自由の意味

「ど、どうだ?」


 明けて翌日。早朝から張り切りまくったエルに連れられ、市街にある高級な衣料品店に出向いた剣一達。そこで二時間ほどかけて選び抜かれた服を身につける剣一に、周囲から賞賛の声があがる。


「ウェーイ! 俺ちゃんほどじゃねーけど、なかなかイケてるぜ、イッチー!」


「ええ、とてもお似合いです」


「ふふーん、アタシが選んだんだから当然よ!」


「そうか……まあ、確かに悪くないな」


 茶色いズボンの上に裾が長めのゆったりした白いシャツ、その上から赤い上着を羽織った剣一の格好は、何となく四〇人の盗賊を蹴散らしそうな雰囲気を醸し出している。


 勿論生地は全て上等なもので、着心地や肌触りも素晴らしい。ぶっちゃけ普段自分が着ている部屋着よりもよほど快適なので、剣一としてもなかなかに気に入った。


「じゃあ、それで決まりね。店長、直しをお願い」


「畏まりました。ではすぐにスキル持ちを集めて、作業にかからせていただきます」


「え、何か直すのか? 別に違和感とかねーけど……?」


 首を傾げる剣一に、エルが呆れた顔をする。


「何言ってるのよ、既製品の服なんだから、個人に合わせて調整するのは当然でしょ? 本当ならオーダーメードするところだけど、流石にそっちは今からじゃ間に合わないし」


「そうですね。いくらスキル持ちとはいえ、流石に数時間でフルオーダーは難しいかと……ですがご安心下さい。当店の店員は皆三レベル以上のスキルを持つ熟練の職人ですので、すぐに最高の状態に調整させていただきますので」


「ええ、お願いね」


「では、少々お待ちください」


 エルに頼まれ、剣一が脱いだ服を店長が店の奥へと持っていく。試着の時点でさりげなく採寸はすんでいるため、あとはできあがりを待つだけだ。


「ふぅ、何とか間に合いそうね」


「だな。ありがとな、手伝ってくれて。正直俺じゃ、どんな服を選んでいいか全然わかんなかったぜ」


「いいわよ別に。アタシも楽しかったし」


 礼を言う剣一に、エルは笑顔でそう答える。実際剣一の服を選ぶ時間は、エルにとってとても楽しいひとときだった。日本でも聖と一緒に買い物に行くことはあったが、それとは違う楽しさだったのだ。


「にしても、スキル持ちの熟練の職人、かぁ……なあエル、アトランディアって自分のスキル適正にあった仕事にしか就けないって、本当なのか?」


「え、何よ突然……まあ、そうね。スキルと関係ない仕事には、基本的には就けないわ」


 アトランディアは北海道ほどの国土に三〇〇万人の国民が住む小さな島国で、「生活に拘わる全てを国内で自給自足する」ことが基本となっている。これは定期的に国が丸ごと異世界転移してしまうため、そうしなければ国を維持できないからである。


 そのため状況によっては出産制限などの人口管理をされることもあるし、限られた労働人口でより効率よく産業を回すため、それぞれの持つスキルを最大限に生かす仕事に就くことを求められる。


 それは逆に言えば、就労に制限があるということでもある。畑を耕せば豊かな実りをもたらすことがわかっている<農業>のスキル持ちが、それに反してパンを焼いたり服を作ったりすることは許されていないのだ。


「でも、それがどうかしたの?」


「いやほら、昨日ニオブの甲羅に絵を描いてくれた人の話しただろ? その人がさ、日本の価値感に触れたことでスキルを応用できる幅が広がって、やりたかった仕事ができるって喜んでたんだ。


 でも、それって『幅が広がった』だけで、本当に自分の意思でやりたい事を何でもやれるってわけじゃないじゃん? それってどうなのかなって」


「ふーん……」


 天井を見上げて言う剣一に、エルも同じようにして考える。


 自分がどんなスキルを与えられるかは、自分で選べるものではない。なので自分のやりたいことと違うスキルが芽生えたり、性格的に向かないスキルを与えられることは間々あることだ。


 故に日本でなら、それを無視して仕事をすることができる。<裁縫>のスキル持ちが営業のサラリーマンをやることだってできるし、それこそ<剣技>のような戦闘スキル持ちが料理人として店を開くことだって可能だ。


「確かに自由に選べるってのはいいわよね。でもそれが必ず幸せかって言われたら、アタシには何とも言えないわ」


 だが、それが「正しい」かどうかは別の話。エルは一旦言葉を切り、少しだけ溜めてから続ける。


「確かにアトランディアには、就労の自由はない……とまでは言わないけど、かなり厳しいの。でもそれはそうじゃないと国が成り立たないっていう前提があるわ。


 だって地球は……ケンイチ達は何千年も何万年も、この世界で暮らしてるんでしょ? でもアタシ達は違う。一〇〇年もしないうちに見知らぬ世界に飛ばされて、全部最初からやり直しになるの。


 引き継げるのはこの国だけ。だからこの国の領地に全部を詰め込んで、この国のなかだけで生きていけるようにしなくちゃいけない。知識や技術を確実に継承して、それを最大限に生かさなかったらあっという間に文明が衰退して、自由とか以前に生き延びることができないんだから、それに従うのは当然なのよ。


 それでも自由が欲しいって人はそりゃいるけど…………」


「いるけど? 何だよ」


 何となく不穏なものを感じて、剣一はエルの顔を見る。するとエルは剣一の予想に反して、苦笑しながら言葉を続ける。


「別に変なことはしないわよ。そういう人は、普通にアトランディアを出ていくだけ。実際今のこの世界でだって、アトランディアを出て生活してる人は沢山いるでしょ?」


「……ああ、そう言われりゃそうだな」


 アトランディアがこの世界に現れて、既に五〇年。それだけあればアトランディアを出て暮らす人はそれなりになるし、何なら日本人と結婚して日本国籍を取得し、子供と一緒にずっと日本で暮らすアトランディア人だって普通にいるのだ。


「勿論もっと厳しい世界だと自由を求めて国を出た結果、そのまま野垂れ死ぬ……なんてこともあるでしょうけど、少なくともこの世界では、自由が欲しいなら国を出ればいいだけの話よ。


 ただその場合、状況によってはアトランディアに国民として戻ることができない場合もあるし、そもそも転移しちゃったら物理的に戻れなくなるから、決して気軽に選べるってわけじゃないけど……でも『自由』ってそういうものでしょ?」


 そう言うエルの顔には、間違いなく王族の風格があった。上に立つ者として国中の誰よりも「選択肢」のあるエルだからこそ、選ぶことの重さも理解しているのだ。


「そっか……何か『自由』ってのも、思ったより大変なんだなぁ」


 そんなエルの言葉に、剣一は素直に感心する。今となっては平和な日本に生まれた一四歳の少年が、今初めて「自由」の重さに気がついたのだ。


「ふふふ、そうね。でも選択の幅が増えること自体は、アタシだっていいと思うわよ。だって……」


 エルの視線が剣一から外れ、店の隅に移動する。するとそこではニオブが激しく首を振りながら、店員の人に声をかけている姿がある。


「ウェイウェイ、そこの店員ちゃーん! 俺ちゃんとゲームしない?」


「ゲームですか?」


「そうそう! 頭を引っ込めてる俺ちゃんの上に店員ちゃんが座って、その尻の感触で誰かを当てるゲーム! 万が一俺ちゃんがはずしたら、どんな願いも一つだけ叶えてやるぜ! ウェーイ!」


「えぇ? それはちょっと…………」


 アホなニオブの提案に、店員の女性が困った顔をする。なお本来のニオブの力を知っている相手なら希望者が世界中から殺到するレベルの提案なのだが、残念ながらここでそうなることはない。


「ニオブのやつ、またやらかしてんな……」


「……まあ、あれよ。あのエロガメは確かにどうしようもないと思うけど。ほんっとーにどうしようもないと思うけど! でもあの甲羅に描いてある絵は、アタシも素敵だと思うもの」


 ニオブの甲羅には、未だにドット絵のピンクハートが残っている。洗ったら消えるという話だったが、ニオブがわざわざ魔法を使って保護しているのだ。


「アタシが言うのは皮肉でしかないんだろうけど……でも、ああいう風に夢を叶えられる人が一人でも増えたらいいなって、心から思うわ」


「だな。そうなるといいよな」


 それは正しく、何の根拠も計画性もない無責任な言葉。だがだからこそ純粋な願いを、二人はその「限られた自由」のなかで口にするのだった。

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