気づいた少年と気づかない少女
「うぅ、酷い目に遭ったぜ……」
「アンタが自分でやらかしたんだから、仕方ないでしょ」
明けて翌日。げっそりした顔でホテルの部屋から出てきた剣一に、エルが呆れた表情で声をかける。何故そんな顔をしているかと言えば、当然昨夜の大はしゃぎが原因だ。
「まさかあそこまでバズるとはな……ただの光る亀と、オッサンドラゴンの着ぐるみだぜ? 何でみんなそんなに動画とか撮るんだよ」
「そりゃあの辺は観光地だもの。珍しくて派手なものがあったら、とりあえず撮るでしょ」
剣一達の雄姿は、周囲の観光客からそりゃあもう撮られまくった。その結果微妙に有名になってしまい、「あれは一体何のイベントだったのか?」「あの亀の玩具は何処で手に入るのか?」などの問い合わせが観光局の方にそこそこ届いてしまったのだ。
だが観光局は剣一達の存在すら知らなかったのだから、答えようがない。ただ写真の背景に剣一を指差して大笑いするエルの姿が映っていたためそこからセルジオの方に連絡が回り、その後セルジオは夜通し後始末に奔走することとなった。
別に剣一が直接何かをしたわけではないのだが、そんな状況で安眠できるほど剣一も図太くはない。加えてそれに関係した悩み事が増えたことで、結果としてせっかくのふかふかベッドでもなかなか寝付けなかったのが、剣一のしょぼくれ顔の原因であった。
「ハッハー! 遂に俺ちゃんのイケてる具合が世界にバレちゃったなー、ウェイ!」
「ばれちゃったなー、じゃねーよ!」
「ウェイ!?」
足下で騒ぐニオブの頭を、剣一がペチッと叩く。祐二や英雄達はディアと共に転移で帰ったのだが、ニオブだけは帰らずそのまま剣一の部屋に泊まったのだ。その理由は、昨夜の騒ぎを穏便に収める手段として、本当にニオブを真似た玩具……「ウェイウェイタートルン」の開発、販売をすることが決定したからである。
故に、本日のケンイチのお仕事はニオブと一緒にとある企業に赴き、ニオブのデータを計測する付き添いとなる。それもまた剣一が今ひとつ元気になりきれない要因であった。
「あーくそ、本当なら今日からダンジョンに潜るはずだったのになぁ……」
「ウェイウェイ、そう落ち込むなってイッチー。まだ昨日来たばっかりなんだから、これからダンジョンなんていつでも潜れるって!」
「そりゃそうなんだろうけど、お前に言われるとスゲー腑に落ちないんだが」
「ま、頑張んなさい。あとエロガメも、流石に今日は大人しくしてなさいよ?」
「それは周囲の環境次第かな? 何せ世界が俺ちゃんにもっと輝けと囁いてるからな!」
「囁いてねーよ! ったく……エルは今日はどうするんだ?」
相変わらず適当な事を言うニオブに苦笑しつつ、剣一が隣を歩くエルに問う。
「アタシ? アタシは普通にお城に行くわよ。お父様とお母様に挨拶しなきゃだし」
「そっか。てか、普通そういうのって帰ってきてすぐなんじゃねーの? 何で俺と同じホテルに泊まったんだ?」
「それは……色々あるのよ! お父様って言っても国王陛下なんだから、会いたいって言ってすぐ会えるわけないでしょ!」
「ふーん……?」
剣一の感覚なら、実家のある町に帰ってきたのにわざわざホテルに泊まるのはおかしいというか、お金が勿体ない気がする。が、王様はそういうものだと言われれば、そうなんだろうと納得もする。王様なんてネットニュースで見るくらいなので、実際にどのくらい忙しいのかなんて想像もできないからだ。
だが……
「……なあ、エル。お前何か隠してないか?」
「っ!? な、何よ隠してるって。アタシが何をアンタに隠す必要があるわけ!?」
「いや、そりゃそうだけど……何か疲れてるっていうか、いつもの元気がないような感じがしてさ」
昨日のエルと今日のエルは、どこか違う気がする。具体的に何処とわかるほどのセンスは剣一にはないが、それでも何となく違う気がすることくらいは感じるのだ。
だがそんな剣一の指摘に、エルは大きなため息を吐いて答える。
「はぁぁ……あのね、確かに色々やってくれたのはジイだけど、アタシだって何も気にしなかったわけじゃないのよ? あんだけやらかしといて、どうしてアタシが元気だと思うわけ?」
「うぐっ!? それは…………わ、悪かった。うん、マジで悪かった」
徹頭徹尾心当たりしかないので、剣一が頭を下げる。するとその隣でも、ニオブが頭を下げる……というか、いつも通りに激しく振っている。
「ウェイウェイ! そんなに疲れてるなら、俺ちゃんが癒やしてやろうか? 身も心もとろけさせ……ウェイ!?」
「マジでいい加減にしろよニオブ。これ以上やると本当に茹で亀にするからな? 出汁とるぞこの野郎!」
「グェェェイ……俺ちゃんは俺ちゃんなりに……ギブギブ、イッチー、マジで苦しいから!」
長い首をギュッと掴む剣一の手を、ニオブが器用にタップして限界を伝える。そんな剣一とニオブのやりとりを見て、エルがふと小さな呟きを漏らした。
「何かアンタ達、随分仲良くなったわね?」
「ん? そうか?」
「そりゃそうだぜ! 俺ちゃんとイッチーは、上に乗せて腰を振った仲だからな!」
「言い方ぁ! そりゃまあ乗ったけども!」
「ウェーイ! 俺ちゃんとイッチーはいつだってノリノリだぜぇ!」
「お前は本当に……っ! まあ、ほら、あれだよ。こんな奴だけど、話してみたらそんなに悪い奴でもなかったって言うか……いや、世界を滅ぼそうとしてたんだから、悪い奴は悪い奴なんだろうけど、でもそこまで悪い奴でもなかったって言うか……まあとにかくそんな感じだ」
「何よそれ、情報が全然増えてなくて、何にもわかんないじゃない!」
「ぐぅぅ……」
「はぁ……まあいいわよ。ケンイチは凄くケンイチだったってことで納得しとくわ」
「またそれかよ!」
呆れるエルに、剣一は恨めしげな顔を向ける。だが何も言い返せる要素がないので、そのまましょっぱい顔で口を尖らせるしかない。
そしてそんな剣一に、エルは苦笑しながら改めて声をかけた。
「ほら、そんなことより、アンタ達そんなにのんびりしてていいの? そっちだってこれから打ち合わせがあるんでしょ?」
「あ、そうだよ! ロビーで待ち合わせ……うわ、飯を食う時間あるのか!? 急ぐぞニオブ!」
「ウェーイ! またな、エルルン!」
「誰がエルルンよ!? あと走って転ぶんじゃないわよー!」
「お前は俺の母ちゃんかよ!? っと、そうだ!」
ツッコミを入れつつ走り去ろうとしていた剣一が、不意に足を止めてエルの側に近づく。
「おいエル、これやるよ」
「? 何これ、飴?」
「そうそう! 疲れてる時は甘いものがいいって言うしな! それ舐めて元気出せよな! じゃ、またあとで!」
透明なセロファンに包まれた青い飴を押しつけ、改めて剣一がその場を走り去っていく。その後を亀のくせに妙に素早いニオブがついていき……そうして静寂を取り戻した廊下で、エルが思わず苦笑を漏らす。
「まったく、何なのよアイツは……飴くらいアタシの部屋にもあったって言うのに。本当にケンイチはケンイチなんだから!」
文句のようにそう言いながらも、エルはもらった飴をズボンのポケットに入れる。王女殿下への贈り物としてはこれ以上ないほどしょぼくれているが、それでもポンポンとポケットを叩くエルの顔にはニンマリと笑顔が浮かぶ。
「ま、いいわ。さーて、それじゃアタシの方も頑張らないとね!」
家に帰って家族に会う。ただそれだけのことを無意識に「頑張る」と口に出すエルの違和感に、しかしこの場で気づく者はいない。
そうしてエルはセルジオの待つロビーへ……その先の城に向けて、気づかないふりをしながら重い足を踏み出していった。
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