やりたいことをやれること

「はーい、それじゃニオブくん、ちょっと動かないでねー」


「ウェーイ!」


 馬車に乗ってやってきた、大きな会社の一室。広いステージの上で謎の光る石に照らされてポーズを撮るニオブに、社員と思わしき男性が透明な球を向ける。そしてそんな光景を、剣一は部屋の端からボーッと眺めていた。


「はい、これどーぞ」


「あ、どうも」


 そんな剣一に、別のスタッフが中身の入った紙コップを手渡してくる。お礼を言って受け取った剣一がコップに口をつけると、黒い液体はシュワッと爽やかな味を剣一にもたらしてくれた。


「あ、コーラだ」


「そうですよ……って、そうか。観光にいらした冒険者の方だったら、アトランディアの飲み物の方がよかったですか?」


「いえ、大丈夫です。コーラ大好きですから」


「ふふふ、コーラ美味しいですよね」


 隣に立つスタッフの女性もまた、そう言ってカップを傾ける。その姿は普通に白いシャツとジーンズだが、その彫りの深い顔立ちと褐色の肌が、彼女がアトランディア人であることを物語っていた。


「どうですか? アトランディアは?」


「昨日来たばっかりなんで、まだそんなに見て回ったわけじゃないんですが……」


 問われてそう答えつつ、剣一はスタジオの中を見回す。そこには如何にもファンタジーな設備の他に普通にパソコンとかも置いてあるし、スマホを片手に話しつつ、空中に引いた光る線をテーブルの上の石版に飛ばしている人なんかもいる。


「何か、不思議な感じですね。見慣れたものと見たことないものが一緒にあるっていうか。あと普通にこの国の人もスマホとかパソコンとか使うんだなぁって。


 あ、いや、俺の友達も普通に使ってたし、別に馬鹿にしてるとか、そういうんじゃ全然ないんですけど!」


「ふふ、大丈夫ですよ。外から来た方は、大体似たような反応をされますので。何せ道路に馬車が走ってますからねぇ。あれはあれで実は高度な技術が使われてるんですけど、この世界基準だとそりゃ何百年も前の乗り物なんでしょうし」


「あはははは……あの、あれって何をしてるんですか?」


 苦笑する女性にそう答えつつ、剣一がニオブの方に視線を向ける。そこでは透明な球を持った男性が手を上げたり下げたりしながら、ゆっくりとニオブの周囲を歩き回っている。


「あれは撮影ですよ。対象から反射する光をあの球……フォスペレコールって言うんですけど、あのなかに記録するんです。日本の方にわかりやすく言うなら、カメラで撮影して立体データを記録してるって感じですね」


「え、凄い! 最新技術じゃないですか!」


「うちからすると、昔からある技術ですけどね」


 驚く剣一に、スタッフの女性がちょっとだけ得意げに笑い、そのまま話を続ける。


「私は今二四歳なんであんまり実感ないんですけど、うちのお父さんとかお爺ちゃんの世代からすると、この世界のスキルに依らない科学文明は本当に凄いんだそうです。


 生まれ持った変えられないスキルと関係なく、本人が努力さえすれば好きな仕事ができる。しかもそれが決して非効率的なものではなく、これだけの文明を成り立たせることができるほど高度な結果を生み出せるなんて、まさに奇跡だと。


 だからこの世界に留まれるあと何十年かで、できるだけその技術を吸収するのが政府の方針で……今回のこれも、その一環だって上司から報告を受けてます」


「へ、へー。そうなんですね?」


 事の発端が自分達のやらかしであることを知っている剣一は、女性の言葉に口元を引きつらせた。だが女性がそれに気づくことはなく、更に話は続いていく。


「実際、あの亀の玩具を作るだけなら、それこそゴーレム技術とか使えば簡単なんですよ。でもそれだと今までと同じ……<魔導技師>系のスキル持ちしか作れない。


 でも、この世界の技術や発想を用いれば、そういうスキルを持たない人でも作成に携われる。今までやりたくてもできなかった人が、やりたい事をできるようになる可能性があるんです。だからこれ、すっごいチャンスなんですよ!」


「やりたくてもできなかった人……」


 熱の籠もったその言葉を、剣一が自分の口で繰り返す。すると女性は紙コップに視線を落としながら静かに語る。


「私、絵本が描きたいんです。ほら、この国って沢山の異世界を回っているでしょう? だから色んな世界の色んな逸話があって、そういうのを全部絵にして子供達に読み聞かせられたら、どんなに楽しいかなって。


 でも、私のスキルは<設計>なんです。図面を引くのとかは得意なんで、その応用で絵が描けないこともないですけど……まあ、カクカクになりますよね。絵本には向かないんです。えへへ……」


「……………………」


「でも、この世界にきてゲームという文化に触れて、ビックリしました。色の付いた四角い点を組み合わせて絵にするなんて、今まで想像もしていなかった技術だったんです! あれなら私のスキルでも絵が描けるんですよ!


 そしてその発想は、スキルをスキルとして最高効率で活用することを前提とした文明では決して生まれないものなんです。いい意味で『無駄』を許容する、スキルのなかったこの世界ならではのものなんですよ。


 おかげで私の夢も叶いそうです。今回はニオブ君の……じゃなくて、完成した『ウェイウェイタートルン』の白い背中に、私が色んな絵を描く予定なんですよ! 絵本じゃないですけど、絵師デビューです!」


「おお、それはおめでとうございます!」


 嬉しそうに語る女性に、剣一は心からの賛辞を贈る。すると女性はちょっと照れくさそうにしつつも、輝くような笑顔でそれに答えた。


「ありがとうございます。でもそれも、蔓木さんが姫殿下を通じて今回の企画を持ってきてくれたからです。私の方こそ、蔓木さんには感謝してもしきれませんよ!」


「うぐっ!? よ、喜んでもらえたなら……何よりです…………」


 剣一のなかに、猛烈な罪悪感が沸き起こる。だが自分のやらかしがこうして誰かの笑顔に繋がったのであれば、あれはきっと意義のある行為だった――


『剣ちゃん、結果オーライは駄目だよ?』

『そうだよ剣ちゃん、ちゃんと反省しないと、メッてするからね!』


「アッハイ」


「? 蔓木さん?」


「い、いや、独り言なんで、気にしないでください。それで――」


「ウェーイ! 俺ちゃんを抜きにしてかわい子ちゃんと話すなんて、酷いぜイッチー!」


 と、そんな話をしているところで、撮影を終えたニオブが剣一の元に歩いてくる。


「お疲れニオブ。撮影終わったのか?」


「ウェイ! で? その子が俺ちゃんの背中にイケてるアートを描いてくれるって子なのか?」


「あ、はい。私が描かせていただきます!」


「そうかそうか! なら素敵に無敵でファンタジックかつアーティステックな絵を頼むぜ! ウェイ!」


「が、頑張ります……あれ? でも私が描くのはタートルンの背中であって、ニオブさんの背中ってわけじゃ……」


「そんな細かいこと気にするなって! なあイッチー?」


「いや、細かくはないと思うけど……でも、そうだな。もしよかったら、練習くらいのつもりで描いてみます? こいつの甲羅なら何回失敗しても大丈夫なんで」


「ウェイウェイ! 俺ちゃん初めてのお洒落だぜ!」


「えっと……あ、大丈夫ですか? 描いてもいいらしいんで、そういうことなら描かせていただきますね」


 遠くで上司が頷いたのを見て、女性がニッコリ笑って頷く。そのまま軽く準備をすると、女性が改めてニオブの背中に向き合い、作業が開始された。


「……今更なんですけど、ニオブさんって何なんですか? 喋ってるってことは、魔物……じゃないんですよね?」


「ウェイ? 俺ちゃんは俺ちゃんだぜ! 誰よりも光り輝く、唯一無二の存在なのさ!」


「はぁ……あの、蔓木さん?」


「あー、そいつはただの喋る亀です。ことあるごとにセクハラとかしてくるエロガメなんで、変なことされたらすぐ言ってください。気軽に引っ叩いてもいいですよ」


「ウェーイ! 酷いぜイッチー! 俺ちゃんはただ、いつだって愛を求めてるだけなんだぜ!?」


「えぇ……?」


 いつものノリで話す剣一とニオブに、女性が戸惑いの表情を浮かべながらも湾曲した甲羅の上に正方形を並べていく。


 しばらく後、上機嫌に首を振りながらスタジオを後にする亀の背中には、あえてやや粗めのドットで描かれた、可愛らしいピンク色のハートが描かれていた。

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