ダンジョンの魔物

どうやら55話を飛ばして、56話を2回投稿してしまっていたようです。4/27 21時より前に55話を読まれていた方は、お手数ですが改めて55話を読んでいただけると助かります。


――――――――




「……なるほど、帰りも転移魔法で送っていただける、と」


「そうなのじゃ。じゃからそういう細かいことはどうでもいいのじゃ」


 まずは話して見なければ何も始まらないということで、セルジオはディア達との会話を試みる。すると祐二達の密入国問題があっさりと解決した。飛行機で送り返すと日本の出国記録がないためどうしても密入国になってしまうわけだが、帰りも転移で日本に戻るというのなら、むしろアトランディア側でも何もしないことで問題がなくなるからだ。


「というか、そもそも転移でやってきてるのに、戻れないはずがないのじゃ」


「そうだぜ爺さん! まあディアが役に立たないようなら、俺ちゃんが背中に乗せて飛んでやってもよかったけどな!」


「乗せて飛ぶって、ニオブの背中にそんな何人も乗れないだろ?」


「ウェーイ、そりゃ甘いぜイッチー! 今は割と頑張って体を小さくしてるんだから、でかくするのはむしろ楽なんだぜ! 何なら全員乗っけて空の旅でもする?」


「いやそれ、大問題になるやつだから! 絶対やっちゃ駄目だよ剣ちゃん!」


「お、おぅ。わかってるって」


 実はちょっとやりたいと思う剣一だったが、祐二の言葉に慌てて頷く。そしてそのやりとりに、セルジオはディアとニオブへの警戒度を一つ下げた。


(蔓木様達とのやりとりを見る限り、普通に接する分にはいきなり暴れたりはしないようですね。ならばひとまず様子を見ることにしましょう)


「ってことは、特に何も気にせずに、このまま資料館見学を再開すればいいってことなのか? なら皆で一緒に見ようぜ!」


「えっと……いいのかな?」


「いきなり来ちゃって、迷惑じゃない?」


「そんなの全然平気よ! ねえジイ?」


「そうですね。この館内であれば大丈夫かと」


 予想を遙かに超えて理性的だったドラゴン達の態度に、セルジオがそう許可を出す。するとその場の全員が嬉しそうに顔を輝かせた。


「そういうことなら問題ありませんわ。私達もわきまえておりますので。では英雄様、一緒に見て回りましょうか」


「うん! うわー、楽しみだなぁ」


 結果、全員での資料館見学が再開された。とはいえ別々に見て回るのは流石に何かあった時に対応ができないため、基本的には全員一緒だ。


「なあ祐二、こういうのって何て言うんだろう……ウマタウロス?」


「え、何で?」


 博物館に並ぶ人形の一つ。人の体に馬の頭が生えたそれを前に、剣一と祐二がそんな会話を交わす。


「そこはケンタウロスじゃ駄目なの?」


「いやだって、ケンタウロスは下半身が馬じゃん? でもこいつは頭が馬だから、頭が牛のミノタウロスの方が近いだろ? ならウマタウロスかなって」


「普通に馬人とかでいいと思うけど……あとミノタウロスのミノは牛って意味じゃないよ?」


「マジで!? でもほら、焼き肉にミノってあるだろ!?」


「あれは胃袋だよ……ミノタウロスのミノはミノス王って人のミノだから、牛の部分はどっちかって言うならタウロスところなんじゃないかな?」


「なら何で馬はケンタウロスなんだよ? 牛じゃねーじゃん」


「さぁ……?」


 祐二は物知りではあるものの、別に何でも知っている天才とかではない。剣一と二人で顔を合わせて首を傾げていると、戻ってきた説明係の人が謎の馬人のことを解説してくれる。


「そちらは第四七世界の住人で、『草の民』を自称しておりました。彼らの発音ですと、ブヒャルですね」


「ブヒャル……ということは、この方達とは会話が成立したということですか? 馬の口で人の言葉を話せるとは思えませんけれど」


「そうですね。彼らの言語は唇を震わせるものだったので、我等には発音できない音も多かったようです。


 ただ言葉が通じないというだけで言葉という概念そのものはあったわけですから、意思疎通は比較的容易な部類だったようですね。特に文字を扱えたため、筆談が通じたのがよかったと記録されております」


「なるほど、確かに手の形が僕達と同じなら、文字を書くのは普通にできそうですもんね」


「手の形が同じということなら、いっそ手話とかでもよさそうですが……」


「無理無理! みんながヒジリみたいにしっかりしてるならともかく、お互いが大体意思疎通できてるのに、全く違う言語体系なんて理解しようと思わないわよ。ねえケンイチ?」


「ん? 何だ?」


 突然話を振られた剣一が顔を向けると、エルは悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。


「もしアタシがちょっとカタコトの日本語しか話せなくて、でもケンイチの言うことも七割くらいは伝わってる状況としたら、もっと正確に話をしたいからって、手話を覚えようと思う?」


「それは……エルと仲良くなりたいと思えば、覚えるんじゃないか?」


「えっ!?」


 剣一は確かに、それほど頭はよくない。だが決して努力が嫌いというわけではない。なので誰かと仲良くなりたい、ちゃんと話をしたいと思えば、相手のために言葉を……それが手話だったとしても、覚えようとするんじゃないかと考えた。


 だがその答えは、エルからすると少々予想外だった。まるで自分の為に頑張って手話を覚えると言われたようで、その顔がわずかに赤くなる。


「な、何よ! 調子が狂うわね……まあアンタはそうかも知れないけど、大抵の人はそうじゃないのよ。全然通じないっていうならともかく、日常的なやりとりで困らない程度に意思疎通できるなら、努力してまでそれ以上は求めないの!


 だからまあ、そういうことよ! はい、この話はおしまい! ほら、次を見ましょ! 次!」


「お、おぅ……何だよ、忙しねーなぁ」


 ぷいっと顔を向けて隣の人形の方に向かうエルに、剣一は若干腑に落ちないような顔をしつつ後を追いかける。そんな二人の様子に愛や聖が笑顔を深めつつも、更に見学は続いていったのだが……


「……何か、知ってる魔物とそっくりのやつが多すぎねーか?」


 アトランディアが拘わった「人類」の記録を七割ほど見終わったところで、剣一がそう漏らす。実際そこにはリザードマンやミノタウロス、果てはゴブリンやオークの姿まであり、友好的な相手は勿論、敵対的な相手であったとしても多少の意思疎通は成り立っていたという。


 だが、剣一の感覚からすれば、それらは全てダンジョンで襲ってくる魔物でしかない。当然会話など成り立たず、仮に話しかけても唸りながら殴りかかってくるだけの相手なのだが……そんな剣一の疑問に、側にいたディアがあっさりと答える。


「そりゃそっくりで当然じゃろ。ダンジョンの魔物とは、数多の世界に存在する生命を元にしたものじゃからな」


「えっ、そうなのか!?」


「ディア様、それは一体どういうことなのでしょうか?」


「どうもこうも、言葉のままじゃ。そもそもダンジョンの魔物は、死ぬと魔石になるじゃろう? それはダンジョンの魔力によって生み出された複製体であるからなのじゃ。


 そして複製体ということは、元があるということじゃ。ただしダンジョンが再現するのは身体構造や能力だけじゃから、知性や文化などは綺麗さっぱり失われてしまっておるがの」


「へー、そうなのか……」


「確かに、よく考えてみると魔物って相当不自然な存在だもんね」


 剣一は何となく雰囲気で頷いたが、祐二の方はそう言って考察を深める。確かにきちんと精錬された武装を身につけている魔物が、言葉を話すこともできないというのは不自然極まりない。


 だがそういう過程を全て取り除き、結果だけを模倣しているというのなら納得出来る話だ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいディアさん。それだとひょっとして、僕達人間も何処かのダンジョンでは魔物として出現するってことですか?」


「あっ!?」


 そんななか、青い顔で問う英雄の言葉に、その場の誰かが、あるいは誰もが声をあげる。そう、色んな世界の生物が対象だというのなら、そこに人間だけが含まれないというのはあり得ない。


「それってつまり、何処かのダンジョンでは人間がガンガン倒されてるってこと? うわぁ、それはちょっと……ううん、かなり嫌かも」


「それに魔物人間と普通の人間の見分けがつかないとしたら、大きな事件や事故に繋がる可能性がありますわ。これはお爺様に報告して、異界調査業協同組合に警告を出してもらった方がいいでしょうか?」


 愛が思い切り眉をひそめ、聖が真剣に考え混み始める。するとそんな二人に、ディアが笑って説明を続けた。


「カッカッカ、心配するな。どうしてかはわからぬが、ダンジョンは基本的にその世界において一定以上の知性を持つ存在は魔物として模倣せぬようなのじゃ。じゃからお主達がこの世界にいる限りは、ダンジョンで同じ姿をした魔物に襲われる可能性はないのじゃ」


「そうなのか? 何だよ脅かしやがって」


「でもアトランディアって、こうして幾つもの世界を巡ってるんですよね? 僕達の世界に彼らの姿をした魔物が出るってことは、彼らの世界になら僕達の姿をした……人間の魔物がいたんじゃないですか?」


「確かに……そうなると現地の『人間』が妙に敵対的だったのは、種として凶暴だったのではなく、我々と同じ姿をした魔物を警戒していた可能性も……?


 むむむ、これは歴史的に大きな発見ですね。有識者を集めて検討し、今までの資料を再精査しなければ!」


 祐二の言葉に着想を得た説明係の人が、そう言って目の中に炎を燃やし始める。その後は一層熱の入った係の人の説明を聞きつつ、剣一達はたっぷりと資料館を楽しんでいくのだった。

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