会食相談会
「お、これ美味いな」
「ウェーイ! 新鮮な海の幸は最高だぜ!」
「ホント、美味しいわね。流石ジイ、いい店知ってるじゃない」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
その日の夕方。剣一達は全員揃って夕食を食べていた。本来ならエルは城に泊まるはずだったのだが、例の一件があったことや、剣一に対する国王からの誘いを自分が直接伝えようと思ってホテルに戻り、丁度いいからと食事に誘ったのである。
そうしてやってきたのは、セルジオがいつの間にやら予約していたレストラン。完全個室で外部の視線を気にする必要もなく、比較的新しい店であるため剣一のみならず半年ぶりに里帰りしたエルにとっても目新しく、伝統料理から和食洋食まで何でも揃うという、まだまだ子供の剣一達に対する実に隙の無いチョイスであった。
「それでエル。俺に話って何なんだ?」
「あ、うん。実はお父様……国王陛下がケンイチに会って話を聞きたいんだって」
「ブホッ!?」
「ちょっ、きったな!? アンタ何やってんのよ!?」
突然吹き出した剣一に、エルが顔をしかめて抗議の声をあげる。だが剣一の方はそれどころではない。
「おま、何でそんなことになってんだよ!? 王様って、王様だろ!? そんな、何で俺に!?」
「落ち着けってイッチー。語彙が死んでるじゃん」
「いやだって、王様って……」
「そういうときはウェイ呼吸だぜ! 吸ってー、ウェーイ。吐いてー、ウェーイ」
「ウェーイ……ウェーイ……」
「どうだ? 落ち着いただろ?」
「落ち着くわけねーだろ! 落ち着く要素いっこもねーじゃねーか! 何だよウェイ呼吸って!」
「ふぐっ、クックック…………」
あまりにも頭の悪いやりとりをする剣一とニオブに、エルが思わず口元を押さえて笑いを堪える。するとそんなエルを見て、剣一は刻んだ海老とブロッコリーをごま油で炒め、餃子の皮っぽいもので包んだ謎の料理をひょいと口に放り込んでからエルに声をかけた。
「むぐむぐ……何だよエル、そんなに笑うことないだろ?」
「だ、だって、アンタ達があんまり馬鹿過ぎるから……くっくっく……」
「ったく……ま、元気になったみたいだからいいけどさ」
「ふくく…………え、待って。何それ、どういうこと?」
「どうって、そのまんまだよ。朝は何か元気なかったし、ホテルで会った時は妙にソワソワして落ち着かない感じだったけど、今はもういつものエルっぽいからさ」
「あっ…………」
何気ない剣一の言葉に、エルは胸を打ち抜かれたような気持ちになる。確かに朝は久しぶりの家族との再会だというのに、どこか気持ちが重かった。
役立たずのスキルを持って生まれ、「世界が危ない」などという妄言を吐いて国を飛び出し、民の税金を使って異国で暮らし、アトランディアに何の利益ももたらしていない放蕩者の王女。エルの対外的な評価は、おおよそそういうものだ。
勿論父と母はエルのことを気に掛けてはいたが、それぞれ国王と王妃という立場があるのだから、エルにだけ甘い顔を見せることはない。であれば一二歳というまだまだ子供のエルに、表に出ない親の愛を察しろと言うのは少々酷な話だろう。
それでも今日の短いやりとりで、どうやら父も母も自分が思っているほど心の距離が遠くはないのではないかとエルは感じた。代わりに母の爆弾発言のせいで剣一を見るとソワソワして落ち着かなかったが、剣一の方は完全にいつも通りだったので、気づけばエルの心も落ち着いていた。
そんな自分の変化に、剣一は気づいていたという。その言葉に深い意味などないとわかっていても、エルの顔は瞬時にして真っ赤に染まり、慌てて視線を壁の方に向けた。
「エル? どうしたんだ?」
「な、何でもないわよ! その……ちょっと料理が辛かっただけよ!」
「え、辛いのなんてあったか?」
「……どうやらこちらの料理のいくつかに、大きめに刻まれたレッドペッパーが混入していたようですね。基本的には大丈夫だと思いますが、一応お気をつけください」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
「俺ちゃんは辛いのなんて平気だぜ! それで体が熱くなったら、俺ちゃんと一緒にウェイな夜を……」
「ほほぅ? そんなに熱いのが好きだとは知らなかったぜ。ならメグに頼んで、今度こそ亀鍋に……」
「ウェイ!? そりゃないぜイッチー!」
セルジオが誤魔化し、剣一とニオブが相変わらずのやりとりをしている間に、エルは必死に自分の心を冷やしていく。そうしてアツアツがホカホカくらいになったところで、改めて剣一に声を掛けた。
「ふぅ…………まあとにかく、そんなわけなのよ。だから悪いんだけど、一度王城に来てもらえるかしら?」
「うげ、マジなのか……えぇ?」
「何よ、そんなに嫌なの?」
「嫌っていうか……いきなり『不敬だ!』とかいって首斬られたりしない?」
「するわけないでしょ! アンタ人の父親なんだと思ってるのよ!」
「ははは、冗談だって。でも礼儀作法とか、そういうの本当にわかんないぜ?」
「蔓木様が日本の一般家庭のお子様だということは当然陛下も理解しておられますから、常識の範囲内で振る舞っていただければ特に問題はないかと思われます」
「そうよ。アンタの部屋にあった漫画みたいに、いきなり馴れ馴れしく話しかけたり、調子に乗って挑発したり、あとはその……お、王女様はいただくぜ! とか言い出さなければ、全然大丈夫よ」
「あ、そう? ならまあ平気だと思うけど」
「……い、言わないの?」
「言わねーよ! 俺を何だと思ってんだよ!」
ラノベも漫画もゲームも大好きな剣一だが、それを現実とごっちゃにするほど馬鹿ではない。初対面の相手には普通に敬語を使うし、「俺は誰にも命令されねぇ!」などとやんちゃな発言をしたりもしない。時々ドジだったり抜けているところがあったりもするが、剣一は基本的には礼儀正しい子供であった。
だがそんな剣一の言葉に、「そう、言わないんだ……」とエルが少しだけ寂しそうな顔をする。しかしすぐにブンブンと首を横に振って、またアチアチなりそうだった胸の中に涼しい風を送り込んでからその口を開く。
「とにかくそういうことだから、じゃあ明日! 明日の予定、ちゃんと開けときなさいよ!」
「明日!? スゲー急だな。俺は平気だけど、王様の方は平気なのか?」
日本の総理大臣や天皇陛下は、常にギチギチに予定が詰まっている印象が剣一にはあった。なので問う剣一に、エルがわずかに顔をしかめてセルジオの方を振り向く。
「……平気、よね? あれ? 駄目だった?」
「少々お待ちください、今連絡を…………ああ、大丈夫なようですね。明日の午後三時においでいただければいいようです」
「そう、よかった……じゃあケンイチ、明日よ明日! 明日だからね!」
「わかったわかった! わかったけど……」
「何よ、まだ何かあるの!?」
「いや、俺の服はこれでいいのかな? あと手土産とか合った方が……?」
「イッチー……王様への献上品に王都の土産物を渡すのが駄目そうなのは、流石の俺ちゃんでもわかるぜ?」
「アンタその服で国王陛下と謁見するつもりだったの!? 本気で!?」
おずおずと問う剣一に、ニオブとエルが思いっきり駄目出しする。そして次の瞬間、エルが大きくため息を吐いて立ち上がった。
「いいわ! なら明日の午前中は、アタシがアンタの服を見繕ってあげる! ジイ!」
「畏まりました。すぐに手配させていただきます」
「おいおい、そんなに大げさにしなくても……」
「アタシのお父様……じゃない、一国の王様に会うんだから、これが大げさじゃなくて何だって言うのよ! 大丈夫、アタシがしっかりアンタを格好よくしてあげるから!」
「そ、そうか……じゃあまあ、よろしく頼むよ」
「任せときなさい! ふふふ、明日が楽しみね!」
勢いに押されて若干引き気味の剣一を前に、エルはニンマリと笑みを浮かべて、その胸にやる気の炎を燃やすのだった。
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