論、国の要である陛下が危険なダンジョンの中に同行するわけにはまいりませんし、次代の王であるニキアスもまた同じです。私ならば可能ではありますが、私のスキルは戦闘向きではないので、蔓木殿の足を引っ張るだけになってしまうでしょう。


 なので……エルピーゾ」


「はい。何ですか?」


「貴方が蔓木殿を、『海の王冠』の内部へと導きなさい。そうして二人でダンジョンを探索するのがいいでしょう」


「うえっ!? わ、私がケンイチとふた、二人でダンジョン探索!?」


「何を言い出すのだミナス! あのダンジョンには普通に魔物もいるのだぞ!? そこに蔓木殿とエルピーゾを二人だけで送り出すなど、断じてあり得ん! そうだ、二人きりなど絶対に――」


「陛下、落ち着いてくださいませ。蔓木殿はシデロが敗北を認めるほどに強いのですから、エルピーゾと二人だけでも実力が不足しているなどということはあり得ません。それにそのくらい特別・・でなければ、陛下がお与えになる褒美としては不足なのでは?」


「ぐぬぬぬぬ…………」


 ミナスの言葉に、イリオスは顔をしかめて唸り声をあげる。だがこれといった反論はできず、そんなイリオスの様子にミナスはニッコリと笑うと、改めて剣一に声をかけた。


「ということですので、蔓木殿。貴方には王家の管理する特殊ダンジョン『海の王冠』を攻略する許可を与えます。エルピーゾと二人で、どうぞ頑張って最奥を目指して下さい」


「ちょっ、おか……王妃様! そんな勝手に」


「お黙りなさい! これは貴方のみならず、アトランディアにとっても益のある話なのです! 貴方も王族の姫であるならわきまえなさい」


「うぐっ……」


 そう言われてしまえば、エルには何も言えなくなってしまう。正面にいる父そっくりのしょっぱい顔つきになるエルに、ミナスは更に言葉を続ける。


「そもそも、もっとも恩を受けたのはエルピーゾ、貴方自身でしょう? ならば貴方が蔓木殿のお役に立つのは当然ではありませんか。


 まあ、どうしても貴方が嫌だというのであれば、私が蔓木殿と動向するのでも構いませんが……どうされますか、蔓木殿。貴方が娘より私の方がいいというのであれば、前向きに検討致しますが」


「えっ!? いや、それは……」


「待てミナス! それは流石に許可できぬぞ」


「そうよ! 何でお母様がケンイチと一緒にダンジョンに入るのよ! それだったらアタシの方が戦えるし、ケンイチから指導だって受けたから、コンビネーションだってバッチリなんだから!」


「なら貴方が行くということで決まりですね。蔓木殿、娘を宜しくお願い致します」


「えっ、あ、はい…………」


 別に特別なダンジョンじゃなくても、普通に近くのダンジョンに入らせてくれればいい……ニッコリと微笑むミナスの圧に、剣一は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んで頷く。


 こうして半ばなし崩し的に、両親おうけ公認による剣一とエルの二人でのダンジョン探索が決まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る