剣一と王様

「ふぅ…………いよいよか」


 その日の午後。予定通りに城へとやってきた剣一は、エルと一緒に謁見の間の入り口まで辿り着いていた。緊張の面持ちを見せる剣一に、隣に立つエルがおかしそうに小さく笑う。


「何よケンイチ、アンタも緊張とかするのね」


「そりゃするだろ! だって王様だぞ!」


「まあ、そうよね。王様だもんね」


 剣一の言葉に、エルも苦笑して同意する。確かに一国の王を前にすれば、むしろ緊張する方が普通なのだ。だというのにエル自身が感じている緊張は、昨日に比べればどうということもない。


(何でだろう? 昨日お母様から話を聞いたから? それとも……)


 エルの視線が、チラリと剣一の方を向く。そうして頭に浮かんだ気持ちを、エルは慌ててブンブンと首を振って否定した。


(違う違う! これはほら、あれよ! 自分より緊張してる人を見ると緊張しなくなるっていうやつよ!)


「陛下の準備が整いました。姫殿下、蔓木様、どうぞお入り下さい」


 そんな事を考えている間に時が過ぎ、目の前の扉が開く。部外者の剣一がいるということで警備の騎士達が並ぶなか、エルはしっかりと足の感触を確かめながら赤い絨毯を踏みしめ、剣一はキョロキョロしそうになる目線を気合いで正面に固定して進む。


 そうしてほんの五段ほどしかない階段の前に辿り着くと、まずはエルが徐にその口を開いた。


「お呼びにより参上いたしました、国王陛下」


「お、おぅ!? えーっと……き、来ました! 国王陛下!」


 今回は剣一がいるので、最初から日本語だ。落ち着き払っているエルの言葉に「やっぱり本物はスゲーなぁ」と内心感心しながら剣一が追従すると、今度は国王イリオスが口を開く。


「うむ、よくぞ参られた蔓木殿。それとエルピーゾもな。今日は落ち着いているようで何よりだ」


「ありがとうございます、陛下」


「ふふふ、やはり隣に頼りになる殿方がいると違うようですね」


「なっ!? ちがっ!? そんなんじゃ…………っ」


 笑うミナスの言葉を、エルが慌てて否定しようとする。だが如何に母とはいえ、ここは謁見の間。そんなことはできずにしょっぱい顔で黙り込むと、その様子を見たミナスの笑みが深くなる。


 が……


「……………………」


「……………………」


(な、なあエル。何かスゲー王様に睨まれてるんだけど?)


(知らないわよ! いいから黙ってなさい!)


(えぇ……?)


 イリオスが、ジッと剣一を見つめている。何も言わず固く口を結び、ただジッと、ジーッと見つめている。あまりの居心地の悪さに剣一がもぞもぞしていると、王妃ミナスが軽いため息を吐きながらイリオスに声をかけた。


「はぁ……陛下? 娘の恩人に対し、それ以上は失礼ですよ?」


「む。そ、そうだな……では改めて名乗ろう。余はアトランディア王国国王、イリオス・バシレオス・アトランディアである」


「ど、どうも。俺は……いや、私は蔓木 剣一です。エルとは指導員のバイトで知り合って、それから仲良くさせてもらってます」


「……エル? 貴様一体、誰の許可を得て、人の娘を呼び捨てに――」


「陛下?」


「ンンッ! ゲフンゲフン…………今日貴殿を招いたのは、他でもない。貴殿が我が娘の使命を代わりに達成してくれたとのことだが、その話を聞かせてくれぬか? エルピーゾから話は聞いたのだが、どうにも荒唐無稽な部分が多くてな。当事者である貴殿の口からも聞きたいのだ」


「わ、わかりました……」


 王妃に睨まれ、一瞬さっきのエルそっくりのしょっぱい顔をした王様に改めてそう告げられ、剣一は英雄達との出会いから今日までを語っていく。そうして一通りの話が終わると、イリオスは呆れているのか悩んでいるのかわからないようなしかめっ面で口を開いた。


「そう、か……では『世界を滅ぼす災厄』たるドラゴンは、今は白い亀として存在していると。そしてそれがこの国に来ていて…………その、玩具のモデルになっている、と?」


「まあ、はい。そうですね」


「むぅ…………」


 自分が請うて聞いた話ではあるが、イリオスはその内容に考え込む。エル達の動向はセルジオから定期報告されているので、同じ内容の話を聞くのはこれで三度目だ。


 が、三度聞いたからといって、それを単純に信じるのは難しい。なにせ結局のところドラゴンとの戦闘場面はエル達と剣一しか見ていないので、客観的に得られる事実は「エル達がダンジョンから喋る白い亀を拾ってきた」というものでしかないのだ。


 娘が嘘をついているとも、明らかに純朴そうな目の前の少年が話を合わせているとも思えない。が、信じるにはあまりにも荒唐無稽過ぎる。故にイリオスが悩んでいると、不意にその横から護衛騎士が声をかけてきた。


「陛下、宜しいでしょうか?」


「シデロ、何だ?」


「今の話が真実であるというのなら、彼の少年は私などよりはるかに強いということになります。であればひとつ、手合わせを願えないでしょうか?」


「え、またその流れ!?」


「うん? 蔓木殿、またとは?」


 思わず口を突いて出てしまった言葉に、イリオスが反応する。


「あ、いえ、ちょっと前に聖さんの家に行ったときも、そんな感じで頼まれたので……」


「ほう? そういうことなら手合わせには慣れているということか。ならばどうだ? シデロの頼みを聞いてはもらえぬだろうか? 貴殿が勝った暁には、それなりの褒美も出そう」


「えっと……」


「いいんじゃない? セーシュウのお爺ちゃんにやったのと同じにやればいいわよ」


 剣一が視線を向けると、エルがそう言って小さく笑う。だが剣一としては素直に頷くわけにもいかない。


「え、いいのか? でもあの時、祐二達にはやりすぎって怒られたぜ?」


「平気よ平気! だってシデロはジイの弟子だもの! そうよね?」


「ははは、はい。今の私であれば、団長……いえ、前団長より強いと自負しております」


 エルの問いに、シデロが落ち着いた声で答える。それは決して驕りではなく、国王の護衛という重大な任務を引き継いだ自分に対する責任であり、そうでなければならないという戒めだ。


「ってわけだから、ガツンとやっちゃって平気よ!」


「そっか。ならまあ……わかりました。やります」


「では蔓木殿。場所を変えて――」


「あ、いえ、軽く見せるだけなんで、ここでいいですよ」


「? 蔓木殿は武器を持っておられないようですし、まさかこの場で武装していただくわけには……」


「それも平気です。別に素手でもいけますから」


「…………つまり、私を相手にする程度であれば、武器を手にする必要もない、と?」


「えっ!? あっ!? ちが、決して馬鹿にしてるとか、そういうんじゃないんです! でもその、ちょっと本気を見せるだけなら、別に剣を持っていなくてもいいっていうか……」


 慌ててそう告げる剣一に、しかしシデロの表情はますます険しくなっていく。するとその空気を壊すように、イリオスが突如大きな笑い声をあげた。


「ハッハッハ! いいではないかシデロ。お前のもっとも重要な任務は、余を護ることに他ならない。ならば世界を滅ぼすドラゴンを討ち果たした英雄からでも、余を護ってみせよ!」


「陛下……そういうことでしたら、わかりました」


 その命令しんらいを受け、シデロが王の前に立つ。スキルに目覚めた一〇歳の時から己の技を磨き続けること三〇年。一九〇センチの巨体を磨き抜かれた銀色の鎧に包むシデロが左の籠手についた五〇センチほどの小さな盾をガンと打ち鳴らすと、見る間に巨大化した盾は剣一の体より大きくなる。


 それはシデロが受け継いだアトランディアの至宝の一つにして、シデロの持つ<盾技>のスキルをもっとも生かせる最硬の盾。攻城兵器すら単身で防ぎきるシデロの本気の防御態勢は、並の敵であれば目にするだけで戦意を折られるほどの威容を見せつける。


「さあ、いつでも来るがいい。それがどんな攻撃であろうと、私が完璧に防ぎきってみせよう!」


 しかしそんなシデロの姿に、剣一はわずかたりとも怯まない。ただゆったりと立ち……


「それじゃ、いきます」


 その魂にて、ほんのわずかに剣を抜いた。

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